61話 リュウVSルイスベル
「久しいな、反逆者エンデヴァルド 」
ルイスベルは眉間にしわを寄せてリュウを見据えた。 『炎の魔導剣士』として名高い彼は、燃え盛る炎をイメージしたチェストガードとガントレットのみという、剣士にしては軽装である。
「顔を合わせるなり、反逆者とはご挨拶ですね。 理不尽な西方面軍に抵抗しただけですが、何か問題ありましたか? 」
リュウは珍しく、相手を挑発するような態度を見せる。 エンデヴァルドになりきっていると同時に、信頼した彼を悪く言われて怒っているのだ。
「隊長、何か様子が変です 」
並んで立つハミルがルイスベルに耳打ちする。 頷いて答えた彼は、次にリュウの後ろに控えているエンデヴァルドに目を向けた。
「アレがリセリアの言っていたクソガキだな。 妙な動きを見せたら攻撃して構わん 」
そうハミルに命令して、彼は一歩前に出た。
「先ずは部下を返してもらおう。 バカで単純だが、可愛い奴なんでな 」
『隊長……』と感動しているアーバンに、リュウは『どうぞ』と促した。 アーバンは砦門の中央をゆっくりとルイスベルに向かって歩き始めた。
「彼をどうこうするつもりはありません。 軍を退いてもらえれば、僕達はそれで十分です 」
「僕達…… か。 随分と心変わりしたものだな? 」
「そうですね。 戦わずにわかり合えれば嬉しいですから 」
真顔で言うリュウにルイスベルは片眉を上げて、次の瞬間には眉間にしわを寄せて睨み付けていた。
「貴様は何者だ? エンデヴァルドではないな? 」
「僕はリュウと言います。 諸事情があってエンデヴァルドさんと入れ替わっていますが、彼の代理として考えてもらえるとありがたいです 」
「入れ替わっただと? 」
ふざけた様子のないリュウに、ルイスベルはセレスやマリア、エンデヴァルドを順に見渡した後、エンデヴァルドの背中の聖剣エターニアに目を留めた。
「なるほど、そこのクソガキがエンデヴァルドだな? 」
すぐに見抜いたルイスベルに、エンデヴァルドは軽く舌打ちをする。
「鋭いわねあの人 」
「ああ、嫌いなんだよあの男は 」
セレスの小言に、エンデヴァルドは腕を組んで口を尖らせた。
「…… ヤキモチかしら? 」
「うるせぇ! 」
ヨシヨシと頭を撫で始めるセレスの手を、エンデヴァルドは煙たそうに振り払う。 その間にアーバンはルイスベルの元に戻り、ハミルの横に肩を並べた。
「無事ですか? アーバン 」
「すいません隊長、副隊長 」
アーバンが戻って来る時間稼ぎをしたつもりでいたルイスベルは、何も仕掛けて来ないエンデヴァルド達に怪訝な表情を浮かべる。
「して、その代理人は俺と何の話をしようというのだ? 北方面軍の隊長を呼びつけたからには、それなりの理由があるのだろう? 」
「ベイスーンは開通しました。 ですが、オルゲニスタでの殺害は僕達の知らないもの。 誰かが僕達とあなた方を出し抜こうとしているように思えます 」
「ほぉ…… それを納得させるほどの何かがあるのか? 」
彼の眉間のしわがより一層深くなった。 それを見届けて、リュウは大きく頷く。
「そもそも、僕達があなた方に戦いを仕掛ける理由がありません。 アーバンさんにも話を伺いましたが、ベイスーンの霧が晴れては困る輩に仕組まれたと考えるのが妥当です 」
「我々はそこのエンデヴァルドの仕業だと思っているのだが? 」
「間違いです。訂正して下さい 」
鋭い眼光で見据えるルイスベルに、リュウは一歩も引かない。
「…… 言い分は聞いた。 だがリュウとやら、我々…… いや、俺は貴方が信用に足る者なのかがわからない。 それはどうする? 」
じっとルイスベルを見つめていたリュウは、チラッとエンデヴァルドに視線を向ける。 エンデヴァルドは『フン』と鼻で笑い、顎でリュウに『やってやれ』と示した。
「やれやれ…… やはりそうなってしまうんですね 」
