62話 黒龍の審判
砦門の半分は一瞬にして瓦礫と化し、外で待機していた北方面軍の一部もろともルイスベルを吹き飛ばしたリュウは、静かにドラゴニクスを鞘に納める。
「おい…… なんだあの無茶苦茶な技は…… 」
ド肝を抜かれていたのはエンデヴァルドだった。 唖然としている彼の肩にマリアは手を置き、自慢するように説明を始める。
「リゲル様のとっておきです。 小柄なリュウ様が使えるようになるにはまだまだと思っていましたが、勇者サマの体を手に入れたおかげで使えるようになったんですね。 グッジョブです 」
「オレの体? 」
「ええ。 ドラゴニクスを振れる腕力と、それを補う剣技と、誰かを守ろうとする強い心…… 私を救ってくれた時、リゲル様はそう仰っていました。 爆炎までは予想外でしたが…… リフレクションの追い打ちですかね 」
冷や汗を流すエンデヴァルドを支えるように、セレスもまた彼の肩に手を添える。
「彼が強くなったのはあなたあっての事でしょう? 大丈夫…… 彼は力の使い方を間違ったりしないわ 」
「そうじゃねぇ…… オレと一戦やった時、あの力を使えばオレくらい簡単に倒せた筈だ。 なんでそうしなかった…… 」
「単純に、使えると思ってなかったのではないですか? 」
あっけらかんと言うマリアに、エンデヴァルドは面食らって口をポカンと開けていた。
「ぐ…… 」
瓦礫の中から這い出てきたルイスベルは、残ったクレイモアの柄を握りしめたままリュウに戦闘態勢を取る。
「入れ替わった相手が魔王だとは…… やはり腐れ勇者は侮れん! 」
「この技、ご存知だったのですね? 」
再び『黒龍の審判』の構えに入るリュウに、ルイスベルは刀身のなくなったクレイモアを構えて彼を見据えた。
「『一振りで天は荒れ、地は怒り、全てを薙ぎ払った』…… 過去の記録でしか知らないが、これのことだろう? その剣の名称でピンときた 」
「そうですか。 僕の全力、伝わったでしょうか? 」
「全力? フッ…… 一撃必殺の技であるにも関わらず、俺を殺し損ねて何を言っている! 手抜きしておいて剣で語るなど片腹痛いわ! 」
ルイスベルが全身に炎を纏い、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。 その勢いのまま、折れたクレイモアでリュウに飛び込んでいく。 ルイスベルは失われた刀身を炎で補い、一回り大きくなったクレイモアをリュウの額目掛けて振り下ろした。
バチィ!
炎の刀身がリュウの額に触れた瞬間、刀身はリュウを拒絶するように弾かれてルイスベルの額目掛けて飛んでいく。
「なっ!? 」
リュウは目にも留まらぬ速さで鞘のままのドラゴニクスを一閃し、彼の横腹を打って地面に叩き伏せたのだった。 炎の刀身はルイスベルの額をかすめて床をえぐる。
「手抜きなどしていません。 それと、僕には魔法の刃は通用しませんよ 」
「ぐ…… 手の内を見せるほど余裕ということか! 」
ルイスベルは片目を瞑って痛みを堪え、呻きながらリュウを睨み付ける。
「違います。 この力は大事な人々を守るためにあるんです。 誇示したり制圧したり…… 勝利するための力じゃありませんから 」
「破滅を呼ぶ存在が何をぬかす! 」
「僕からしてみれば、あなた方のほうが破滅を呼ぶ存在ですけどね 」
その言葉に息を呑んだのはルイスベルの方だった。 途端、二人の会話を遮るように、ハミルの放った矢がリュウの横顔を狙った。
だがその矢は、マリアの放った風の刃によって両断されて地に落ちる。
「させませんよ 」
マリアはエンデヴァルドの肩に手を置いたまま、もう片方の手のひらをハミルに向けて見据えていた。
「やめろハミル! 俺はこの男と一騎打ちをしている! 」
「ですが! 」
再び矢をつがえるハミルの後ろには、いつでも飛び出せるように構えているガフェインとアーバンの姿もあった。 矢の照準がリュウからエンデヴァルドに向けられる。
「数で押されては敵わないと、北方面軍の頭だけを狙ったつもりでしょうが…… そうはいきませんよ 」
スッとセレスがエンデヴァルドを庇うように前に出た。 が、彼はセレスの腕を押し退けて更に一歩に出る。
「ならどうする? 」
「お前を捕らえて中央に引き渡す。 それが僕達の使命です 」
ギリッと弓が音を立ててしなる。 狙いはエンデヴァルドの左胸だ。
「中央か…… 願ったり叶ったりだが、悪いがオレは自分の足で歩いて行くのが性分なんだよ 」
その言葉にルイスベルやハミルが怪訝な表情を見せた。
「どういうことだ? 」
「オレに勝てたら教えてやる 」
口許を吊り上げて背中のエターニアを抜くエンデヴァルドに、両脇の華はため息をついて一歩下がった。
「やれやれ…… 結局自分が暴れないと気が済まないんじゃない 」
「せっかくリュウ様が穏便に納めようとしてくれているのに、バカですか? バカですよね? 」
普段なら『うるせぇ!』と返すところだが、今の彼にはその余裕はなかった。 両手でエターニアを正面に構えて、放たれようとしている矢に警戒する。
「望むところです! 」
ハミルが叫ぶと弓の前に魔方陣が描かれ、魔力を付与された矢が風を纏った。 それを合図に、ガフェインがルイスベルを救出せんと飛び出す。
「エル・マジョーラ! 」
放たれた矢は6本の矢に分裂してエンデヴァルドに襲い掛かったのだ。 至近距離から放たれた矢は瞬く暇を与えず、エンデヴァルドのみならずセレスやマリアをも標的としていた。
ザン!!
だが疾風の矢は彼らを射抜く事なく空中で両断される。 彼らの後ろから吹き抜けた一陣の風と共に、メイド服姿のヘレンが矢を一閃したのだ。 その勢いのまま、ヘレンはハミルに斬り込む。
「!? ヘレン!! 」
咄嗟に後ろへ飛んだハミルだったが、ヘレンのスピードの方が速い。 彼女の剣が、ハミルの肩口目掛けて振り下ろされた
その時だった。
「おらぁ! 」
ハミルのマントを突き破って、アーバンの槍がその一撃を受け止める。 槍は更に延長線上の彼女の胸を狙ったが、彼女はヒラリと身を引いてかわし、ハミルを踏み台にしてバック転したのだ。 蹴られたハミルはアーバンを巻き添えに後ろへ大きく吹き飛ぶ。
「ヘレンさん!? 」
ガフェインの槍をかわしながら彼女の乱入に驚いたリュウを、押さえつけられていたルイスベルは蹴りを入れて脱出した。
「ご無事ですか? リュウ様 」
すかさずリュウを庇うように間に割って入ったヘレンは、切っ先をルイスベルに向けて彼らを見据えた。
「おいヘレン! オレの見せ場を取るんじゃねぇ! 」
地団太を踏んで悔しがるエンデヴァルドに、彼女は横目で軽く流す。
「余裕もないくせによくそんなことが言えたものだな 」
「やかましいわ! メイドは大人しく館の掃除でもしてろってんだ! 」
状況がわからないルイスベル達は、突然抜けてしまった緊張感に戸惑うばかり。
「おおぅ…… 派手にやりやがって 」
エンデヴァルド達の後ろの暗がりから姿を現したのは、現役の頃の装備を身に纏ったモーリスとハンナだった。