気遣いと日常
DNA同棲が始まって早1週間。
どんな異常も毎日続けば日常。
彼女たちとなら共同生活を3年間問題なくやっていけそうだなと感じるくらいには、慣れを感じ始め、無意識のうちに気が緩み始めた今日この頃である。
「ただいま〜」
家に帰ってきた俺は、いつもと同じようにリビングを通って、その先にある自分の部屋に行こうとした。
しかし、いつもとは違いリビングには、白雪しかいなかった。
普段はここで夕飯や家事のことを話し合ったり、若しくは普通に楽しく歓談していることが多いのに今日は1人だった。
少し疑問に思った俺は、白雪に聞く。
「あれ? 夏恋は?」
「えっとっ、その、きょ、今日は、その、しょ職員室に、行く予定がっ、あるとの、ことでしたのっで、わ、私だけ先に、帰ってきたんです」
しかし、俺の気軽さに相反して、白雪の息遣いは荒く、声も震えており、とても平静とは思えない状況だった。
明らかに顔色が悪く、具合が悪そうに見えたので、俺は体調が悪いのではないかと思い、彼女の方に近づく。
しかも、心なしかどんどん顔色が悪くなっていっているような気がする。
俺はすぐ側にまでより、目線が同じくらいになるよう座り込み、安否を確認しようとする。
「おい、白雪。大丈夫か? 顔真っ青だぞ」
しかし、彼女の息遣いは先程よりも遥かに荒くなっており、顔色も真っ青という表現がぴったり当てはまるくらい悪くなっていた。
俺の声が聞こえていないのか、返答がなく、こちらを見ようともせず、ずっと下を向いているので、もう一度確認の意味を込めて、肩に手を当てて「大丈夫か?」と聞く。
そして、こんなことになっていた原因を俺は次の瞬間に彼女の声にもならない刹那の悲鳴とその後の言葉で知ることとなった。
「ひぃっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい────────・・・・・・・・・・・・」
まるで壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返す白雪。
この言葉は誰かへの謝罪ではなく、過去のトラウマせいなのかそれともそれ以外の要因があるのかは分からないが、それらによる拒絶反応。
白雪は男と2人きりだと謝るという行動が防衛機制として体に染みついているのだろう。
「問題なくやっていけそう」だって?
どこが? 一体何を自惚れていたのだろう。
たったの1週間で、彼女の何を知り、何を分かってやれた気になっていたのだろう。
もっと長い間一緒にいた幼馴染の苦しみも気づいてやれなかったというのに。
「何やってんの?」
後ろを振り返ると、ゴミをみるような眼差しを俺に向ける夏恋が立っていた。
明らかに蔑まれた目で見られているというのに、俺は夏恋が来てくれたことに安堵した。
少なくとも白雪を落ち着かせるには男では、それも俺なんかじゃどうしようもなかったからこそ、冷ややかな雰囲気を醸し出す彼女が救世主のように思えて仕方がなかった。
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今あったことを彼女に話し終えた俺は、何とか彼女からのちっぽけな信頼を取り戻した……はずだ。
話し終えた頃には、白雪も少しは落ち着きを取り戻していて、おどおどしながらも会話できるくらいにはなっていた。
「つまり、月奈ちゃんは男性と2人きりなれないって認識で良いかな?」
「は、はい。他に同性の方がいてくれると大丈夫なのですが、男性の方と2人きりになるのはどうしても無理みたいで……」
「そっか。他にきつい状況とかある?」
「2人きりにならなきゃ大丈夫……だと思います。明らかに男性の方が多いと分かる状況も少ししんどくはなるかもしれませんが、話せないほどになることはないと思うので何とかなるはずです。それ以外も基本的に大丈夫だと思います」
「じゃあ、2対2とかなら大丈夫ってこと?」
「は、はい。おそらく普通に話せると思います」
夏恋が来てからは、男の俺が話しかけても状況が悪化するだけだろうと思い、口を閉じていた。
俺と2人きりになった時の影響が残っているのに加え、今まで話しかけなかった俺が急に話に参加したのに驚いたのか、白雪は体を一瞬ビクつかせ、声は震えていた。
「月奈ちゃんはさ、なんでこの学校に入ったの? こう言っちゃなんだけどさ、今の月奈ちゃんを見てると異性と2人で生活できるとは思えないんだけど」
夏恋が一線を踏み越えてるのではないかと思えることを聞く。
前に俺も同じことを聞いたが、その時は苦手程度だと思っていたから聞いたが、今は明らかに男性恐怖症、それもトラウマになるレベルだと分かる。
男性恐怖症の彼女が、この学校に来たのには、かなり大きな理由があってもおかしくはない。
それを出会ったばかりの俺たちが、軽々しく聞くのは野次馬と思われても不思議ではない所業のはずだ。
「夏恋、──……」
夏恋、踏み込みすぎだ。と言おうとしたが、
今日、俺の不用意な行動で恋無はこんな状況になったんじゃないか。
それなのに、そんな俺が夏恋の行動を諫めるのか。
彼女だって本来なら踏み越えた質問だと分かっているだろう。
それを踏まえて、彼女なりに考えがあって、こんな行動をしているかも知れない。
俺が諫めると思って起こす行動は、茶々を入れているだけではないのか。
