72話 元宰相との対談
2体のオートマターに挟まれるようにしてエンデヴァルドが案内されたのは、屋敷の地下への階段だった。 魔力封入式の松明が点々と光を灯す、石の階段をやや暫く下り、迷路のような通路を右へ左へと進む。
やがて見えてきた木製の扉には、中央にレンゼクリスタルが嵌められていた。 二号機はレンゼクリスタルに手をかざし、ロックを解除して中に進む。 その中は転移装置になっていて、転移した先は緑豊かな庭園だった。
「どこだここは…… 」
空を見上げると、ドーム状にガラスが張り巡らされている。 温室のような部屋の中央には、6つの巨大なレンゼクリスタルに見守られるように、キングサイズよりも大きなベッドで白髪のシワだらけの老人が眠っていたのだった。
「スレンダン…… 」
エンデヴァルドがスレンダンを見たのは約3年前の事。 両手を胸の上で組み、死んだように眠るミイラの一歩手前のような彼に、エンデヴァルドは目を細めることしか出来なかった。
「これが今の儂じゃ。 ファーウェルしかこの部屋の事は知らん 」
「随分と厳重なセキュリティだな。 マリアも知らないのか? 」
「あの子には見せれんよ。 この姿を知れば、儂の為にアンリミテッドムーヴを使いかねんでの 」
いつ死んでもおかしくない体は、6つのレンゼクリスタルから魔力を吸収させて生かしてあると彼は説明した。
「たった3年でここまで老いぼれたか? 」
「『ディクライン・ゲート』じゃ。 情けないことに、ヴェクスターの術中に、まんまとはまってしまったわい 」
「なんだ? その『ディクライン・ゲート』ってのは? 」
ディクライン・ゲートとは、対象者の生気を肉体から自然へと放出するエナジードレインの応用魔法である。 フェアブールトの息子であり、直属の護衛隊長であるヴェクスターは、ダークエルフのスキルを研究していたのだった。
「ダークエルフの研究に反対していた儂が邪魔だったのじゃろう。 よもやエナジードレインの応用魔法を完成させているとは思わなくての…… 私兵の宮廷魔導士を媒体にして儂に術をかけおったのじゃ 」
笑い飛ばすスレンダンだったが、エナジードレインの威力をその身で経験しているエンデヴァルドには笑えなかった。
「勇者一族を滅ぼせと言ったのは復讐の為か? 」
「見くびるでない。 儂とて元宰相であり、賢者と言われた人間族じゃぞ? 私怨で国を傾けよう等とは思わん 」
「じゃあなんだ? まさか親友の為に魔族を救おうってのか? 」
「それの方が近いかの…… あの男は優し過ぎたのじゃ。 時には弱者を切り捨てる勇気を持たねば、多くの者が犠牲になる。 魔王として上に立つべき男ではなかった 」
二号機はレンゼクリスタルのひとつに手を当て、遠くを見るように宙に目線を向ける。 すると何もない空中に、嬉しそうに笑う若かりし頃のリゲルの姿がホログラムのように投影されたのだ。
「儂の記憶の中のリゲルじゃ。 ちょうど孫が生まれたばかりの頃かの…… なんとも言えん良い笑顔じゃろ? 」
「…… 」
恐らく腕にリュウを抱いているのだろう。 困った眉で、今にも泣きそうで、でも喜びを全面に押し出した祖父の顔だ。 エンデヴァルドは投影が消えるまで、じっとその笑顔を見つめていた。
「リゲルはずっと両族の平和を見守っとった。 飴玉事件の時も、床に伏せっていた自分を悔いておった。 儂も力を貸してやりたがったが、この体を維持するのに手一杯での…… 」
「要はオレにこのシルヴェスタをぶっ壊せって言うんだろ? 回りくどい事しやがって! いいぜ、やってやるよ! 」
「儂は一言も国をぶっ壊せなんぞ言っとらんがのぉ 」
満足そうな笑みを浮かべる二号機に、エンデヴァルドはプルプルと肩を震わせて睨みつけた。
「まぁいい。 どうせフェアブールトは国王の座から引きずり下ろすつもりだったからな 」
「…… なんじゃと? 」
「セレスを国王に据える。 ダークエルフの国王なら、どっちの種族も文句ねぇだろ? 」
しばらくエンデヴァルドの顔を見つめていた二号機と初号機が、堰を切ったように笑い出した。
「面白いとは思うが、国民は文句大ありじゃぞ? 」
「関係ねぇ。 どっちかの種族が治めようとするから、どっちもおかしくなるんだよ! マリアがお気に入りなら、お前も手伝えってんだ! 」
怒鳴りつけるエンデヴァルドに、2体はフッと鼻で笑った。
「何がおかしい! 」
「お前さんは一匹狼だと思っとったが…… 珍しく他の者を頼るんじゃの? 何か心境の変化でもあったか? 」
「…… 失敗は許されねぇ。 力で服従や強要させるならオレ一人で暴れて、オレ一人悪者になればいい。 だが国家となると違うだろ? オレらが勝手にダークエルフをトップに置いた時、どうすればいいのか正直わからねぇ。 国政をやったことのあるお前を頼るのが筋だろう…… そう思っただけだ 」
「ほぉ…… 少しは大人になったかエバ坊主 」
「その呼び方はやめろ 」
睨みを利かせるエンデヴァルドを、2体は子供を見るような目で優しく見つめていた。 幼き頃のエンデヴァルドの面倒をみていたのは他でもないスレンダンであり、各地で弱き者の為に暴れまわっていた彼を黙認していたのもまたスレンダンだった。 セレスが『エバ様』というあだ名も、スレンダンが『エバ坊主』と呼んでいたのを聞いたことから来ている。
「よかろう、この屋敷を拠点に構えるが良い。 後はお前さんらが好きにやるのじゃな 」
「あ!? 手伝うんじゃねぇのかよ? 」
「残念じゃが、儂の魔力はこの結界の林しか及ばんでの…… この場から離れることは出来ぬ。 じゃが隠居の身ではあるが、儂が生きている限り各地の貴族には顔がきくじゃろうて。 好きにせい 」
何か裏があると踏んだエンデヴァルドは、二号機に怪訝な表情を向ける。
「大盤振る舞いだな? 何を狙っている? 」
「お前さんを含む勇者一族を滅ぼせれば、儂は文句ないからの 」
エンデヴァルドの睨みをサラリと流し、二号機は明後日の方向を見ながら『ホッホッ』と転送台に向かって歩いていった。
「オレも含む…… かよ。 冗談じゃねぇな 」
転送台の起動には魔力が必要だ。 魔力を持たないエンデヴァルドは、置いていかれまいとオートマター2機の背中を追いかけるのだった。