92話 国王ヴェクスター
魔王エンデヴァルドによって国王が殺害された
フェアブールトの死とカーラーン王城の半壊は、あっという間にシルヴェスタ全土に知れ渡り、人々を混乱の渦に巻き込んだ。 亡き父の後を継いでヴェクスターが国王代理を名乗り、現国政の維持と『魔王討伐』を掲げて、王城の噴水庭園で国民に演説を行っていた。
「国王であり我が父であるフェアブールトの命を奪ったのは、魔王に魅了されたエンデヴァルドである! 事は私の目の前で起こったのだ! 魔王グリザイアの力を使い、御身を変質させられた王は、その身を犠牲にしてエンデヴァルド葬ろうとしたが、後一歩のところで叶わなかった…… 」
言葉に詰まり、彼は見下ろす国民から目を逸らす。 もちろん演技の一環であったが、国民は涙を堪えて演説を続ける彼に夢中になっていた。
「私は亡き父の意思を継ぎたい。 諸悪の根元である魔王エンデヴァルドを打ち倒し、このシルヴェスタに平和をもたらすと約束しよう! 」
彼の言葉に国民が一斉に歓声を上げる。 随所に配置されていた兵士達は、槍の柄で地面を打ち鳴らして更に場を盛り上げる。
「フ…… 」
ヴェクスターは表情を崩さず、鼻で笑う。 そんな彼を、謁見の間に集まって見ていた老人達がいた。 老い先短い風ばかりのこの者達は、『元老院』と呼ばれる勇者一族達だ。 だがその中には、リヒートの姿もあったのだった。
「してやったり…… といったところじゃな 」
目も開いているかどうかわからないほどヨボヨボの男性が、かすれた声で呟く。
「まさかエンデヴァルドがフェアブールトを手にかけるとはな 」
「まったく、余生を静かに暮らせるかと思っておったのに。 血の気の多い若い者が余計な事をしおって 」
元老院と言っても、国政に関与することはなく、富に溢れた不自由ない立場を証明するだけの地位だ。
「アタシゃどうでもいいわ。 好きなだけ飲み食い出来れば誰が王だろうとね 」
「生真面目なヴェクスターの事じゃ…… 城下町の邸宅を取られはすまいな? 冗談じゃないぞい 」
好き勝手な事を口にして、1人また1人と消えるように謁見の間を退出していく。 やがて最後に残ったのはリヒート一人。 そのタイミングを待っていたように、ヴェクスターが謁見の間に下がってきた。
「よくもまあ悲劇の息子の役など堂々と出来るものだな。 感心したよ 」
「先入観を植え付けるのは大事なことだ。 これでエンデヴァルドは国民総意の反逆者…… 国外に出ない限り、もう逃げ場はない 」
国王の変死があっという間に知れ渡ったのは、リヒートが諜報部隊長ノエルを捲し立てたからだった。 彼はヴェクスターがフェアブールトを怪物にした事実を隠し、魔王に飲み込まれたエンデヴァルドの仕業だと偽の情報を拡散するようノエルに命令したのだ。 リヒートは諜報部の上層に繋がりを持っていて、中央軍所属のノエルもその1人。 ノエルの首にもまた、レティシアと同じ呪いのチョーカーが巻かれていたのだった。
「エンデヴァルドの討伐、期待しているよ。 我は早々に後室へ下がらせてもらう。 そういう約束だろ? 」
「好きにするがいい 」
ニタリと下品に笑ったリヒートは、マントを翻して颯爽と謁見の間を出ていった。 一人になったヴェクスターは謁見の間に鎮座している玉座の前に立つ。
「フン、フェアブールトの欲にまみれた後室などいくらでもくれてやる。 だが後室など不要、即刻解体してやる 」
クククと静かに笑ったヴェクスターは玉座に座り、謁見の間の外で待機していた自分の部隊の部下を呼びつけて、エンデヴァルドの捜索にあたらせるのだった。
「そうですか、ご苦労様でした 」
中央軍を警戒して隠れ家から出れずにいたエンデヴァルドとシュテーリアは、イムカから王国の動向の報告を受けて窓の影から外の様子を窺う。 今のところ、カーラーン王城の裏手の林の中にひっそりと佇んでいるこの小屋周辺には、兵士の姿は見当たらない。 自然に溶け込むようデザインされた隠れ家は、王国軍には認知されていないのだ。
「エンデヴァルド、今のうちにここを離れるべきかと。 ヴェクスターが本格的にエレンへ攻め入る前に、聖剣エターニアを回収するべきです 」
イムカからの報告は、運良く逃げ延びたエンデヴァルドを躍起になって捜索していることと、反逆者に与したとされるスレンダンを拘束するということだった。
「なぜエターニアに拘る? 」
「あの聖剣の力が必要なのです。 あらゆる魔法を打ち消す、あの聖剣を頼らなければ救えない…… 貴方だってあれは必要でしょう? 」
「納得いかねぇな。 リヒートを殴ろうとした時、お前は奴を守る責務があると言った。 だが今は、オレに戦う力を取り戻せと言う。 ワケわからん! 」
彼女はレティシアを助けてと言いたかったが、口を開きかけてその言葉を飲み込む。
「…… 貴方でなければ、貴方の剣でなければ救えない者がいるのです。 これ以上は言えません 」
エンデヴァルドは突然、目を逸らす彼女の胸ぐらを掴まえて引き寄せた。
「言え! オレはバカだ、ハッキリと聞かねぇとわからねぇんだよ! 」
「私だって、言えればこんな歯がゆい思いをしていません! 彼女を…… 」
エンデヴァルドをキッと睨み、シュテーリアはそこで言葉を止める。 歯を食い縛り、固く結んだ唇は震えていた。
「…… どうすればその『彼女』を救うことが出来る? 」
「ルイスベルに会って下さい。 彼は私の思いに気付いてくれました 」
エンデヴァルドはシュテーリアから手を離し、無言で身支度を始める。
「どうか彼女を…… 」
「めんどくせぇ話だが、エターニアじゃなければダメなんだな? わかった 」
騎士らしからぬ、祈るように胸の前で手を組む彼女を一度見て、彼はイムルに続いて部屋を出て行くのだった。