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85話 裏切りの部隊長

 アーバンを人質に取られ、ハミルはやむを得ず転送ゲートを起動させた。 拠点の聖堂にゲートがあることは、アーバンが目線でエンデヴァルドに教えたのだった。


 ハミルが転送係に指示すると、台座の六芒星が光を放って中心の景色が水の波紋のように歪む。 


「ゲートは起動した。 潜れば王城の大聖堂に出る筈だよ。 さあ、彼を解放してくれ 」


 ハミルは交換条件だと言わんばかりに、転送ゲートとエンデヴァルドの間に立って真正面から見据えた。


「ああ、悪かっ…… 」


 捕らえていたアーバンを離そうとした瞬間、アーバン自らがエンデヴァルドの手を掴む。


「!? 」


「任せろ 」


 アーバンは小さく呟くと、いかにもエンデヴァルドに操られるかのように前に出てハミルを押し退けたのだ。 突然間合いを詰められたハミルは反射的に後ろに飛び退き、囲んでいたリセリア達は武器を構える。


「…… 随分卑怯な真似をするようになったんだね、エンデヴァルド 」


 エンデヴァルドとアーバンは転送ゲートを背に、北方面軍と向き合う形になった。


「副隊長、俺も王城へ行ってきます! 」


 拘束を解かれたアーバンは、エンデヴァルドを庇うようにハミルに向き合い、深々と頭を下げた。


「アーバン! 早くこっちに! 」


 リセリアが剣に雷を纏わせながら叫ぶが、彼は真剣な目で首を横に振る。


「…… どういうことだい? 」


「こいつ、さっき俺に『頼む』と言ってきました。 こいつが俺にそんな言葉を言うなんて初めてなんです! 」


「何を言ってるのアーバン! 言葉ならなんとでも…… 」


「違うんだリセリア! 」


 アーバンの必死な様子に、ハミルもリセリアも踏み込む足を止める。


「ガキの頃から、こいつが誰かを頼るなんてなかったんだ! こいつは今本当に真剣で、自らを犠牲にしてでも何かをしようとしてる! 」


「…… いつものことだろう? 」


「違うんです! 上手く言えないけど、今までの無茶ぶりとは違う! 俺はこいつを助けたい! 」


 アーバンの思わぬ一言に、兵士からは驚きの声が上がって騒然となる。


「それは規律違反…… 軍を抜け、反逆者に与するという意味かい? 」


 鋭い視線を向けるハミルに、アーバンのこめかみを冷や汗を伝う。


「…… 上等で…… ず!? 」


 そう言いかけた時、彼の背中をエンデヴァルドが蹴り飛ばしたのだ。


「仲間なんざいらねぇんだよ! ヨワヨワが! 」


 そう言い残して、エンデヴァルドは転送ゲートに消えていった。 かなり強めに蹴り飛ばされたアーバンはリセリアに受け止められ、唖然として転送ゲートを見つめる。 胸で受け止めたリセリアは、少し頬が染まっていた。


「急ぎカーラーンに侵入者の報告をせよ! これより部隊を編成して王城へ突入する! 」


 ハミルは兵士達に命令する。 兵士達が慌てふためくなか、彼はエンデヴァルドから渡されたエターニアをアーバンに押し付けた。


「訳のわからない幼馴染を持って大変だね君も。 とはいえ、君は僕の自慢の北方面軍部隊長だ。 これからどうするべきか…… よく考えるんだね 」


「副隊長…… 」


 アーバンはハミルに向き直り、手渡されたエターニアを見つめる。


「…… あのバカ…… 」


 エターニアの鞘を強く握り、その手を柄に滑らせる。 聖剣と語り合うようにややしばらく見つめていたアーバンは、ギュッと柄を握りしめて納刀状態のまま切っ先をハミルに向けた。


「アーバン! 」


 敵対の意思を見せる彼に、ガフェインが詰め寄ろうとしたのをハミルは止める。 アーバンは転送ゲートを背に北方面軍を見据えて、ここは通さないといった構えだ。


「あいつを信じたいんです。 この聖剣を置いていったのも、何か理由があるはず。 今回の事件で俺も腹が決まりました…… 信念を曲げてまで、軍に仕える男にはなれません 」


