現実はそう甘くない
住宅に着き、宅急便で送られてきていた荷物を各自、自分の寝室に運んだ後、その中身を整理する作業を後回しにして、俺たちはリビングで相対していた。
「俺は東雲陽翔。趣味は、アニメを見たり、ゲームをしたりすること。後は、ラノベや漫画を読んだりすることかな。まぁ、3年間同居人としてよろしく」
「私は百合園夏恋。3年間よろしくね」
長く綺麗なストレートヘアの黒髪、そして制服越しでも分かるほどスタイルは良く、女子高校生の中では上位組に所属するであろう胸が主張している。
しかし性格は、見た目から予想する落ち着いた性格ではなく、ハキハキしており、フレンドリーなので、とても話しやすい雰囲気を醸し出している。
「私は白雪月奈です。3年間よろしくお願いします」
自己紹介し終えた後、軽く頭を下げた彼女は普通の高校だと珍しい金髪。
うちの学校は、髪を染めるのは禁止されていないが、『入学式の日は染めないでください』と注意書きされていたにも関わらず、その日彼女は金髪であり目立っていたのを憶えているので地毛なのだろう。
そして何より目が行くのは、胸の部分。制服をこれでもかと押し上げており、その大きさは同年代の中でもかなり大きい部類に入る夏恋が相対的に小さく見えるほどだ。
正直、あまり見過ぎないように気をつけないといけないなって思った。
だけど、性格は目立つ見た目に反して礼儀正しく、穏やかで、控えめな雰囲気を持っている。
ふと思ったんだが、この2人中身入れ替わってない?
見た目から想像する性格と、実際の性格が全然違うんだけど。
というか、なんか俺白雪さんに怖がられていない?
初対面だよね!? 怖がられる原因あったっけ?
目線とか全然合わせてくれないし
それになんか俺の機嫌を伺ってる感じがするし
まぁ、これは俺の勘違いかもしれないけど
「2人のことなんて呼べば良い? 俺のことは東雲でも陽翔でも呼びやすい方で呼んでもらっていいから」
「じゃあ、陽翔君って呼ぶわね。私のことは夏恋で良いよ」
「わ、私も好きに呼んでもらってかまわないです」
2人のことは夏恋、白雪って呼ぶか。
さて、自己紹介も終わったので、そろそろ本題に入りたい。
そう、なんで3人でDNA同棲するのを了承したのかについて聞かなくてはならない。
ならないのだが……それよりもっと緊急の問題が発生している。
気のせいや勘違いかと思ったけど、違うなこれ。
これまで湊に近寄る女子たちを間近で見てきた俺の歴戦の直感が危険を告げている。
これを解決しなくては3年間地獄を味わう目に遭うかもしれない。
故に性急に聞かなくては
「白雪に聞きたいんだけど、俺なんかやらかした? めっちゃ怖がられている気がするんだけど……」
「す、すみません。でも、別段怖がっているつもりはなかったです。……ただ、私男性が少し苦手なのと中学が女子校だったので、男性と久しぶりに話したのが相まって少し怖がっていたのかも知れないです。しばらくすれば慣れて、今みたいな状況なら男性と普通に話せるようになると思います」
「いや別に謝る必要はないけど、……まあ俺が何かやらかしたわけじゃないくて安心したよ」
先ほどの自己紹介の時より、弱々しい声で言っているのは、2人に対して話していたさっきとは違い男性である俺に対してのみ、返答しているからなんだろうか。
とりあえず、俺自身嫌われているわけじゃないと知れて良かった。
嫌われたまま、3年間一緒に過ごすとか掛け値なしの地獄だからな。
まぁ、男子である以上に苦手だとは思われているだろうけど。
でもこれで、本題に入れる。
「2人に聞きたいんだけど、なんでDNA同棲を3人で受けることを了承したんだ?」
ずっと疑問に思っていたことを2人にぶつける。
まあ、白雪の方は大方予想がつくが、
「私は男性が苦手だから同性の方がいてくれたら安心だと思ったからです」
白雪の答えは、予想通りだった。
しかし、そうなると新たな疑問が浮かび上がる。
「こんなことを聞くのは失礼だけど、なんで白雪はこの学校に入ったんだ? 男性が苦手なら女子校に行くべきだと思うし、言い方は悪いけど男子とふれあう機会が増えるDNA同棲の学校に来るべきじゃないと思うんだけど……」
出会ったばかりの人に言うような内容ではないとは分かっている。
でも聞かなくてはいけないと思うし、それに何らかの理由があってこの学校に来たのなら3年間一緒に暮らす仲として知っておきたい。
「私、男性が苦手のままなのはダメだと思っているんです。なので、DNA同棲を受けたら荒治療かも知れませんが、男性への苦手意識を克服できるんじゃないかって思ってこの学校にしたんです。でも、実際に受ける段階になってから少しずつ怖くなってきたんです。そんな私にとってこの3人でDNA同棲をすることになったというのはとても好都合だったんです」
なるほど。男性への苦手意識改善のためか。
これが本当なら荒治療すぎるが一理ある。
DNA同棲を受けたら男子と生活するため、いやでも苦手意識を克服しなくてはいけなくなるからな。
でも、本当にそうか?
