60話 任せてくれますね?
馬車内で服装を整えたリセリアは、重軽傷を負った隊を率いて大人しく引き下がって行った。 取り付けた約束は、オルゲニスタに一番近い砦門に北方面軍隊長ルイスベルを連れて来る事。 その時までアーバンは、人質として預かると告げたのだった。
エンデヴァルドとマリアもフォーレイアまで一度戻り、ルイスベルとの話し合いに備える。 待っていた事情をリュウやセレスに話すと、彼等もその話し合いに参加したいと言い出した。
「ネズミ髭連中が消えた? 」
「はい。 アーバンさんから話を聞いて探したんですが、どこにも見当たらなくて…… 」
『ごめんなさい』と頭を下げるリュウの後ろでは、ハンナが難しい顔をしていた。
「色々考えてみたけど、ユグリアに軍をぶつけて何の意味があるのかわからないのよ。 今更魔族を掃討して、誰が特をするのか…… 」
「結局は権力が絡んでくるんでしょうね。 力を増強したいのか、保身的な対策なのか…… どちらにしてもバカバカしいわ 」
セレスはパイプを吹かしながら、モーリスの店のカウンターで足を組んでいる。
「それはそうと。 エンデヴァルド、ベイスーンの第三砦門を再建するとは本気なのか? 」
「ああ、本気だ。 万が一、北方面軍とやり合う事になった時、数で押されちゃなだれ込まれるからな 」
エンデヴァルドはモーリスの宿屋に帰って来るや否や、町の男達を集めて砦門の守りを固めろとモーリスに言ったのだ。
「ルイスベルとは話をつける。 失敗しても、第二砦門まででなんとか押さえ込むつもりではいるが、最終防衛ラインとして確保しておきたいんだよ 」
「お前にしてはえらく弱気だな? 」
『らしくない』と笑って付け加えるモーリスに、エンデヴァルドは珍しく苦笑いだ。
「あの男は苦手なんだよ。 ねじ伏せて納得する奴じゃねぇの、元西方面軍のお前ならわかるだろ 」
モーリスは『まぁな』と答え、ハンナに目を向けた。
「頭のきれる男だものね。 でも、道理がわからない男じゃない…… 彼を敵に回すかどうかは、アンタにかかっているわ 」
エンデヴァルドは大きなため息をつき、食堂の真ん中で縄をかけられて大人しくしているアーバンを見た。
「んで? なんでコイツは縛られてんだ? 」
「この町に軍人は珍しいからな、皆が怯えて仕方がない。 悪いと思ったが、縄を掛けさせて貰ったんだ 」
エンデヴァルドはアーバンの隣に座り、テーブルに足を投げ出す。
「どうよ? 捕虜の気分は 」
「そんな事はどうでもいい。 リセリアはどうした? 」
「あのビリビリ女もお前の兵も、全部向こうに帰した。 んで、お前にはルイスベルとの話し合いに立ち合ってもらうからな 」
げんなりするアーベルに、エンデヴァルドはニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている。 そんな二人のやり取りを見ていたリュウが、ふと口を開いた。
「エンデヴァルドさん。 今回の話し合い、僕に任せて貰えませんか? 」
「なんだよ、お前の出る幕じゃねぇんだよ 」
「誤魔化さないで下さい。 満身創痍の状態で、方面軍を相手にするつもりですか? 」
「「「えっ!? 」」」
驚きの声を上げたのは周りだった。 エンデヴァルドは静かにリュウを見据えている。
「わざわざアーバンさんを人質に取り、北方面軍の隊長を呼び出したのはその為でしょう? 隊長という頭だけを狙うならなんとかなる…… 違いますか? 」
瞬き一つせず、真っ直ぐ見つめる彼に、エンデヴァルドはため息を一つ。
「…… 随分と勘のいい奴だな? 」
「勘ではありませんよ。 自慢にはなりませんが、僕の体はそんなにタフではないですから。 ましてや連日のようにイメージグローブを使って…… 自分の体の事ですから、見ていたら分かるものです 」
緊張を解いてフワッと微笑むリュウ。 目を逸らしたエンデヴァルドに、マリアがすかさず後ろから頭を叩いてきた。
「いだっ! 何すんだよ! 」
「疲れてるなら勇者サマらしく『やってらんねぇ!』とか言えばいいじゃないですか。 そんなに頑張る勇者サマは、らしくないです 」
「そうよ! どうして私にも相談してくれないの! 」
マリアを押し退けて、セレスもエンデヴァルドの頭を小突く。
「だってよ…… 」
「「だってじゃない!! 」」
目と鼻の先で二人に怒鳴られ、彼は仰け反って椅子ごと後ろに倒れた。
「貴方が魔王エンデヴァルドであるならば、僕だって勇者リュウなんです。 貴方はひとりじゃない…… 任せてくれますね? 」
フンと鼻を鳴らし、エンデヴァルドはそっぽを向く。 無言の了解を得たリュウは、満足そうに微笑むのだった。
ルイスベルは敗走したリセリアから報告を受け、自らの魔導剣士隊とエルファスの後方支援隊を率いてオルゲニスタへと進軍を開始した。 対して、モーリスが率いるフォーレイア男性陣は、急ピッチで第三砦門の守りを固める。 特に他の砦門より出入口の狭いこの砦門を、イメージグローブで更に狭めて一度に通れる人数を制限し、高く盛り上げた両脇に迎撃用の足場を設けた。
順次資材が運び込まれる中、エンデヴァルド達はセレスの操る馬車に揺られ、北方面軍より先に第一砦門へと乗り込んだ。 廃墟と化している無人の砦門の壁面に、積んできた松明を刺して炎魔法で火を灯す。 間もなく夕暮れ…… 蟲への対策と、北方面軍へのアピールだった。
「臭…… 」
セレスは鼻をつまんで砦門内を見渡す。 乱雑に置かれたテーブルには埃が積もり、壁や天井には苔が生え、長年放置されていた様子が窺える。
「エバ様、これ、水で洗い流してくれない? 」
「おう 」
エンデヴァルドが地面に手をつき、水柱を立ち上げようとしたその時だった。
「待って下さい 」
マリアがしゃがみこんだ彼の肩に手をかけて止めた。
「この匂い…… 勇者サマ 」
周囲に目線を這わせて鼻をヒクヒクさせる彼女に、エンデヴァルドも周囲の匂いを嗅ぐ。
「ああ、ネズミ髭と同じ匂いだな。 ってことはアイツら、ここに潜んでたって事か 」
そこに異議を唱えたのは、拘束を解かれたアーバンだった。
「そんな筈はない。 使用人らが殺されたのはオルゲニスタを出てすぐだ。 俺達はその現場を見た観測隊の通報で奴らを追ってきたのだぞ? 」
「その通報自体が間違っていたとしたらどうする? お前らをユグリアに誘い込む罠だったかもしれねぇ 」
「なっ! そんなことをして誰が得をするというんだ!? 」
「…… 知らねぇよ。 だからネズミ髭連中を探してんじゃねぇか 」
ジト目のエンデヴァルドと一緒に、マリアも『頭悪い人ですね』と可哀想な視線を向ける。
「随分と楽しそうじゃないか。 我々も混ぜてくれないか? 」
向かい側から現れたのは、北方面軍隊長ルイスベルとハミル副隊長だった。