7話 麓町アベイルの秘密
次の日の朝早く、エトの村を出発した一行は、セレスの馬車に揺られながらルーツ山脈への街道を進んでいた。
「オレが助けた? 人違いじゃねーのか? 」
「いいえ、僕もレテもこうして生きていられるのは勇者様のおかげです 」
「知らねーよ。 無抵抗の魔族を囲んでボコるなんてことはどこでもあったからな、それをオレが止めたって言うんなら単に気に食わなかっただけだ。 別に助けた訳じゃねぇ 」
グランとレテと向かい合って座るエンデヴァルドはレテの作ったサンドウィッチを口一杯に頬張り、『美味い!』と満面の笑みを見せる。
「てっきり、ふんぞり返って『敬え!』なんて言うかと思ったら意外ですね…… ちょっとだけ見直しました 」
御者台のセレスの横に座るマリアは、肩越しにチラッとエンデヴァルド達の様子を伺う。 昨日散々悪態をついていたエンデヴァルドだったが、朝までぐっすり眠って気分がいいのか、魔族のグランとレテがお供したいと言っても反対はしなかった。
「あなた、エバ様を勘違いしてるんじゃないかしら? 頭悪くて世間知らずで口が悪くて短気で態度デカくてめんどくさがりでワガママだけど…… 」
「救いようないじゃないですか 」
「でも、弱い者いじめは絶対にしないし、見過ごしておけない。 人間族であろうが魔族であろうが、男だろうが女だろうが、関係なく弱き者を助ける、そんな男よ 」
「ん? なんか言ったか? 」
『なんでもないわ』と振り向いて微笑むセレスに、エンデヴァルドは頬にパンくずが付いた顔で眉をひそめる。
「…… 惚れてるんですか? 」
「そうねぇ、頭悪くて世間知らずで口が悪くて短気で態度デカくてめんどくさがりでワガママじゃなければね 」
「あぁあ!? 」
そんな賑やかな旅が数日続き、到着したのはアベイルというルーツ山脈の麓の町だった。 今でこそ人間族だけが住む町になっているが、飴玉事件以前は人間族と魔族が共存するモデルタウンとして栄えた町だ。 この町を越えれば、森を抜けてルーツ山脈を越える峠道に入る。 峠道の途中にもベースキャンプのような休憩施設がいくつかあったが、人々はこの町で装備を整えて山越えに備えるのが常だった。
「あれの前までは賑やかだったのに…… 」
セレスは閑散とした街並みを見てボソッとつぶやく。
「今ではこちらからも向こうからも山越えをしようとする者もいませんからね。 それでも商人なんかは山越えをしているようですが、事前に準備を済ませてこの町にやってきますから自然と廃れていってしまうんです 」
そう説明したのはグランだった。 彼も依頼があれば山越えをする。 依頼の大半はルーツ山脈を越えたドミトール鉱山で産出されるレンゼナイトという鉱石で、鉄より軽く加工がしやすい特徴を持つ。 そのままでは耐久性が悪いが、この鉱石は魔力を封入できることから巷では需要が多かった。
「今日はここで一泊しましょう。 翌朝出発すれば、夕方には二合目の宿泊施設まで行けますから 」
グランとレテは馬車から降りて、慣れたように宿屋へと向かった。 セレスもその後に馬車を進ませて宿屋の前に停車させる。
「…… あれ、何でしょうか 」
マリアはルーツ山脈へ続く町の出口に目を向けていた。 間もなく日暮れだというのに、その近辺だけが明るくなっている。
「…… 関わらない方がいいです、面倒なことになりかねませんから 」
宿屋で手続きを済ませて戻ってきたレテが呟いた。 そのまま馬車の荷物を何個かまとめて抱え、その明かりから逃げるように宿屋へ入っていった。
「蟲を近づけないよう火を焚いているのでしょう。 ここには魔族がいませんからね、あれが効果的だと思っているようです 」
代わりに入れ替わりで戻ってきたグランがマリアに説明した。
「火を焚くだけでなぜ関わらない方がいいのですか? 」
「…… 変ですね。 いつもなら昼間に行うはずなんですが…… まあ、知らない方がいいこともありま…… 」
「なんで隠す? 言え 」
荷物を抱えようとしたグランの頭を鷲掴みにし、エンデヴァルドは出口の明かりに目を向けながら馬車から降りてきた。
「ゆ、勇者様? 」
「馬車を引く馬の蹄の音が聞こえた。 2頭立ての馬車の音だ。 かなり重たい荷物だ。 わざわざ蟲避けまでしてこんな時間から何を運ぶ? 」
ここ数日のだらけたエンデヴァルドとは違う雰囲気に、グランは目を見開いて見上げる。 その表情は自分達の命を救ってくれたあの日と同じものだった。
「だ、ダメです勇者様! この町のやることに手を出しちゃダメなんです! 」
「関わるなってことはヤバめの事をやってるってことだろが! 言え! 言わないなら自分で聞きに行くだけだが! 」
エンデヴァルドの怒鳴り声は宿屋のカウンターや周りの民家にも届いていた。 あちこちから何事かと町の人間族達がエンデヴァルドに注目する。 グランは迷ったが、エンデヴァルドの気迫に負けてゆっくりと口を開いた。
「…… 罪を犯した魔族を牢に入れて山中に連れて行くんです 」
「あぁ? なんでそんなことする? 」
「蟲避けの餌にするらしいです。 ここでは蟲は山から湧いてきます。 山中の要所に牢ごと置き去りにし、生きている間はその気配で蟲を散らし、死ねば文字通り餌にするそうです 」
その言葉に、エンデヴァルドの眉間に大きなしわが寄っていく。
「首謀者は誰だ? ここの町老か? 」
「助けようとは思わないで下さい! ここはそうやって蟲から町を守るしかないんです! 」
「…… 先に宿に入ってろ 」
エンデヴァルドは鬼のような形相でグランを睨み、1人その灯りに向かって歩きだした。 グランとレテはエンデヴァルドのただならぬ気迫に押されて止めることが出来ない。
「勇者様…… 」
ボソッと呟き、ただ立ち尽くすグランの肩をマリアはポンと叩いた。
「めんどくさいですが、勇者サマは私が必ず連れて帰ります。 セレス、二人をお願いします 」
マリアはセレスにペコッと頭を下げると、返事を待たずにエンデヴァルドの後を追った。 残されたセレスはやれやれとため息をつく。
「さ、中に入りましょ。 私、お腹空いちゃったわ 」
セレスはガラガラとスーツケースのような荷物を転がし、レテの背中を押して宿屋に入っていく。
「でも! セレスさん! 」
「放って置いていいわよ、どうせ止めたって聞きやしないもの。 大人しく帰りを待ちましょ 」
セレスは宿屋の玄関口でグランにウインクをして、何事もなかったかのように宿屋に入っていった。