リュウがため息混じりに腰のドラゴニクスに手をかけると、ルイスベル側から鎧の擦れる音が一斉に鳴る。
「ルイスベル隊長、剣で語り合うというのはどうですか? 僕としては望まぬ方法ですが 」
「よかろう。 エンデヴァルドの代理と言うのだから、その方が手っ取り早い 」
ルイスベルが腰の剣に手を置くと、ハミル以下の兵士達は一斉に砦門の外に待避し始めた。
「他の者は避難させた方がよいぞ? 」
スッと抜かれたルイスベルの長剣は、幅広の大剣に分類されるクレイモアだ。 一撃は重いが、その重量の為に小回りがきかない特徴を持つ。
「おいリュウ。 奴は魔導剣士だからな、それを忘れるな 」
そう告げてエンデヴァルドも、セレスとマリアを連れて砦門から待避した。
「それでは、よろしくお願いします 」
律儀に頭を下げるリュウに、ルイスベルは少し戸惑っていた。
「まさか腐れ勇者に頭を下げられる日が来るとはな…… もしかしたら、シルヴェスタも末期なのかもしれん 」
「ハハ…… 彼は相当ひねくれ者らしいですね 」
リュウはそう笑うと、ドラゴニクスを抜きつつルイスベルに突っ込んだ。
「相当どころでは! ない! 」
クレイモアとドラゴニクスがぶつかり合って火花を散らす。 受け流すルイスベルは蹴りを繰り出すが、リュウは剣を振り抜いて反転し、その蹴りを跳んでかわす。
「あまい! 」
横薙ぎの態勢だったクレイモアが、突如炎を纏って視界から消えた。
「!? 」
咄嗟に腕の横に剣を構えたリュウは、あっという間に壁へと吹き飛ばされた。 地を滑って激突を回避したリュウに、ルイスベルの連撃が上下左右から襲いかかる。
「速い! 」
リュウはその全てを受けようと身構えたが、一発そのものが速くて重い。 剣撃を受ける度に振られるリュウは、反撃する暇を与えられず耐えるのみだった。
「どうした! 防戦一方では語れぬぞ! 」
「ええ! その通りです! 」
しばらくルイスベルの剣捌きを見ていたリュウは、突然壁を蹴って懐に飛び込む。
「むっ!? 」
リュウは横薙ぎの一撃を刃渡りで受け流し、ルイスベルの顎に掌底を叩きこむ。 仰け反ってがら空きにになった腹を、体を捻って蹴り飛ばしたのだった。
「ぐおっ! 」
「うわっ! 」
吹き飛ばす筈だったリュウの蹴りが、ルイスベルの腹を捕らえた瞬間に炎を吹き出して爆発する。 お互いに吹き飛んだ両者は、瞬時に態勢を整えて武器を構えた。
「やるな…… 魔法防壁がなければ骨が折れていたかもしれない 」
「驚きました…… 魔法でクレイモアの弱点である剣速を補い、防壁も展開しているなんて。 さすが北方面を預かる隊長ですね 」
ドラゴニクスの刃には焦げたような跡が無数についていた。 打ち合った際に、ルイスベルの炎魔法に焼かれた跡だ。
「ほう…… 剣技や体術もさることながら、分析能力にも長けているようだ 」
ジリッと足を進めたルイスベルに、リュウも右足を前に出して次の攻撃に備える。 が、リュウはスッとドラゴニクスを鞘に納めたのだった。
「…… 降伏、というわけではなさそうだな? 」
「ええ。 僕のおじい様が得意としていた剣技です。 彼のこの体と、このドラゴニクスならばきっと出来る筈…… 僕の全力、しっかり受け止めて下さい 」
リュウはドラゴニクスの柄を握り直し、ゆっくりと大きく息を吸って目を閉じた。 途端にルイスベルの表情が焦りの色に曇る。
「…… ドラゴニクスだと!? まさか魔王の剣技、黒龍の審判か!? 」
ルイスベルがクレイモアに全力の炎を宿らせてリュウに斬りかかった。 彼が間合いに入ったと同時にリュウは目を見開き、踏み出した一歩に合わせて鞘からドラゴニクスを抜き放つ。
「おおおおぉ!! 」
「はああぁぁ!! 」
ドラゴニクスとクレイモアが触れた瞬間、リュウの一閃はクレイモアを粉々に粉砕してルイスベルの胴を捉える。 振り抜いたと同時に、魔法防壁によって生まれた爆炎を弾き返すようにルイスベルを砦門ごと吹き飛ばしたのだった。