76話 モニュメント
エンデヴァルドがジールを連れてユグリアを出たその日。 夕方になり日が傾いてきた頃、リュウはグランから記念碑が完成したと連絡を受けて旧魔王城跡に足を運んでいた。 傍らにはお馴染みとなったヘレンが、あくまで『護衛』と言い張って付き添っている。
「皆さん、頑張ってくれたんですね 」
「早かったですね。 一人当たりの労力も器用さも人間族より格段に上で、私も驚きました 」
「そうなんですか? 僕は人間族の方が器用だと思ってましたけど 」
過去においては、人間族の方が生活の知恵も技術も上だったが、両族が共同生活をしていく過程で魔族はその技術を学び、今では職人と呼ばれるものは大半が魔族だった。 魔力を封入する技術は別だが、装飾品や武器防具の加工はほとんど魔族なのだ。
「私の愛剣『シンメイ』も、カーラーン屈指の鍛冶師のフリューゲル殿に打ってもらったものです 」
「ヘレンさんの太刀は見事ですよね! 僕が見てもそう思えるから凄いです! 」
自分を褒められているような気がして、彼女は頬を赤らめる。
「フリューゲルさん、僕のドラゴニクスも打ち直してもらえないでしょうか…… 」
リュウはスッと鞘から長剣を抜いて見せる。
「ああ…… 」
刀身の中央には、先日ルイスベルと打ち合った際にできた焼け焦げた跡と、クレイモアを砕いた時に入った刃こぼれが残っていた。
「どうでしょう? リュウ様なら私は問題ないと思いますが、その者はかなり偏屈者ですから…… 」
今は魔族差別の激しいカーラーンから、南東の鍛冶の街ウェルシーダに移ってしまったが、工房『ガルド』の主フリューゲルは、自分が気に入った者にしか力を貸さない頑固者として有名だった。
「ユグリアの鍛冶さんには打ち直しは無理だと泣かれてしまいましたので…… 父の形見ですから、なんとかならないかと悩んでいました 」
「行きましょうリュウ様! 少人数で目立たないよう向かえば、軍の目にも止まらないかと思います。 私も及ばすながらお供致します! 」
真っ直ぐ見つめるヘレンに、リュウはにこやかに笑った。
「リュウ様! ヘレン様ー! 」
その声に振り向くと、グランが木製の柵に囲われた公園の入口で手を振っていた。 その後ろには作業に携わったオークやゴブリン、オーガやベアウルフ達。
「うわぁ…… 」
公園の中央には、綺麗に磨かれた石造りのモニュメント。 大きさの違う二つの曲がりくねった柱が向き合うように立ち、頂点で大きな球体を支え合うようなデザインに、植物の蔦を模した螺旋階段が設けられていた。
「リュウ様、火を灯して下さい! 」
「火? 」
グランから押し付けられるように松明を握らされ、魔族達に促されて螺旋階段を登る。 球体の中が掘り込まれていて、中心に大きなオイルランプが設置されていた。
リュウがオイルランプに火を灯すと、底面に無数に開けられた穴から光が木洩れ日のように公園を照らす。 その瞬間、その場の全員が大きな拍手と歓声が沸き起こった。
「…… 見事だな…… 」
ヘレンはモニュメントを、口を半開きのまま見上げる。 彼女の横に並んだグランが、少し自慢気にモニュメントについて語り始めた。
「みんなで話し合ったんですよ。 二つの柱が一つの光を支え合い、周りを明るく照らすようなデザインがいいと 」
「頂点の球体は国…… いや、導く光を放つ国王と言うことか? 柱は…… 人間族と魔族の歴史のように見えるな 」
根本は二本の柱一度中間で交わり、再び離れて球体に向かうようにまた交わる。
「さすがヘレン様ですね! この願いがこの国の全ての人に伝われば、僕達も頑張った甲斐があります 」
リュウによって灯された火は、これから先、決して絶やさないとグランは宣言する。
「それじゃ、この火はセレスさんに灯してもらった方が良かったんじゃないですか? 」
リュウが苦笑いすると、『いいえ』とグランは胸を張った。
「同じものを、カーラーン王城にもう一つ立てるんです。 魔族代表のリュウ様の光と、人間族代表のフェアブールト王の光…… 二つ合わさって、初めてモニュメントは完成します! 」
「素晴らしい案だが…… 」
目を細めるヘレンに、リュウが『大丈夫です』と微笑んだ。
「簡単にとは言えませんが、彼にもきっとこの願いは届くと信じています 」
モニュメントを見上げるリュウは、力強く燃えるその火を柔らかな笑顔で見つめるのだった。
翌日の早朝、寒さで目を覚ましたレテは、暖炉に火を入れようと大広間に向かった。 まだ静かな大広間の大きな暖炉の前に、火を起こしているオークが一人。
「んん? 早うございますね、レテ様 」
「おはようございますブルムさん。 その『様』付けと敬語はやめて下さい 」
レテとブルムは顔を見合わせて苦笑いをする。
「今日は少し冷えますね 」
「もう雪が降り始めますからな。 レテ嬢は雪は初めてですかな? 」
「嬢って…… 初めてではないんですが、冬にこの地方を訪れた時の寒さにびっくりしてしまいまして 」
「はっはっ! ルーツ山の向こうとはガラッと気候が違いますからな。 だが『白い悪魔』と言われる雪にも、メリットはあるんですぞ 」
冬は天然の冷蔵施設であり、肉や野菜を長期間保存しておける。 また、この寒暖差がリュウに献上するワインの原料の果実を育てるのだと胸を張った。 話をしながら、自慢の肺活量で一気に暖炉の火を大きくしていくブルム。
「レテ嬢も手伝って貰えますかい? この暖炉の回路は、各部屋や廊下の至る所に繋がってるんでさぁ。 温まるまでは時間がかかりますが、一度温まれば冷えにくくて快適に過ごせますぜ 」
「はい! じゃあ薪をいっぱい運んできますね! 」
レテは笑顔でブルムに答え、防寒のポンチョを取りに部屋に戻って行った。
「あっ! レテ! 」
部屋に入ろうとすると、向かいから辞書のように厚い本を胸に抱えたエルが、寒そうに身を丸めながら走ってくる。 鼻は赤く、目の下にはくっきりとくまが出ていた。
「エル! また書斎に籠ってたんですか? 体調崩して風邪引いちゃ…… 」
「そんなことより! これ見て! 」
エルは忠告を遮って、しおりを挟んだページを開いて見せた。 そこには過去に作られた魔導具の図が書かれてあり、必要な鉱石の名称や植物の名前がズラリと書いてあった。
「これがどうしたの? 」
「留結晶の作り方があったの! やっと見つけたよ! 」
「んん? 」
いまいちピンときていないレテとは反対に、エルの興奮は収まらない。
「これを使えば、勇者様と魔王様を元に戻せるかもしれないんだってば!! 」
「…… えええぇぇ!? 」
二人の叫び声は館内に響き渡り、まだ床に入っていた兵士達が何事かと廊下に飛び出して来たのだった。