こんなやり方、余計に男子が苦手になる可能性があるというか高いと思うし
白雪が男性のことを苦手に思っていてそれを克服したいと思っている、ここまでは分かる。
だけど、2人きりではないとはいえ、俺と話せている白雪が男子と共同生活をする状況を作って、ある意味強制的に苦手意識を克服しようと思うほど切羽詰まっているとは思えない。
苦手意識を改善したいだけなら共学の高校に通って、隣の席になった男子や授業などで同じグループになった異性と話す努力をすれば、改善できる気がする。
これ以外にも、改善する方法はいくらでもある中で、わざわざこんな荒治療の方法を選んだ理由がわからない。
それこそ、精神科とかに行って治療・相談をした方が断然安全に克服できると思うけどな。
でも、これ以上踏み込むべきではないな。
ここから先は、もっと仲良くなってからにすべきだな、知り合ったばかりの異性に自分の根幹に関わることを根掘り葉掘り聞かれるなんて嫌だろうしな。
聞いたところで俺なんかには出来ること何てないだろうしな。
「夏恋は?」
「私は単純に女の子が好きだから」
ん?
「それは友愛的な意味でってこと?」
「違うわよ。恋愛対象として女の子が好きなの」
夏恋の恋愛対象は同性が入っているってことか。
違う、重要なのはそこではない。
「……もしかして夏恋は両性愛者なのか?」
……何で俺、ほぼ初対面の女子に両性愛者かそうじゃないのか聞いてるんだろう。
いや、ほんとこれどういう状況? 世界広しと言えど、俺以外にほぼ初対面の女子に両刀かどうか聞いた奴いないだろ。
聞かないといけないこととは言え、何かやばいことやってる気がしてきた。
「私の恋愛対象は可愛い女の子であって、それ以外は対象外。男を恋愛対象としてみるのは無理。友人とかなら全然いいんだけどね」
つまり、夏恋は…………、こういうのってなんて言うのがいいんだ? 百合? レズ? レズビアン? 女性同性愛者? こういうのは言い方で差別用語扱いされたりするからな。
下手なことを言わないように気をつけないと。
……って、そんなことどうでもいいんだよ‼︎ いや、どうでも良くはないが、今大事なのはそこじゃないだろ。
この衝撃の事実を知った俺は夏恋に言いたいことがあった。
というか、この状況なら誰もが思うはずだ。
「まじでなんでこの学校にしたん!?」
この学校は遺伝子相性の良い男女が夫婦や恋人による同棲生活を擬似的に体験するDNA同棲を取り入れているんだ。 そう、遺伝子相性の良い男女が。
女子だけが恋愛対象ならこの学校に入る必要はないはず。
「親がこの学校にしろって言ってきたから。私の両親、このDNA同棲を受けた全国で1番最初の生徒。それでさ、私にDNA同棲がある学校を受験しろってうるさくて、仕方なくどうせ落ちるでしょって思って受けたら受かってしまったってわけ」
うちの学校、倍率が50倍を優に超えるからな、普通は落ちると思うよな。
この学校、受かったら入学しないといけないからな。
DNA共同生活制度が始まって約20年。
言われてみれば、この制度を受けてそのまま結婚した人たちの子どもが俺たちの同年代くらいか。
そりゃあ、自分の娘に勧めたくもなるよな。
なんたってこれのおかげで、その人と出会え、結婚できたわけだし。
まあ、とりあえずこれで2人がこの状況をOKした理由は聞けたな。
まぁ、2人がこの学校に入った理由は納得こそ出来ないが、理解は出来なくもない。
そして、俺は驚愕の真実に気づいてしまった。
どう頑張っても、普通のペアのようにDNA同棲の恩恵を授かることは出来なかったということに。
仮に、夏恋と2人ペアだったとしても、男である俺は恋愛対象ではないから、そういう関係に発展する確率はゼロ。
逆に、白雪と2人ペアだったしても男子への苦手意識があるので夏恋ほどではないとはいえ、恋愛対象に見て貰えることはほぼない。その上、苦手意識が改善されるまでは同じ住戸内で怖がられたり、避けられたりする生活を送らないといけない。有り体に言って、ただの地獄だ。実家で暮らす方が遙かに良い。そして、その苦手意識は改善される保証がないときた。
つまりだ、どっちのペアになっても俺が入学当初に望んだような生活は得られなかったというわけだ。
なんなら、今の3人で暮らす状況が一番マシなんじゃないか。
ああ、さようなら、夢見た同棲生活。
俺は、2人の男苦手、女好き宣言に気を取られすぎたせいで、白雪の話は辻褄が合わないことや矛盾があることに気づくことがなかった。
もし気づいていれば、何か変わったかも知れないと後になってから思う。
しかし、この時は美少女2人とペアになれた嬉しさと3人でDNA同棲しなければならない悲しみ、そして2人の特殊性による絶望という心をごちゃ混ぜにさせられた気分のせいで、他を気にすることが出来なかった。
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