「そうか…… 残念だけど、君はそう言うんだろうなと思ったよ 」


 ハミルはゆっくりと弓を引き、アーバンの額に狙いを定める。


「君を、国家を転覆せんとするエンデヴァルドの一味と判断する。 武装を解除して投降しなさい 」


「…… 力ずくでやってくださいよ、ハミル副隊長 」


 両者は睨み合い、どちらかが動けば即戦闘が始まる緊張状態。 その時、両者の間に割って入ったのはリセリアだった。 彼女はアーバンに背を向け、体に雷を全開で纏わせてハミルに対峙する。


「…… 君も。 なのかい? 」


「好きな男を守るのもいいかなぁ…… と思いまして 」


「「「はぁ!? 」」」


 兵士達は声を揃えて驚き、ガフェインは目を見開いて固まり、エルファスはハハっと苦笑いになる。


「おいおい…… こんな所で愛の告白か? 」


「いいじゃない。 守りたいと体を張るのは男だけじゃないのよ 」


「そうなのか…… あいつも幸せ者だな 」


 リセリアを含め、その場の全員の目が点になった。 エルファスがプッと吹き出すと、彼女は顔を真っ赤にしてアーバンに突っかかる。


「あ…… アンタが好きだって言ってるのよバカ! あんな腐れ勇者なんか知ったこっちゃないわ! 」


「へ…… 俺? 」


「鈍感も大概にしなさいよね! 今まで一緒にいて、任務だって副隊長に頼んでわざわざ一緒にしてもらってたのに!


 彼女から相談を受けていたエルファスは、ポカンと口を開けて呆けているアーバンがおかしくて仕方がない。


「俺のどこが…… 」


「理由なんかどうでもいいの! 好きになっちゃったものは仕方ないじゃない! ともかく! 」


 彼女はひとつ咳払いをしてハミルに向き直った。 


「今までお世話になりました。 魔導剣士隊の隊長の座は返上します 」


「彼についていくというのは分かったけど、理由くらい聞かせてくれないかい? 」


「簡単な事です。 彼が腐れ勇者を守って戦うと言うのなら、アタシは彼を守って戦うだけです 」


 ハミルは『やれやれ』と首を振る。


「女性というのは、なぜこうも簡単に心変わりできるんだろうね…… 」


「そんなことを言うから、副隊長は女にモテないんですよ 」


 そう言い切ると、リセリアは愛用の細身の剣を抜いて雷を宿らせた。 ガフェインがハミルの前に立って大盾を構え、エルファスは後方から弓でアーバンに照準を合わせる。


「やめよう。 こんな所で部隊長同士が争っては、転送ゲートを破壊しかねない 」


 ハミルはアーバンとリセリアに背を向けて聖堂を去っていく。 それを合図に双方とも武器を下ろし、やがて兵士達はざわざわとし始めた。


「ルイスベル隊長が帰還するまでだよ。 その後の判断は彼に任せるから 」


 聖堂の出入口をくぐるハミルは、そう言い残して去って行った。


「なんともまぁ…… 思い切った事をしましたね。 二人が抜けてしまっては、北方面軍が成り立たないじゃないですか 」


 エルファスが苦笑いで近寄ると、二人は緊張を解かずに彼を受け入れる。


「すまんな 」


「びっくりはしましたけど、いいんじゃないですか? 貴方からは軍の現体制の愚痴も聞いていましたし。 何より彼女から告白を受けたんですから 」


「いや…… まぁ…… 」


 頭を掻いて恥ずかしがるアーバンの脇腹を肘で小突く、リセリアの顔は少し赤い。


「んで? 」


「…… ん? 」


「返事! アタシのこと受け入れてくれるの? 」


 しどろもどろしながら見つめていた彼は、やがて軽くため息をついて笑顔を見せた。


「物好きな奴だな…… だけど、スゲー嬉しい 」


 それを聞いてリセリアも笑顔になり、拳を突き出してきた。 軽く拳を合わせると、場の緊張も少し弛む。


「これからどうするのだ? 」


 そう切り出したのはガフェインだった。 未だに取り囲んでいる兵士達を一度見渡し、アーバンに視線を向ける。


「ここであいつを待つ。 きっと…… いや、この聖剣を取りに必ず戻って来るはずだ 」


 なぜエンデヴァルドが聖剣を置いていったのか…… アーバンは頭を悩ませながら、転送ゲートを見つめるのだった。


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