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79話 どっちがゴミだ?

「回復魔法だ! こんだけいるなら誰か使えるだろうが! 」


 エンデヴァルドは野次馬に向けて必死に叫ぶが、やはり誰一人として出ては来ず、一人また一人と囲んでいた輪から離れていく。


「人間族なんてそんなものです。 この女性を助ければ、自分が何をされるかわからない…… 保身で精一杯なんです 」


 屋根からエンデヴァルドの横に降り立ったジールが野次馬達を睨むと、野次馬達は罰が悪そうに散り散りになっていった。 ジールは泣き叫ぶ赤子を拾い上げると、女性と同じような尻尾が生えていた。 この女性の赤子だと確信したジールは、そっと女性の腕に抱かせる。


「う…… あ…… 」


 エンデヴァルドに抱かれたまま気が付いた女性は、その赤子を見て涙を浮かべ、愛おしそうにギュッと抱きしめる。


「大丈夫か? すぐ治…… 」


 エンデヴァルドがそう口にしようとした時、ジールが彼の肩を爪を立てて掴んだのだ。


「ああ!? あ…… 」


 彼はジールを睨むが、ジールは真剣な表情で首を振る。 女性を見ると既に事切れていて、頭と腹から血を流し、右腕と右足があらぬ方向に曲がっていた。


「手遅れです。 よほど勢いよく馬車に撥ねられたのでしょう 」


「…… そうかよ…… 」


 次第に力が抜けていく女性を見つめながら彼は呟く。 女性の腕に抱かれた赤子は、母親の匂いに安心したのかいつの間にか眠りに落ちていた。


「ジール、その撥ねた馬車は? 」


「カーラーン方面へ走り去りました。 猛スピードでしたから、追いつくのは不可能です 」


「特徴は? 自前の馬車を持ってる奴なんざ貴族以上しかいねぇ 」


 静かな言葉のエンデヴァルドに、ジールは少し恐怖を覚えながら淡々と答える。


「追いかけてどうするんです? 報復するつもりですか? ごめんなさいと言わせるつもりですか? 」


「…… 」


 エンデヴァルドはその問いには答えなかった。 やがて野次馬は消えて、その中にいた少数の魔族達だけが物陰から様子を窺っている。 そんな中、メゾットを警備する西方面軍の兵士達がエンデヴァルドとジールを取り囲んだのだった。


「そこの者! なんの騒ぎか説明せよ! 」


 兵士の問いにエンデヴァルドは答えない。


「なんだドルイドの女か。 おい坊主、そのゴミを始末するから避けなさい 」


「…… うるせぇよ、ゴミとか言うんじゃねぇ 」


 兵士が女性に手を伸ばしたその時、地響きと共に吹き出した水柱が兵士を宙に打ち上げたのだ。


「なに!? 魔法攻撃! 」


 咄嗟に戦闘態勢を取った兵士達だったが、今度は石畳の道路が隆起して次々と兵士達を宙に撥ね飛ばした。


「こんな所で力を使って、貴様はバカですか! 落ち着いて下さ…… うあっ!? 」


 イメージグローブを発動するエンデヴァルドを止めようとしたジールをも、彼は体の周りに発生させた突風で吹き飛ばしたのだ。 ジールは体をひねって着地し、彼の顔を見て舌打ちをする。


「ゴミはどっちだ? 」


 その目は真っ赤に染まり、骨と皮だけの翼が服の背中を突き破って生えてきたのだ。


「う…… 」


 ジールはその異様な変化に硬直する。 少年だったエンデヴァルドの体は膨れあがるように青年の姿になり、生えた翼はみるみるうちに膜を張って龍のそれになる。


「赤子を抱いた女を轢き殺した馬車連中がゴミか? 魔族だからゴミ扱いする方がゴミか? 瀕死の女を助けもしねぇ奴らがゴミか? 」


 エンデヴァルドの怒りは押さえつけるような威圧感を発し、足元の石畳には亀裂が入り始めた。


「この女は死ななければならなかったのか? この赤ん坊は今、母親を失わなければならなかったのか? 」


 彼の目尻からは血の涙が流れていた。 その涙は一瞬で乾き、アザのように目尻に残る。 心臓をえぐられるような威圧感に、ジールは腰から砕けて座り込み、ガタガタと恐怖に震える。


「それともこの国…… この世界こそがゴミか? 」


「エンデヴァルド…… まさか我を見失っているんですか!? 」


 ジールの言葉通り、エンデヴァルドは怒りのあまりリュウの体に眠っていた本能的衝動に飲まれてしまっていたのだ。 魔王の種族『ドラゴニュート』は、怒りを糧として成長する特徴を持つ。 爆発的な怒りは肉体をも急成長させ、精神を蝕む。 30歳にもなるリュウが少年の姿のままだったのは、リゲルやオッタルなど見守っていた者達の努力の賜物だったのだ。


