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大島

 街で優斗たちはおじの家に泊まることになった。古いけど大きな家だ。

 街について2日目、優斗は父親と一緒に他の親戚の家を回った。

 面倒くさかったが、しょうがない。


 俺は長男だからな、と優斗は黙って父親について行った。

 春斗は母親と一緒に大学病院へ行くらしい。

「最近元気だから大丈夫だよ」

 と口を尖らせたが、母親は今日だけだからとごねる春斗の話を聞かなかった。


 春斗は父親と母親、そして祖父母にはよくこうやって我が儘を言ったりする。

 だが優斗には絶対言わない。

 それどころか「兄ちゃんすごい」「兄ちゃんかっこいい」とついて回るので、優斗はちょっと得意になっていた。


 それから何日かたった夜、夜中に目を覚ました優斗が水を飲みに向かったところ、居間で両親と親戚のおじ、おばが話をしていた。

 子どもには早く寝ろって言うくせにさ、大人ってほんとわがままだよな。

 そう思い、台所へ行こうと居間の前を横切る寸前、母親が泣いていることに気がついた。


 声を殺して泣いている。

 父親も、母の隣で慰めながら、顔をしかめていた。

 でも、優斗を怒るときの顔ではない。初めて見る父の表情に、優斗は何か良くない事が、それもとても良くない事が起きているのだと理解した。


「なあ、きっと大丈夫だ」

「まだ絶対にそうと決まったわけではないんでしょ?」

 おじとおばが言いにくそうに声をかける。

 母親はかぶりを振った。


「手術は、無理だっ、て…!」

 そして今度こそ声を上げて泣き出す母親。


 手術?手術なんて誰がするんだろう。ばあちゃん?でもばあちゃんはあんなに元気だし…。


 優斗の脳裏に元気ではない人物が浮かんだ。1人。たった1人。


「成人も、無理だろう、って…」

 おばが顔を歪めた。

「あんなに小さいのにねえ…」

 そして泣き出す。

 小さいのも、うちにはたった1人だ。優斗は暗い廊下から居間に入った。

「父ちゃん、母ちゃん」


 そこにいた大人たちの視線が優斗に向かう。


「小さいって、誰。誰の話、してるの」


 大人たちは黙り込んだ。

「俺のこと?俺、手術するの?」

 笑おうとして失敗した。

 するはずがない。だって優斗は病院になんてもうずいぶん行っていない。


「近所の誰か?まさかばあちゃんじゃないよね」

「あのな、優斗…」

 何か言いかけた父親が視線をそらす。


「春斗じゃないよね」


 優斗は声を大きくして言った。

「ねえ、春斗じゃないよね」

 今度は少しだけ笑えた気がした。でもなぜだろう、目の前がぼやけてくるのは。

 誰も何も言わない。

「ねえ!」

 優斗は癇癪を起こした。

 そんな優斗を、母親がそばに駆け寄って抱きしめる。

 優斗は大きく、まるで息を切らすかのようにしゃくり上げた。

「優斗、優斗」

「ねえ!母ちゃん!母ちゃん!」

「優斗、春斗は大きくなれないかもしれないの」

「なんだよそれ、なんなんだよ!」

「優斗、優斗、お願い、聞いて、優斗。」

 母親は暴れる優斗を抱きしめたまま、静かに言う。

「春斗に優しくしてあげて。春斗は優斗の事が大好きなの。お兄ちゃんと一緒にいたいの。だから優しくしてあげて。優しくしてあげてね。」

 わめくように泣き声を上げながら、優斗は母親のその歌うような言葉を聞いていた。


 翌日。両親たちは優斗と春斗を連れてデパートへ行った。

 優斗はとてもそんな気分ではなかったが、春斗がすごく楽しみにしていたのを知っていたので、出かけていった。

 お昼、春斗は最初から決めていたお子様ランチを頼んだが、優斗はオムライスを頼んだ。

「兄ちゃん、お子様ランチは?」

「おれはこっちでいいんだ」

「ふうん。でもオムライスもおいしそうだね」

 春斗が笑う。優斗はむっつりと下を向いた。

 料理がそれぞれの前に並べられると、優斗はスプーンでオムライスを一口分すくい、上の卵ごと春斗の皿に乗せてやる。

「いいの!?」

 優斗は黙ってうなずいた。

「じゃあ、じゃあ、おれの…」

 春斗が嬉しそうに顔を真っ赤にしながら、自分のお子様ランチからエビフライを取り上げる。

「いらないって」

「でも」

「おまえはおれの子分だからな。子分は親分の言う事を聞いて、親分は子分の面倒を見るんだ」

 それは前に見た時代劇で聞いた言葉。

 それからずっと、春斗は優斗の子分になるのだと言っていた。

 春斗は大きく息を呑んでうなずいた。

「うん!」

 むすっとした優斗の頭に、父親が黙ってその大きな手を乗せた。


 デパートから帰ってすぐに、春斗は疲れたのか部屋で寝てしまった。

 あまり無理はできないのだと、優斗はこのとき母親から聞かされた。

 どうやら心臓が悪いらしい。

 体が大きくならないのも、すぐに疲れるのもそのせいなのだと、優斗は初めて教えられた。

 そして繰り返し母に言われた言葉が、「優しくしてやってね」だった。

 その言葉はまるで春斗が長生きできないのだと、大人になれないかわいそうな子なのだと繰り返し言われているようで、優斗を苛立たせた。


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