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78話 放ってはおけない

「そうか…… お前なら知っているかもと聞いたのだが 」


「ダークエルフだからって何でも知っているわけではないわ。 ダークエルフの研究機関があるのなら、そちらの方が詳しいんがないかしら? 」


 ワインボトルを一本空け、パイプを吹かすセレスは面白くなさそうに煙を宙に吐き出す。


「事情が事情故、リヒートやその関係者に探りを入れているのがバレるのは避けたい。 なんとしてもレティシアを救い出し、シュテーリアの苦しみを開放してやりたい 」


 ふとルイスベルが鼻をヒクヒクさせてセレスのパイプを見た。


「…… キアナの葉か? 」


「博識ね。 『エナジードレイン』を抑える薬として欠かせないのよ 」


 宙に煙の輪を作って遊んでいるセレスを、彼はじっと見つめる。


「キアナは毒性が強く、幻覚を見たり自我を失う麻薬だと聞く。 平気なのか? 」


「さあ。 もう何十年もこれを使っているから分からないわ。 でも体に影響が出たとしても、誰かの命を吸い取ってまで生き永らえるのはもう沢山…… 」


「エナジードレインか…… やはり、2年前のエレンでのビュゼル殺害事件はお前達だったのだな。 血の海に対してどう考えても死体が足りなかったうえに、ビュゼルは骨と皮だけになって真っ二つの不自然な現場だった 」


「そう…… 私の体はあの男の命も吸ってしまったの…… 」


 悲しそうな眼を空に向けるセレスに、ルイスベルは掛ける言葉が見つからなかった。


「セレス様ー! お迎えにあがりましたー! 」


 甲高いその声に、二人は記念塔の下を覗く。 そこには3人組のコボルトやオークの子供が、大量の薪を背中に背負って見上げていた。


「子供? …… ああ、この灯を絶やさないようにしているのか 」


「ええ。 素直で優しい子達よ。 間違っても傷つけたりしないで 」


 『分かっている』とルイスベルは苦笑いになる。


「少しは体が温まったかしら? 良ければリュウ様の館に案内するわ 」


「いや、俺はここで失礼させてもらおう。 この地に俺が居座れば、皆も気が休まるまい 」


「フフ…… そんな気の小さい魔族(ひと) 達ではないわ 」


 セレスはルイスベルの返事を待たずに螺旋階段を下りていく。 階段を降りた先でキャッキャとはしゃぐ子供達とセレスを見て、ルイスベルは複雑な心境になっていた。


「彼女をダークエルフと知ってか知らずか…… いや、知らぬ筈がないな。 それでもなお屈託のない笑顔とは…… 興味深いな 」


 火の番を子供達に任せ、冬空の中を戻っていくセレスの背中を、ルイスベルは『やれやれ』と追いかけるのだった。





 ぶつくさと文句を垂れながらもメゾットに到着したエンデヴァルドとジールは、真っ直ぐセレスの働いていた遊廓へと足を運んだ。 入り口をくぐった彼に、遊廓の女将のナーサが出迎える。


「おや坊や、アンタにはここはまだ早いのよ? 」


「うるせぇナーサ! オレだ、エンデヴァルドだ 」


 キョトンとするナーサは、突然ケラケラと笑い出してエンデヴァルドの頭をパシパシと叩き始めた。


「あの厄介者に憧れるのは止めておきなさいな。 彼の名前を出せばおいた(・・・)が出来ると思ったら大間違いよ? 」


 『ぐう』と恨めしそうにナーサを睨むエンデヴァルドに、ジールが呆れた顔で呟く。


「そもそも、事情も知らないのに信じろという方が無理なんです。 事情を知ったとしても、一般人が納得するのは無理な話です 」


「ああめんどくせぇ…… おいナーサ、エレンまで送ってくれ。 代金はこいつで払う! 」


 エンデヴァルドはポケットから紋章の刻まれた金のプレートを見せつけた。 勇者一族にしか発行されない特別なプレートで、エンデヴァルドの身分証明書のような物だったが、ナーサは『フン』と鼻で一蹴する。


「どこで拾ったのか知らないけど、そんなものはもう役に立たないんだよ。 彼には反逆の罪に問われてるからねぇ、兵士に問い詰められる前に捨ててしまいな! 」


 横柄な態度のエンデヴァルドに、ナーサもどんどん不機嫌になってくる。 なんとかエレンまでの足を確保しようとここに来たのだが、旗色が悪いと感じたジールは彼の襟首を捕まえて店の外に引っ張り出した。