「この国自体がゴミなんだな…… なら綺麗に掃除してやる 」 


 エンデヴァルドは女性の亡骸を抱いたまま立ち上がり、周りを見渡して歩き始める。 その進行方向には露店で並んでいた雑貨屋や果物屋。 ドンと彼が石畳を踏みつけると、地面が隆起してその屋台を吹き飛ばしたのだ。


「なっ!? 」


 あまりに突然の彼の行動に、ジールは目を見開いたまま動けない。 魔法ではあり得ない現象に人々は逃げ惑い、轟音に駆け付けてきた警備兵も、逃げる人々の波に翻弄されて統制が取れず、次々と破壊されていく街並みになす術がなかった。


「やめて下さいエンデヴァルド! あなたが暴走してどうするんですか! 」


 ジールは動かない体を必死に動かして彼に訴えるが、彼には届かず瓦礫と一緒に吹き飛ばされてしまった。以前、ベイスーンで怒り狂った時には、セレスが抑えて事なきを得たが、ジールでは荷が重すぎるのだ。


「あの男だ! この場で抑えるぞ! 」


 次々と町を破壊していく中、通報を受けたメゾット駐留の西方面軍が到着し、重歩兵隊を前衛にエンデヴァルドを取り囲んだ。 号令と共に魔導士隊がフレイムボールを放ち、軽騎兵隊が重歩兵隊の頭の上から矢を放つ。


「うるせぇよ 」


 四方から一斉に浴びせられた矢は、彼が巻きあげた突風に全てさらわれ、フレイムボールはリフレクションによって術者に打ち返されて大通りを燃やした。


「怯むな! 剣士隊、かかれー! 」


 重歩兵の隙間から飛び出した剣士隊は、それぞれの得意魔法を剣に付与してエンデヴァルドに斬りかかる。


「ゴミが! 」


 彼が地を踏むと、槍のように鋭い地面が剣士隊を襲う。 その半数はかろうじて避けたが、ある者は片足を失い、またある者は体を貫かれて血の海を作った。


「ただ物じゃないぞ、この魔族! 」


「魔王だ! 魔王が生きていた! 」


 兵士の間でそんな言葉が飛んだ。 すると取り囲んでいた重歩兵の一人が、大盾を投げ捨てて逃げ出したのだ。


「ひいぃぃ!! 」


「ま、待て! 」


 逃げ出した重歩兵を皮切りに、青ざめた兵士達が次々とその場から後退っていく。


「…… 」


 逃げ出していく兵士達を、エンデヴァルドは感情のない目で見つめる。 ふと彼の目がその中の一人に目が留まった。 後退していく兵士の中から姿を現したのは、額を血で染めたジールだった。


「その女と赤ちゃんを引き渡して下さい、エンデヴァルド 」


 恐怖で体は震えていたが、表情は凛として彼を見据えている。 それはヘレンがジールを部下に引き取った時に見せた、恐怖に打ち勝つために取っていた行動を真似たのだった。


「彼女は私が弔います。 赤ちゃんは私が育てます 」


「…… うるせぇよ 」


 彼が睨みを利かせた途端、衝撃波がジールを襲った。 ジールは堪えきれずに吹き飛ばされて地面を転がったが、すぐに起き上がって彼に近付いていく。


「破壊しか出来ない貴様には任せられません。 彼女と赤ちゃんを渡して下さい 」


 その時、母親の腕の中の赤子が大声で泣き始めた。 死しても尚、赤子を落とさず抱き続ける母親を見るエンデヴァルドの瞳は揺れ動いていたのだった。


「しっかりして下さい腐れ勇者! 貴様がレオンに誓ったのは、無差別に破壊する事ですか!? 」


 血走った目が徐々に白く戻っていく。 目尻の血糊が剥がれ始めたその時、ジールが一歩前に踏み出して母親の亡骸の頭をそっと撫でた。


「怒る気持ちはよく分かります。 でも暴走してはダメです…… ヘレン様やセレスを裏切っちゃダメです! 」


「…… そうだな、助かった 」


 言葉を発した時には、背中の翼もすっかり小さくなって服の中に納まっていた。


「とにかくここを離れましょう。 西方面軍の本体や中央軍に囲まれたら厄介です 」


 ドンと彼の肩に正拳を入れ、ジールは急かすように走り出す。 まだ泣きじゃくる赤子を一目見て、エンデヴァルドは母親の亡骸を抱えたままジールの後を追うのだった。



 

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