73話 マリアの気持ち
エンデヴァルドがスレンダンと対談している間、マリアとジールは中庭でメイド達からのもてなしを受けていた。 ジールはファーウェルからティーカップを受け取りはしたが、手元を見つめたまま一向に口をつけてはいない。
「どうしたんです? ファーウェル姉様のハーブティーはとても美味しいですよ? 」
「…… 結局、私達強襲部隊が全滅したのも計画のうちだったんですね 」
マリアが今までの経緯をファーウェルに説明していたのを聞いたジールは、一度も口をつけていないカップを置いておもむろに席を立った。
「どちらへ? 」
「貴様の顔を見ていたくはありません。 外で待っていると腐れ勇者に伝えて下さい 」
そう言ってジールは出入口のアーチをくぐり、元来た林の道を戻って行った。
「…… 嫌われてるのね? 」
マリアの横に立ってトレイを胸に抱えていたファーウェルが、ジールの背中を見つめながらマリアに話しかける。
「馴れ合うつもりはありません。 それに私は元々嫌われ者…… ここにいた時からそうだったじゃないですか 」
「あなたが嫌われていたのは、ご主人様が贔屓し過ぎたからよ。 あなたがダークエルフだと知っているのはスレンダン様と私だけ。 それはあなたが出て行った後も変わっていないわ 」
マリアはファーウェルから目を逸らし、手元のカップを見つめる。
「…… まあ嫌われ者で一向に構わないんですが。 勇者サマはスレンダン様のところですか? 」
「そうみたい 」
「…… どうして私は連れて行ってくれないんでしょう…… 」
カップを寂しそうに見つめるマリアに、ファーウェルは彼女の後ろから両肩に手を置いて慰めるようにさすった。
「スレンダン様にだって、誰にも見せたくない姿があるんじゃないかしら。 私だってしばらくご主人様のお顔を拝見していないし 」
「勇者サマはいいんですね。 なんだかイライラします 」
やれやれと軽くため息をつくファーウェルは、マリアのとんがり帽子をスッと取って髪を梳き始める。
「なんですか? 唐突に 」
「誰かに梳いてもらうのも久々でしょ? 私の日課だったのだから付き合いなさいな 」
マリアは口を尖らせていたが、抵抗することなく彼女に身を任せていた。
「エンデヴァルドが大事なのね。 彼に惚れちゃったのかしら? 」
「…… やめて下さい。 誰があんな頭悪くて世間知らずで口が悪くて短気で態度デカくてめんどくさがりでワガママな…… 」
大人しく髪を梳かされながら文句を言いまくるマリアに、ファーウェルはクスクス笑いながら続ける。
「まぁいいわ。 それよりあなたはどうするの? ご主人様は勇者一族をこの機に滅ぼすつもりだけど。 エンデヴァルドも例外ではないでしょう? 」
「…… 」
どうするべきか…… 答えは出さなければと考えていたマリアだったが、ファーウェルの問いには答えることなく黙ってしまう。 ブラシと銀色の髪が擦れる音だけが中庭に響く中、口を開いたのはファーウェルだった。
「難しく考えることはないんじゃない? あなたはどうしたいのか…… 他人など気にせず、あなたは彼を思っているのか、ただそれだけでいいと思うわ 」
「きっと…… 殺しても死なないでしょうね、あの腐れ勇者サマは。 殺そうとする方がバカバカしくなりそうです 」
「誰が腐れ勇者だ! 」
オートマターに連れられて戻ってきたエンデヴァルドが即座に食い付く。 マリアは振り向きもせず、その声にクスッと笑顔になった。
「んあ? ケモミミメイドはどこ行った? 」
「私の顔など見たくないと、表に出ていきましたよ 」
「なんだ? ケンカでもしたのか? 」
マリアは『別に』と素っ気なく答え、綺麗に整えられた頭にとんがり帽子を被る。
「お話は済みましたか? 済んだのならさっさと飛ばして貰ってください。 スレンダン様はお忙しいんですから 」
「メゾットの東の丘じゃったな。 なぜそんな所にいく? 」
「野暮用だ 」
そう短く答えたエンデヴァルドの目線は、レオンが眠っている丘の方向に向けられていた。 二号機はその様子を見て初号機と向かい合わせになる。 ファーウェルはいつの間にか姿がなく、エンデヴァルド達が戻ってきてすぐ、ジールを呼びに向かったのだった。
「全盛期の頃のような魔力はないからの、寸分狂わずとは言えんぞ? 」
「賢者スレンダンが情けない事を言うな。 アイテールの大樹の横だ 」
ニヤリとするエンデヴァルドに、2体は鼻で笑ってお互いに手を突き合わせる。 やがて向かい合わせた手のひらの間の空間が、湯気にさらされたようにぼやけ始めた。 その中心にはこの中庭とは明らかに違う、真っ白な花を一杯に蓄えた大樹が透き通って見えてきた。 と、そこにファーウェルを先頭にジールが戻ってくる。
「ほれ、行ってこい 」
「悪ぃな、じーさん 」
エンデヴァルドはジールにひとつ頷いて、転移魔法に入るように促す。
「これが賢者様しか使えないという転移魔法…… ですか 」
初めて見る異界への門のような転移魔法に、ジールは目を見開いて二の足を踏んでいた。
「早く行け 」
乱暴に背中を押され、ジールは揺らめく景色の中へと消えていく。 その後を追うようにエンデヴァルドが一歩踏み出そうとしたその時、マリアが背中合わせに身を寄せてきたのだった。
「…… なんの真似だ? 」
「変態ロリ勇者サマへの餞別です。 向こうからの帰り際、あわよくば野垂れ死んでしまうかもしれませんから 」
「んだと!? 」
フンと鼻を鳴らして怒る彼だったが、背中を合わせたまま振り払おうとはしなかった。
「…… 無事に帰ってきて下さい 」
「…… すぐ戻る 」
そう言い残して、エンデヴァルドは転移魔法の中に消えていった。
「ええのう、若いモンは! 」
二人を見送った後、2体のオートマターは声を揃えて『ホッホッ』と笑う。
「そっ! そんなんじゃありません! あの勇者サマがいなければこの国も変えられないでしょう! 」
「お前にとって、あの男は良い存在か? 」
茶化す一方、マリアを見るスレンダンの目は暖かい。 不意っと目を逸らしたマリアは、少し頬を染めながらブツブツと呟く。
「私が死にかけた時、彼は本気で心配してくれました。 あれはズルいです…… 」
「やっと巡り合えたの。 じゃがあやつは人間族…… お前の半分の寿命すらないぞ? リゲルとは…… 」
そこでスレンダンの話が途切れた。 林の結界に侵入者を感知したのだ。
「どうやらお客さんのようじゃな。 これまた珍しい…… 」
2体のオートマターは揃って林の門の方向を見る。 ややしばらくして姿を現したのは、帯刀していないルイスベルだった。