春斗
このお話には残酷な内容が含まれます。
身近にご不幸があった方、まだ傷口が痛む方、癒されるまでにまだ時間が必要な方は、決してお読みにならないでください。
優斗には弟がいる。
よく学校を休む、背の低いやせっぽちの弟だ。
名前は春斗。
優斗が友達と遊びに行こうとすると後をついてきて一緒に遊びたがる。
でも鬼ごっこもかけっこもできないし、山にも海にも行けない。はっきり言って足手まといなのだ。
よく分からないけど、病気らしい。
だったら家で寝てればいいのに。優斗はいつもそう思う。
『まあでも、オレのことを尊敬して「兄ちゃんかっこいい!」ってよく言うのは悪くないよな。』
だから時々、山で拾った木の実とか、海で拾ったきれいな貝がらとか、2番目か3番目にいいヤツをお土産で渡してやったりもする。
そうするとさらに、すごいすごいと喜ぶので、じゃあまたなんか持ってきてやろうと思う。
海で見つけた面白い生き物を持って帰ったら、「すごいよ兄ちゃん、これってキセキだよ!」と叫んだ。
その生き物は奇跡でもなんでもない、図鑑で調べたら『ヨウジウオ』という名前の魚だった。
でも優斗は気分がいい。
『春斗が元気だったら子分にしてやってもよかったのに』
いつもそんなふうに思っていた。
優斗が住んでいるのは大きくも小さくもない島で、山もあれば、周囲には当然海もある。
新しいものは何もない田舎の島の田舎の町だけれど、山や海で遊ぶのは楽しかった。
優斗が三年生の夏休みのとき、山でキレイな鳥を見つけたという仲間がいて、ばあちゃんにきいたら、「それはずいぶん前にいなくなった鳥に似ているね」と言っていた。
絶滅した、というんだと仕事から帰った父親が教えてくれた。
優斗はみんなで探検隊を組んで何日も山を探し回ったけど、結局見つからなかった。
見つからなかったけど、春斗に毎日、探検隊の成果を話してやったら大喜びしていた。
夏の暑いうちは外に出ちゃダメだと言われて泣いてたくせに、と優斗は笑った。
「ゲンキンなヤツだよな」
と言うと、春斗は笑って、
「兄ちゃんの話し方がうまいんだよ」
と言った。
だから、優斗は毎日、春斗に山の探検の事を話してやった。
いつか絶対見つけてやるんだと優斗が言うと、春斗は「兄ちゃんなら絶対できるよ!」と興奮して大きな声を出した。
優斗は嬉しくなって、夏休みが終わっても海や山へ行くと春斗にお土産を持って帰る事が多くなった。
四年生の夏休み、優斗たちはあめふらしを見たというおばさんの話を聞いた。
あめふらしは、女の人がよく使う名前だ。
天気雨の日に、道の先にぼんやり見える人影。
それがあめふらし。
子供の姿をしていて、女の人にはそれが、死んだ人や子供の姿に見えるらしい。
あめが降ってるときに会うわらしだから、あめわらし。それがいつのまにかあめふらしになったんだと、仲間の1人が得意そうに言っていた。
だが男の人は、なぜかその人影の事をかかあばあ、と呼ぶ。
男の人が1番会いたいのはたいてい奥さんか母親だからなのだとばあちゃん達が話していた。
優斗たちはその夏はあめふらしを探すことにした。
優斗たちに奥さんはいないし、四年生にもなって母親に会いたいというのは恥ずかしい事だと思ったから。
大人の男たちは情けなくて恥ずかしい。言ったりしないけど、おれたちは絶対そんなふうにはならない。
優斗と仲間たちはこっそりそう話した。
だから、探すなら『あめふらし』だと思ったのだ。
春斗は「すごい、すごい」と目を輝かせた。
でも天気雨になんて狙って会えるものでもない。
探検隊はなんとなくだらだらと町をぶらつく事が多くなった。
公園で雨を待ち、山の入り口で雨を待ち、みんなが待つことに飽き始めた頃、優斗は家族で出かけることになった。
行き先は親戚のたくさん住んでいる1番大きな島の1番大きな街。
おもちゃ屋さんもデパートも、おっきいプールだってある。
「あめふらしなんかよりずっといい」
優斗はそう言って大喜びで準備をした。
春斗はちょっと残念そうだったが、でもデパートでお子様ランチを食べられると知って喜んでいた。