77話 留結晶
レテはエルから『留結晶』の説明を聞くと、即座にグランを叩き起こしに行った。 エルに群がる兵士達の騒ぎに気付いたヘレンがその話を聞き、リュウに伝えに行く。
「あれ? セレスさんは? 」
「朝早くにレクスを連れてモニュメントへ向かいましたよ 」
大広間に集まった皆を見渡してリュウが誰ともなく尋ねると、暖炉の火起こしを終えたブルムが答えた。
「それにしてもエルさん、よくこの記事を見つけましたね! 凄いです! 」
エルは顔を赤らめながら、しおりを挟んだページを開いてリュウに差し出す。 それを受け取って静かに目を通し、皆に聞こえるように読み始めた。
「留結晶は術者の記憶、精神など、魂ともいえるものを吸い上げて結晶の中に閉じ込めるものである。 閉じ込められた精神は、結晶中心部の核を破壊すれば最も近い者に吸収されることになるが、一つの肉体に二つの精神が共存できた例は確認できていない…… 」
「手動の『アンリミテッドムーブ』というわけですな! 」
一番はしゃいでいたのはオッタルだった。 もうエンデヴァルドの姿のリュウを間違えることはなかったが、やはり子供の姿のリュウが愛おしくてしかたがないのだ。
「オッタル、ここ…… 読めますか? 」
リュウが指を差した文章は、文字化けしたような記号が羅列されていた。
「ふむ…… 結晶の製造法が書かれているようですが、どうやら呪が施されているようですな」
「そんな!? 」
魔王になら解読できると思っていたエルはがっくりと肩を落とした。
「大丈夫ですよ。 オッタルとあなたなら、きっとこの呪を解除できます! 僕も協力しますから 」
にっこり笑うリュウにエルは頬を赤くして見上げていた。 ひとつ頷いたリュウはそのページにしおりを挟み、パタンと本を閉じてじっとその表紙を見つめる。
「どうされたのじゃ? 」
「いえ! お腹が空きました! 朝食にしましょうか 」
ドッと兵士達から笑いが飛ぶ中、リュウはエルに本を返す時に耳打ちした。
「呪を解除して製造法を知っても、皆には秘密にして僕に知らせて下さい 」
「え? 」
「嫌な予感がします…… 話は後ほどゆっくりしましょう 」
朝食の準備に向かう兵士達を笑顔で見送るリュウから、少し緊張した雰囲気が漏れていたのをエルは敏感に感じ取っていたのだった。
オークのレクスをお供に記念塔を訪れていたセレスは、灯の番をしていたベアウルフの兵士と交代して火を見つめていた。
「寒くありませんか? 火の番なら我々がやりますのに 」
「エバ様も出かけちゃったし、今くらい私にやらせて。 ちょっと付き合わない? 」
雪がちらつき始めた空を見上げながら、セレスは持ってきたバッグからワインとグラスを取り出してレクスにも勧める。
「…… はぁ 」
しどろもどろしながらレクスはその大きな体を丸めて、火を前にセレスと肩を並べて座ってグラスを受け取った。 レクスには小さいグラスに並々とワインを注いだセレスは、自分のグラスに口をつけてレクスに寄りかかる。 突然寄りかかってきたセレスの行動と、グラスに付いた口紅にドキッとしながら、レクスは一気にグラスを開けたのだった。
「…… 私に国王なんて務まるかしら…… 」
「無論であります! セレス様以外、適任なんて…… 」
カチコチになったレクスを、セレスは目を閉じてクスクス笑う。
「緊張なんてしないで。 肩っ苦しいものなんていらないから、あなたの本音が聞きたいの 」
「…… 正直、国王なんてクソったれがなるものだと思っております。 我々ユグリアの魔族の王は、やはりリゲル様であり、リュウ坊ちゃんです 」
『そうよね』と、セレスはもう一口。 吐息まじりのため息は、湯気を伴って空に消えていく。