「諦めましょう。 ここからエレンなら、歩けば2日もあれば辿り着けます 」


「ああ!? 飲まず食わずで2日も歩けってのか!? 」


「食料はその場その場で調達すればいいでしょう? いつまで勇者気取りなんですか貴様は! 」


「調達って、金もねぇのにどうやって調達するんだよ! 」


「野生動物や果物で補えばいいでしょう! 贅沢な暮らししかしたことがないからそういう発想が出てこないんです! 」


 プルプルと肩を震わせるエンデヴァルドは、フンと鼻を鳴らして路地を歩き始めた。 ジールはため息をついてフードを被り直し、その後に続く。


「ちょっと言われたくらいで拗ねて…… 見た目通りの子供ですか 」


「ったく…… 小言といい文句といい、まるでロリメイド魔導士がもう一匹いるみたいだぜ 」


 呟くほどの小さな声だったが、音を聞き分ける能力に長けているジールの耳にはしっかりと届いていた。


「聞き捨てなりませんね。 あの女と一緒などと…… 撤回して下さい 」


「うるせぇ! お前はツンツンの貧乳魔導士と似てんだって言ってんだよ! 」


「冗談じゃないです! あんなにひねくれて信用ならないエロ女と一緒に…… 」


 顔を真っ赤にして怒鳴ったジールの耳がピクピクっと動く。


「…… なんだ? 」


「馬車の音…… 急いでいるようですが 」


 エンデヴァルドの耳にはその音を聞き分けることが出来なかったが、ジールが目線を向ける先に彼も目を細める。


「…… 血の匂いもします。 何かあったようですね 」


 そう言ってジールはフードを深く被り、エンデヴァルドの前を通過しようとした時だった。 エンデヴァルドはガッとジールの肩を掴み、無理矢理振り向かせて襟首を引き寄せる。


「案内しろ 」


「何をする気です? 」


「決まってる。 血の匂いに走り去ろうとする馬車、ろくでもねぇ事が起こってるのは間違いねぇんだ 」


 急に凄んでくるエンデヴァルドに、ジールは臆することなく反論する。

 

「まさかその場に駆け付けて目立つ行動をするつもりですか? 今貴様が目立つ事をするのがどういうことなのか分かっていますか? 」


「関係ねぇ! 目の前に救える命があるかもしれねぇのに、それを見て見ぬふりなんて出来ねぇんだよ! 」


 血走った彼の目をじっと見つめていたジールは、掴まれた襟首を振りほどいて背中を見せた。


「貴様はこれからの一大事の要です。 私が様子を見に行ってきます 」


 ジールは空を見上げ、民家の屋根に飛ぼうとした瞬間、エンデヴァルドがフードマントの裾を掴まえて阻止した。


「ぐえっ! 何をするんですか!! 」


「あっちだな? 一人で行こうとすんじゃねぇ! 」


 エンデヴァルドは尻もちをついたジールを残して走り出す。


「右ですよ右! 大通りの方です! 」


 返事をする間もなく、エンデヴァルドは直角に曲がって民家の影に消えていく。


「なんなんですかあの腐れ勇者は…… 」


 お尻の埃を払い、ジールは改めて民家の屋根に飛ぶ。 屋根の上からエンデヴァルドを誘導し、周囲の状況を確認していると、カーラーン方面へ走り去る一台の馬車を見つけた。


「どっちだ!? 」


「左に抜けた先です! 」


 ジールの指示通りに、エンデヴァルドは左に進路を変えて路地裏を抜けた。 そこには人だかりが出来ていて、道路の中央を大きく開けている。 その中心からは赤子の泣き叫ぶ声…… エンデヴァルドがその人混みをかき分けていくと、キツネのようなふさふさの尻尾を持った魔族の女性が頭から血を流して倒れていたのだった。


「おい! しっかりしろ! 」


 エンデヴァルドはその女性を抱き上げ、必死に声を掛ける。


「回復魔法だ! 誰か回復魔法を使える奴はいねぇのか!? 」


 突然飛び出して魔族の女性を抱きかかえる子供の姿に、野次馬達はどよめく。 が、誰一人としてその側に駆け寄ろうとする者はいなかったのだった。


  

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