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91話 魔王の記憶

 

  お前は誰だ


 ー オレは…… エンデヴァルドだ…… ー


  お前は何者だ


 ー オレは勇者…… いや、違う…… 魔王…… ー



 深い闇の、更にその奥から、太く低くよく通る声の問いにエンデヴァルドは答えた。


 ー お前こそ誰だ? 何者だ? ー


  我はグリザイア  無機の力を授かりしドラゴニュート


 声は響くが姿はない。 口を開かずとも問いに答える主を、エンデヴァルドはイメージグローブに存在するグリザイアの意識だと判断した。 不可思議なことではあるが、代々スキルが継承される事自体不思議なのだから、これを素直に受け入れた。


 ー んで、今さら何の用だ? まさか子孫の体を乗っ取りやがってとか、うらめしやじゃあねぇよな? ー


 グリザイアは、その問いには答えない。


「おい! 聞いてい…… !? 」


 しばらくの沈黙の後、痺れを切らしたエンデヴァルドが口を開こうとしたその時、目の前に褐色の肌の女性が見上げている姿が写し出された。


「この女、ベイスーンの…… 」

    

 横に伸びた尖った耳に、切れ長の目を際立たせる長いまつ毛。 セレスと比べても見劣りしない綺麗で整った顔立ちは、目を潤ませながら何かを訴えている。 声は聞こえず、会話の内容は分からないが、必死に『やめてくれ』と叫んでいるようだった。


 ー そうか…… お前の大事な女だったんだな ー


 胸の中に流れてくる、締め付けられるような感情にエンデヴァルドは目を細める。 そこでフッと暗転し、次に映し出されたのは青年と対峙している場面だった。 炎が燃え盛るような赤髪は逆立ち、手には聖剣エターニアが握られていた。 


「何故こうなった! 貴様らが王フェアニーグルが子息、フェアノートを保護し、送り返した返答がこれか! 」


 今度は声が聞こえた。 困惑と怒りが混濁した感情がエンデヴァルドに流れ込んでくる。


「あぁ…… 奴はオレが真っ二つにした。 八つ裂きにされて送られてきたと陛下に渡してやったんだ。 クク…… まったく、良いきっかけになってくれたものだ。 これでお前を葬れば、オレは一躍シルヴェスタの英雄になれる 」


 ー なん…… だと? ー


 500年前の大戦は、勇者エターニアが仕組んだものだとエンデヴァルドは理解した。 つまりは英雄と、勇者と謳われる為に両族を戦争へと駆り立てたのだ。


「おのれ…… おのれエターニアぁ! 」


 体からイメージグローブの力が抜けていくと同時に、再び目の前が暗転した。


 ー なんだよ…… これがエセ勇者の誕生の真相かよ…… ー


 そこからしばらく闇が続いた。 宙に漂う感覚を感じながら、彼は体を闇に任せる。


  お前は何者だ


 再びグリザイアの声が聞こえた。


 ー …… オレは…… 勇者でも英雄でもねぇ…… ー


  お前は、英雄になり得るか


 ー どうだかな…… ー


 そこでフッと闇から光の中へと出た。 柔らかいベッドを背中に感じ、見上げていたのは木製の天井と視界の端の下着に包まれた2つの膨らみ。


「…… あ? 」


 顔に押し付けてくる柔らかな膨らみの主はシュテーリアだった。


「やっとお目覚めですか? エンデヴァルド 」


「なんの真似だ雪女 」


「遊郭を巡っていた貴方への前払いなのですが。 お好きでしょう? 」


「嫌いじゃねぇけどよ…… ぐべっ!? 」


 エンデヴァルドがシュテーリアのお尻に手を伸ばすと、間髪入れずに彼女の拳が彼の眉間に飛んだ。


「…… 前払いってどういうことだよ? 」


 眉間に拳の痕を残して彼が問うと、彼女はキョトンとしてじっと彼を見つめる。


「ルイスベルから何も聞いていませんか? 」


「アイツとはベイスーン以来会ってねぇ。 なんだ、アイツ絡みの厄介な話か? 」


「そうですか…… 私はてっきり、事情を知ってカーラーンに乗り込んで来たものだと…… 」


 落ち込んで寂しげな表情を見せる彼女。 エンデヴァルドはスッと離れる彼女の腰をグイっと引き寄せた。


「何を企んでる? 話せ 」


 急に真剣な顔になる彼に、シュテーリアはそっと唇を重ねた。


「私の口からは言えないのです。 ですが貴方に…… 救って頂きたい大事な女性(ひと)が。 と言っておきます 」


「…… 浮いた話を聞かないお前が、こういうことをしても惜しくないくらい大事なんだな? 」


 彼女は静かに頷き、気持ちを汲み取ってくれた事に微笑んで彼の頬に手を添える。


「恐らく、貴方にしか救えない…… 聖剣エターニアはどうしたのですか? 」


「ベルナローズに置いてきた。 戦う意志がないことを証明するのに必死だったもんでよ 」


「…… トレードマークのアレを手放すなど、貴方らしくもない 」


 呆れた風を見せたシュテーリアだったが、その内心は焦っていた。 彼女はエターニアをあてにしていたからだ。


「今頃は頼りになる奴が死守してくれてるだろうよ。 それにアレの鞘はオレにしか抜けない、他の奴にとっては鉄屑同然だしな。 それに…… 」


 ふと目線を天井に向ける彼を、彼女は無言で見つめる。


「なあシュテーリア。 仮に、500年前の大戦が勇者エターニアに仕組まれたものだとしたら、俺達人間族は…… いや、勇者一族のオレはどうするべきだと思う? 」


「…… どういうことです? 」


「この体に宿っているスキルが、オレに過去を見せた。 この体になって、今までそんな事は一度もなかった。 もしかしたらエターニアと離れたことで、抑えられていたグリザイアの意志が出てきたのかもしれんが…… 」


 エンデヴァルドは、先ほどまで見ていた夢のようなグリザイアの記憶を彼女に聞かせた。 彼女は驚きも疑いもせずにそれを聞き、無言で彼を見つめていた。


「書物に残っている歴史や、言い伝えは全て魔族が悪だとされている。 今しがたオレが見たものが事実なのかどうかは当時の者にしかわからねぇが、エターニアが成り上がる為に仕掛けた戦争なら、真の悪は勇者一族になる。 それが許せねぇ…… 」


 ギリっと歯ぎしりをするエンデヴァルド。 ベッドから起き上がろうとした彼を、シュテーリアは体を被せて押し倒した。


「焦ってはいけません。 今カーラーンでは、行方をくらませた貴方を探し出そうとヴェクスターが軍を総動員して躍起になっています。 それに、満身創痍なのでしょう? 」


 その言葉に彼は反論しない。


「…… あの時お前が氷柱を張ってくれなかったら、オレはあの爆発で吹き飛んでいた。 礼を言う 」


「貴方をあの場で死なせる訳にはいきませんでしたから 」


「ところでここはどこだ? オレを匿ってると知ったら、お前だってただじゃ済まないだろ 」


「ここは私の隠れ家。 フフ…… 私の身を案ずるとは…… 変わりましたね、エンデヴァルド 」


「あ? オレはなんも変わっちゃいねぇ 」


 彼の胸に手を置き、彼女は真剣な目を彼に向けた。


「貴方は勇者ですか? 魔王ですか? 」


「オレはエンデヴァルドだ 」


 真っ直ぐ見据えて迷いなく即答する彼に、彼女は優しく微笑んだのだった。



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