このような考えが頭を過ぎり、口が止まる。
「どうしたの?」
名前を呼ばれた夏恋が俺の方を向く。
言うべきか、言わないべきか悩んだが、俺なんかが出しゃばっても碌なことにならないという結論になった。
「……いや、なんでもない」
俺が言いかけたことを察したのだろう。
夏恋は「そう」とだけ言うと、俺への視線を外す。
「小学校の頃は、男性と2人きりの状況は苦手でしたが、話せないことはなかったんです。だから、大丈夫だと思っていました。中学校が女子校だったので、男性と話す機会がなかったので、久しぶりに話してうまくいかなかったんだと思います。1週間、いやもしかしたらもっとかかるかも知れないですが、いずれ慣れると思います。迷惑をおかけしてすみません」
俺も夏恋もこれが真実ではないことは理解していた。
嘘じゃなかったとしても、何か重大なことを隠しているのは確実だ。
でも、今はこれ以上追求するつもりはない。
それは夏恋も一緒だろう。
これ以上彼女の奥に踏み込むのは無遠慮すぎるというのもあるが、それ以上に恋無からこの話題について続けるつもりはないという意思が言葉や雰囲気からこれでもかと言うほどに伝わってきたからだ。
「そうなんだ。ごめんね、こんなこと聞いちゃって」
「いえ、今回は私が悪いですし」
「……じゃあ俺は今後、恋無と2人きりの状況にならないように気を付けるとするか」
「そうね。学校帰りは3人で帰るとして、休日は外出したら帰る前に一度私に連絡して」
「りょーかい。後は、夏恋が外に出るときは俺も出た方が良いな。他には…………」
俺と夏恋が今後どういう対応をするか話し合っていると白雪が驚いた顔でこっちを見ていた。
「……どうしてそこまでしてくれるですか?」
「どうしてって普通の人ならこうすると思うけど」
俺もその夏恋の意見に同意する形で話をする。
「そうそう。それに俺たちはさ、一緒に暮らしてるわけじゃん。だったら、お互いに尊重し合って譲れるとこは譲って、助けられるとこは助ける。逆に助けてほしいときは、助けてもらうのが同棲ってものじゃないかな。それなのに、他人を顧みず自分勝手に振る舞って他人に迷惑かけるとかやばい奴だろ」
「それもですが、そうじゃなくて……、どうして、どうして私を追い出そうとしないんですか!? 夏恋さんはまだしも、東雲さんにとって私は厄介者でしかないはずです。それなのにどうしてここまで私のためしてくれるのですか!?」
白雪が言っていることは理解できる。
この学校の、いやDNA同棲を取り入れている学校の出願・入学条件の1つに『異性と問題なく接することが出来、一緒に暮らすにあたって問題がない者』という条件がある。
これは同棲をすると言うことを趣旨にしている以上、それが出来ないとなると困るからな。本人だけの問題ですむなら良いが、その相手にも迷惑がかかり、結果として学校の評判を下げることにも繋がりかねない。
そのため、このような条件があるのだろう。
まぁ、そもそもこの条件が満たせない人でこの学校に入りたいとは思う人は基本的にはいないと思うけど。
問題は今の白雪だ。今の彼女はこの条件を満たしていないと言える。
このことを俺が学校に告げれば3人というイレギュラーが発生していることを考慮すると彼女を退学に出来るかも知れない。
本来の形に戻せるなら、学校としても異を唱えないだろう。
でも……
「いやだからさ、普通だと思うぞ。あんな状況になるの見たら誰でも心配してお前のことを配慮するだろ。それが一般的な感性を持つ人の行動だし、もし配慮しない奴がいたらそいつが頭おかしいだけだ。それにどうせ、白雪がいなくなっても夏恋とじゃどうこうなることはないんだから追い出す理由もないだろ」
「私と一緒にいたら常に私に対して色々と気を遣わなくてはいけないっていう追い出すに足る理由があると思いますが……」
「いや、それを理由にするのは駄目だろ。確かに君と生活するには色々と気を配らないといけないことがあるのは事実だ。でもさ、そんなの生きていく上でいくらでもあることだ。電車やバスで老人、妊婦に席を譲ったり、エレベーターに向かって走ってくる人がいたらドアを開けといてあげたりとか気遣いが必要な場面なんていくらでもあるだろ。これらはやって当たり前の常識、出来るのにやらない奴はただの屑なんだよ。仮に君が俺たちを困らせようとしてわざとやってるなら理由になり得るけど、わざとやってたりする?」
わかりきったことを聞く俺に対して首を横に振って違うってことを主張する白雪。
「ならこの状況は白雪が起こしたくて起こした訳じゃないんだから、追い出す必要も理由もないだろ。白雪はこれからも普段通り過ごせば良い。俺たちも普段通り過ごすから。気遣いだってあって当然の日常の一環に過ぎない。だからわざわざ気にする必要はないよ。それにさ、俺にもし申し訳ないとか思うことがあるなら『私は料理やら家事やらをしているお礼に気遣いをして貰ってる』とでも思っとけばいいよ。そうすれば申し訳ないとか思わずにすむだろ」
俺がそういうと恋無は少し驚いた顔をした後、ほんの少しの笑みを溢した。
「そんなこと言われたの初めてです。東雲君って、何というか変な人ですね」
その時の恋無が浮かべた表情は、今までの中で一番透き通っているように思えた。
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