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02 元ユニットメンバー松村愛③

 マネージャーさんが運転する車が家の前まで迎えに来てくれた。マネージャーさんは30歳くらいの、いかにも仕事ができそうな女性だった。

 彩音が選んだレストランは、六本木のど真ん中にある高層ビルの上層階の、有名な焼肉店の個室だった。やっぱりトップアイドルともなると、こういう個室の予約が取れるんだなと思った。約束したのは3日前だぞ?

 向かい合うように目の前に彩音、その隣にマネージャーさん、女3人で最高級のお肉をいただいた。私相手に交際費が落ちるのか分からないが、お会計は向こうの事務所持ちだ。現役高校生と就活中の大学生に払わせるわけにもいかないし、マネージャーが自腹を切れるような値段ではない。何かしらの予算があるのだろう。

 有名店というだけあって味は別格で、どれも人生で最高の味だった。初めてのシャトーブリアン。彩音の世界レベルの顔面を見ながら食べる最高級肉は、なんて贅沢なんだろうと思う。

 食事中は昔の話も今の話もなく、ふたりで美味しい美味しいと騒ぎながらお腹一杯までお肉を詰め込んだ。彩音もここまでのお肉はあまり食べたことがないみたいだ。まだ高校生だし、舌が肥えすぎても良くはないか。


「それにしても、愛ちゃんが元気そうで良かった。急に連絡が取れなくなっちゃったから心配したよ」


 食後のフルーツシャーベットをゆっくり味わっているとき、彩音が思い出したかのように言った。甘い味がゆっくりと広がる。


「ごめんね。アイドル全部から距離を取りたくて。あれから普通に大学に通ってたよ。勉強してバイトして、友達と遊びに行って、大学生らしいことをしてた」

「そっか。嫌なこともたくさんあったもんね。私たち干され組だったから」

「ほんと。彩音は良くあそこから持ち直したよね。私はダメだったから」


 これが持っている才能の違いだと思う。本物はどんな状態からでも頭角を現す。


「色んな所で見かけるよ。CMもドラマも、雑誌の表紙もどこでもいるじゃん。今や誰もが認めるトップアイドルなわけだし、彩音と私は持っているものが違ったんだよ」

「でも、私のアイドルとしての目標は愛ちゃんだったよ」


 本当に?と疑う表情を返す。隣のマネージャーさんも私と同じような顔をしているが、失礼だと思ったのがすぐに引っ込める。いや、わかるよ。私も同じ気持ちだから。


「愛ちゃんは本当に頑張ってたから。遅くまで居残りでレッスンして、家に帰ってからちゃんと勉強してたでしょ?アイドル活動に文句を言わせないために、成績は絶対落とさなかったよね。他のアイドルグループの研究もしてたし、ファンの人の顔を覚えるためにメモを作ってまとめてたり、SNSをチェックして反応を調べたり、そういう妥協しないところ、今も見習ってるんだ」

「そう……」


 他でもない深泉彩音に言われると、なんだか恥ずかしい。


「他にもさ、あの時のプロデューサーに背中とか髪とか触られていた時、どう対応していいか全然わからなくて困ってたんだよね。でも愛ちゃんがきっぱりと拒否してたから、それでいいんだって。私一人なら上手く対応できなかったと思う」


 彩音は半分笑って話すが、隣でマネージャーが青い顔をしている。最悪のケースを想像して背筋が凍る思いをしているようだ。私も、自分の行動がそこまで彩音に影響を与えているとは思わなかった。

 なんだろう。素直に嬉しい。

 恥ずかしそうに目線を逸らす私とは違って、彩音は真っすぐ私を見て続ける。


「私はピンキーミルクが初めてのアイドル活動だったから、最初に愛ちゃんと出会えて本当に良かったと思ってるよ。あの時にたくさん教えてもらったから今の私があるし、愛ちゃんの背中を追いかけてきたからここまで成長できた」

「そんなことないよ。彩音の努力でしょ」

「違うよ。愛ちゃんがいなかったら、今の私はない」


 大人になると涙腺が緩くなるのは本当らしい。彩音の顔が滲んでよく見えなくなってきた。


「愛ちゃんは私の憧れのアイドルだから。ずっとそれを言いたかったんだ」


 頬を涙が伝う。心からじんわりと暖かいものがこみ上げてくる。彩音の言葉に、なんだか救われた気持ちになった。

 クソみたいなプロデューサーと、助けてくれない大人たち、そこから生まれるクソみたいな私のアイドル人生。絶望だけが残された最悪の過去だったけれど、私の残したものが深泉彩音の糧となって、今現在多くの人に勇気を与えていると思うと、少しは意味があったのかもしれない。


「愛ちゃんと出会えてよかった。ありがとう」


 一度溢れ出た感情はもう止めることが出来なかった。涙が濁流のように流れる。

 泣きじゃくる私の頭を、彩音の手が優しく撫でる。


「私……アイドル目指してて、よかった……」

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