94話 レジスタンス
エンデヴァルドと混合軍の戦い…… にはならず、ものの数分でゲッペルはまたもゴーレムの腕に叩き潰されていた。
あっという間に指揮者を失った混合軍はパニックになるも、西方面軍と中央軍に分かれてエンデヴァルドを攻めた。 が、普段交わる事のない両軍は連携が取れず、お互いに足を引っ張りながらの攻撃は彼を捉え切れない。
圧倒的な力の差を見せるエンデヴァルドに、戦闘は混合軍の消耗戦のように思われた。 が、メゾット常駐の西方面軍によって四方を囲まれたエンデヴァルドは数で押され、やむなくホセの村に逃げ込んだのである。
そこで待っていたのは、シルヴェスタ王国に反旗を翻そうと機会を窺っていた元兵士の魔属達だった。 彼等は村の外れの一軒家の地下を掘って拠点とし、表向きは村人として暮らす一方、密かに有志を募って武器防具を各地から集めていたのだった。
「ようこそ! 我らが『ジ・ハーデリア』へ! 」
入り組んだ坑道の各部屋に集まった魔属達の総数は約1000人。 レジスタンスのリーダー的存在であるカナイとウェルスは、エンデヴァルドを坑道の一部屋に案内して歓迎したのだった。
「噂はかねがね聞いています、『魔王エンデヴァルド』 」
その言葉にエンデヴァルドは、カナイをジロッと睨み付けた。
「魔王もくそもねぇんだよ。 オレはエンデヴァルドだ、間違えるんじゃねぇ 」
100人は入れる大部屋に仕立てられた室内をぐるっと見渡し、エンデヴァルドはため息をつく。
「聞くまでもねぇけどよ…… なんの集団だ? 」
「王国の復興を目的に集まった同志ですよ。 貴方が狼煙を上げるのをずっと待っておりました 」
そう微笑んだのは、まだ成人とは呼べない年齢の人間属のカナイだ。 隣のターバンを巻いたウェルスはトカゲのリザード属であり、カナイの存在にエンデヴァルドは首を傾げる。
「人間属のお前がリーダーか? 」
「人間属では不満ですか? 『エンデヴァルド』はそんな些細な事を気にしないと聞いていましたが 」
「そうだな…… そうだった 」
彼が静かに笑うと、二人も合わせて笑う。
「悪かったな、ここに逃げ込んじまってよ 」
「いいえ、メゾットの町を戦場にしなかったのは素晴らしい判断だと思います。 ここにも非戦闘員が少なからずいますが、大きな町よりは被害が少なくて済みます 」
そんな話をしている最中、若手の魔族がエンデヴァルド達の元に転がり込んできた。
「大変だカナイ! 奴ら、この地下坑道に気付いたみたいだ! 」
「ウェルス…… 」
カナイの言葉に頷いたウェルスは、十数人の同志に声を掛けると斧を片手に部屋を出て行く。
「とりあえず入り口を塞いでも問題ないのか? 」
「えっ…… あ、うん…… 」
カナイが思いもよらない言葉に驚いて返事をすると、エンデヴァルドは壁に手をついて意識を集中させた。 すると頭上から、水の流れとは少し違うサラサラという音が聞こえてきた。
「何を…… 」
「土で入り口を塞いでやった。 よく見ればバレるだろうが、暗い地下の事だから崩して侵入してくることもねぇだろ 」
そう言ってエンデヴァルドは深くため息を漏らし、その場に座り込んでしまった。 彼はイメージグローブに力を使い果たし、立っているのも限界だったのだ。
「悪ぃな…… 少し休んだら出ていくからよ 」
あぐらをかいてぐったりとする彼に、カナイは急いで側にいた同志に水を用意させる。
「心配しないで、奥でゆっくり休んで下さい。 貴方の身は僕らで守ります 」
「あ? 」
カナイはスッと右手を出して笑った。
「もう少し時間が掛かりますが、王城の地下に通じるトンネルを掘っているんです。 僕らはそこから機をみて王城へ乗り込み、フェアブールト王を討つつもりでした 」
「王国軍を甘く見るな。 オレがぶっ潰してやるから、ここでおとなしくしてろ 」
