74話 報告と協力
ルイスベルは中庭に入る際、アーチの前で一礼して足を踏み入れた。 フェイスガードは脱いで脇に抱え、敵意がない事を示す。
「ご無沙汰しております、宰相殿 」
「ほぉ、この体を前にしても儂だとわかるんじゃな? 」
「貴方の魔力は見間違えることはありません。 エンデヴァルドの件がありますし、見た目で判断するのは愚かなことだと痛感したばかりですから 」
再び頭を下げるルイスベルに、スレンダンは『良い良い』と手を振る。 来客に駆け付けてきたメイドに彼をもてなすよう言いつけたスレンダンは、マリアが引いた椅子に腰を下ろす。
「…… エンデヴァルドの所のダークエルフだな。 なぜここにいる? 」
「この子は儂の大好物じゃ。 手をかけるでないぞ? 」
ルイスベルはしばらくマリアの顔を怪訝そうな顔で見ていたが、マリアがため息を漏らしたタイミングでスレンダンに目線を移した。
「して、今日は何用じゃ? まさか儂の機嫌取りに来たわけではあるまい 」
「はい。 自分では判断がつかぬ故、宰相殿のお考えを賜れればと思いまして 」
「なんじゃ? 先読みの優れたお前さんが儂なんぞに相談などと、それこそ珍しいの 」
顔は動かさず、周りの様子を窺う仕草を見せたルイスベルに、スレンダンはメイド達を中庭から下がらせた。
「この子は良いかの? 」
「ええ。 お気遣いありがとうございます 」
ファーウェルが持ってきた紅茶に躊躇なく口をつけ、真っ直ぐスレンダンを見る。 出された飲み物に警戒することなく口をつけるのは、スレンダンを全面的に信用している証だった。
「『呪いのチョーカー』というのをご存じでしょうか? 」
「呪い? 魔導具のことかの? 」
「道具は道具なのですが、我々とは常軌を逸した力が封入された物です…… 」
ルイスベルは、レティシアの首に取り付けられたチョーカーの事について詳しく話した。 対してスレンダンは聞き流すように頷きもせず、たまにマリアにちょっかいを出しては『真面目に聞いて下さい』と怒られる。
「中央軍第二防衛隊長シュテーリアに助けを求められました。 他の者に口外も出来ず、妹を救いたくても自分は手詰まりだと 」
「お主が話す分には問題ないんじゃな? その呪いは 」
ハッと気付いたルイスベルは、思わず手で口を塞ぐ。
「大丈夫だと思いますよ 」
そう言ったのはマリアだった。 見開いた目で凝視するルイスベルに、マリアは咳払いを一つ。
「その封入された力は、恐らく『レストリクション』だと思います。 術者が死なない限り効力は失われず、術者を殺せば被術者も死にます。 ただ、『レストリクション』は当人同士のみの発動に限られる筈です。 口外出来ないというのはどういう理屈なのかわかりませんが…… 」
「取り戻さんとするシュテーリアを牽制する為の脅しじゃろうて。 見たこともない魔導具には、なかなか手を出せないものじゃ 」
「そうなのですか!? ではシュテーリアは今まで…… 」
立ち上がって憤慨するルイスベルを、スレンダンは『落ち着きなさい』と諌める。
「あくまで想像の範囲じゃ。 根拠がない以上、彼女が口外すれば、本当に『レストリクション』が発動するかもしれん 」
歯を食いしばって怒りを堪えるルイスベル。 彼を冷ややかに見ていたマリアが、『ですが』と口を開いた。
「ダークエルフのスキルを封入するなど…… えげつない事をしてくれますね 」
「そうじゃな。 多分そのチョーカーにはコアとしてダークエルフの死体が使われているんじゃろ。 勇者ランディーグの息子リヒートならやりかねんわい 」
スレンダンの言葉にマリアが顔を歪める。
「勇者ランディーグ…… 生涯ダークエルフのスキル研究に没頭していた変人だったと聞いております。 捕らえたダークエルフのみならず、自らの屋敷で女に身籠らせ、わざわざダークエルフを作っていたという話も。 それを継いだと考えるべきでしょう 」
「ともかくどのように解除するのかは私にはわかりません…… セレスなら何か知っているかもしれませんが 」
『そうか』とルイスベルは腕を組んでテーブルの上のカップを見つめ、思い立ったようにカップの残りを飲み干して立ち上がった。
「どうするつもりじゃ? 」
「セレスに会い、情報を集めて参ります。 愛剣も修理中故、今の自分に出来ることをするまでです 」
『お邪魔しました』と丁寧に頭を下げたルイスベルを、『待ちなさい』とスレンダンが止めた。
「お前さん、尾行られておったようじゃの? 」
「!? 」
スレンダンは林の結界に侵入してきた、微量の魔力を放つ人間族二人の気配を感じ取ったのだ。
「申し訳ありません! すぐに排除してきます! 」
スレンダンは飛び出して行こうとするルイスベルを『良い』と制止し、再び転送魔法を発動させた。
「ユグリアまで飛ばしてやろう。 マリア、向こうでの話はお前がするのじゃ 」
「しかし! 侵入者は自分が呼び込んだ災いです! 自分が…… 」
「良いと言うておるに。 儂の敷地に土足で入り込んだ罪を教えてやらねばならんでの 」
一瞬にして莫大な魔力を体から発したスレンダンに、ルイスベルは背筋に寒気を覚える。
「行きましょう北方面軍隊長殿。 セレスの所まで案内して差し上げます 」
「だが…… 」
「スレンダン様は遊びたいんですよ。 それでなくても、ここのメイド達は戦闘に慣れています、ご心配なく 」
マリアはルイスベルの手を取り、半ば強引に転送魔法の中へと入って行った。
「やれやれ…… 今日は賑やかじゃの。 ファーウェル、ネズミを捕らえてきては貰えぬかの? いささか魔力を使い過ぎてしもうた 」
「御意。 お休みになられなくて大丈夫ですか? 」
「老体には堪えるわい…… お前の膝枕で休めば、疲れなんぞ一発で吹き飛ぶんじゃがのぅ 」
鼻の下を伸ばしてチラッと様子を窺うスレンダン。 ファーウェルがニコッと微笑んでスカートの裾をめくり上げると、色白の柔らかそうな太ももにはシースが巻かれ、何本もの銀のナイフが収められていた。
「もったいないのう…… 物騒なものは身に着けるなと言うとろうに 」
「最低限の装備ですのよ? 切り刻まれたいのなら喜んで膝をお貸ししますが 」
スレンダンが弱々しく手を振ると、ファーウェルはお腹の前で手を揃えて一礼した後、日課業務に向かうかのようにゆっくりと中庭を出ていった。
「さて…… リヒートの小僧はどうしてくれようかの 」
困った素振りを見せるスレンダンだったが、その口元はあきらかに吊り上がり、ただでは済まさぬという意味が見えていた。