「極端な話、人間族の世界などどうでもいい…… ですが、我らが王であるリュウ坊ちゃんがあなたに協力するといった以上、我々はあなたを支持します。 これは自分だけの意見ではありません、皆がそう考えていると思ってください 」
キョトンとするセレスに、レクスは少し鼻息を荒くして出来る限りの凛々しい顔をしてみせた。 とはいえ、カッコいいとは程遠いぎこちない笑顔だ。
「自分はこのユグリアを出たことがありません。 閉塞されたこの地でも良い所だとは思っていますが、外の世界を知ってこの地が更に豊かになれば…… 皆が豊かになればと思っています。 贅沢でしょうか? 」
「いいえ。 必ず導くわ…… 魔族も人間族も、また手を取り合って暮らしていけるように。 ありがとう 」
セレスはグラスを差し出し、それにレクスはカチンとグラスを合わせる。 いい雰囲気になりかけたその時、レクスが記念塔に近づいてくる気配に気付いて目線を向けた。
「? 」
「人間族の気配がします。 二人…… 裏手の山から近付いてきているようです 」
腰に据えていた斧に手を掛けるレクスの様子に、セレスにも緊張感が走る。 やがて林の中から姿を現したのは、鼻水を垂らしたルイスベルと、マントにくるまって青い顔をしたマリアだった。
「なっ!? マリア? 」
記念塔の上からセレスが身を乗り出して叫ぶ。
「北方面軍の隊長さんまで…… どうしてルーツ山から出て来るの!? 」
「張り切り過ぎた耄碌ジジイに飛ばされたんですよ。 ユグリア付近ですけど、ルーツ山山頂は狙い外れもいいところです 」
見上げて話すマリアだったが、セレスの顔を見て安心したのかその場にへたりこんでブルブルと震え始めた。 セレスとレクスはすぐに記念塔を下りてマリアに駆け寄り、自らの厚手のポンチョを肩に掛けて抱きしめた。
「 どうしてこんなに冷えきってるのよ!? あなたなら炎魔法使えるでしょう? 」
「最低限には使ってましたよ。 空気が乾燥してるので、必要以上に使って山火事にする訳にはいかないです 」
震えながらもドヤ顔を向けるマリアに、セレスは呆れたため息をひとつ。 レクスに警戒されながら、ルイスベルはそんなやり取りをするセレスとマリアには近付かず、記念塔を見上げていた。
「モニュメントだったのか…… これのおかげで迷わずに下ってこれた 」
「ええ、リュウ様がこの地の者達と共に平和を願って建てたのよ 」
「そうか…… 俺は早速その想いに救われたらしいな 」
「決め台詞みたいなこと言っているけど、鼻水垂らした魔法剣士はカッコよくないわよ? 」
慌てて鼻水をすするルイスベル。 フワッと微笑んだセレスは、バッグの口をめくってワインボトルを見せた。
「どうかしら? 少しは温まるわ 」
「ありがたい。 いただこう 」
セレスはレクスに、ガタガタ震えるマリアをリュウの館に運ぶよう伝える。 レクスは『危険では?』と心配したが、セレスは『心配ないわ』とあっさり送り出したのだった。
「随分と信用されているのだな? 」
モニュメントの灯にあたりながら、ルイスベルとセレスはワインを開ける。
「こちらが信用しなければ、相手にも信用される筈がない…… 誰かさんの言葉だと思ったけれど? 」
鼻で笑うルイスベルは一気にワインを喉へ流し込む。
「美味い…… リヒートのワインとは比べ物にならんな 」
「この寒さが原料のブドウを美味しくするそうよ。 それに、このワインはリュウ様の為に皆が精魂込めて作っているもの…… 地位向上の糧に作らされている物と比べるのは失礼よ 」
「情勢に詳しいな 」
「まぁ…… 長い間生きているとね、色々と目につくようになるものよ 」
フフッと笑ったセレスは、グラスを煽ってフゥと吐息を漏らす。
「マリアと同行だなんて、妙な組み合わせね。 何かあったの? 」
「ああ。 お前に聞きたい事があってな 」
緊張を隠した顔をしながら首を傾げるセレスに、ルイスベルは『レストリクション』のついて話すのだった。