その場に大の字に寝転んだエンデヴァルドは、そう吐き捨てて目を閉じる。
「地下からの侵入じゃ、水攻めで全滅するのがオチだろうが。 お前らレジスタンスの役目は、城を落とすことじゃねぇ…… その後の、混乱する国民を正しく導くのがお前らだろうが 」
「ですが…… 貴方一人では無茶です! 僕達はこの王政を討ち倒すの為に集まった者ですよ? 元兵士もいますし、後ろで見ているだけという訳には…… 」
「じゃあよ、セレスに力を貸してやってくれ 」
エンデヴァルドは言葉を遮ってそう答えた。
「…… セレス? 」
「ああ、次の国王にピッタリの女だ。 いい女だぜ? 」
「ご冗談を…… という訳ではなさそうですね。 詳しく聞かせて貰えますか? 」
二人の周りで様子を見守っていた者達も、緊張した面持ちで耳を傾ける。 出入口を防衛しに行っていたウェルス達も戻ってきて、雰囲気の違う二人の様子を見守っていた。
「次期国王はダークエルフだ。 人間属でも魔属でもなく、どちらの痛みも知る種族だ。 面白そうだろ? 」
「バカを言わないで下さい。 呪われし禁忌の種族を次期国王にだなんて…… 」
「じゃあ聞くが、お前らは何の為に反旗を翻す? 」
「そりゃもちろん、魔属と人間属が平等な以前の世界に戻す為だ 」
カナイよりも先に答えたのはウェルスだった。
「いいじゃないかカナイ。 俺はそのダークエルフの女王に賛成だぜ? 」
「ウェルス! まさか、『いい女』というだけで答えてませんよね? 」
クックッと笑ったウェルスに、エンデヴァルドも目を閉じたままハハッと笑った。
「そうじゃない。 目の前にしてもこの男があの腐れ勇者だと未だに信じられないが、他人を寄せ付けないと噂の男が推す女なんだ。 頼もしいじゃないか 」
「…… 僕にはわかりません 」
「わからねぇなら会ってみればいい。 それとも、他に国王に据えようという人物がいるのか? 」
『いえ』と答えたカナイは、腰に手を当ててため息をついた。
「魔王と同化したとか、ダークエルフを国王にとか…… ホント貴方は、予想の斜め上を行くのですね 」
「うるせぇ。 オレはオレのやりたいようにやるだけだ 」
カナイとウェルスは顔を見合せ、鼻を鳴らして呆れるウェルスにカナイは苦笑いをした。
「わかりました、一度セレスさんに会いましょう。 ですがその彼女に力を貸すかどうかは別ですよ? 」
「好きにしろよ。 だがアイツを害するような真似をするようなら、オレはお前らを許さねぇ 」
エンデヴァルドは大の字のまま、やがて寝息を立て始めた。 警戒心のかけらもない彼の行動に、見守っていた全ての者が呆れ返る。
「今に始まった事じゃないが、大した度胸の男だ 」
「まったくです…… まるで昔の君を見ているみたいですよ 」
カナイは白々しい目をウェルスに向ける。 カナイとウェルスが出会ったのは、2年前の飴玉事件が起きた直後のこと。 西方面軍のモーリス配下だつた彼は、モーリスが処分されたことをきっかけに離隊し、エンデヴァルドと同じように各地で虐げられる者達を助けていたのだった。
「やめてくれ。 俺はこの男のようには立ち回れなかった 」
リザード属である彼は、爬虫類のような細長い瞳と長い舌に加え、鱗のような黒い肌の外観ゆえに、各地で行動するには目立ちすぎた。 そのサポートを買って出たのが、戦う術を持たないカナイだった。
「僕も、彼がとても羨ましかった。 彼みたいに戦う力があればと、何度も悔やんだあの頃を思い出します 」
「そう言うな。 俺は君をパートナーにしてから、この男にひけを取っているとは思ってない。 君が決断したことなら喜んで力を振るおう 」
「そうですね、僕もそう思っています。 先ずは…… 彼をベッドまで運びましょうか 」
二人は笑いあい、ウェルスはエンデヴァルドを米俵のように肩に担ぎ上げて、仲間の見守るなか坑道の奥の部屋へと消えて行ったのだった。