5話 ホロウ・テイルズ
セレスの操る馬車に揺られ、途中馬の休憩を挟みながら、エンデヴァルドは約半日をかけてトヴァルの村に到着した。
「番地入ってたってわかるかよ…… そもそも村長宅から100メートルって、どっちに100メートルなんだ? 」
村長宅は住民に聞いてすぐにわかった。 だが肝心のホロウ・テイルズという傭兵団は誰も知らないという。 仕方なく村の端から端まで見て歩き、一件ずつ尋ねもしてみたが、半数以上の民家は不在で有益な情報は得られなかった。
「ホントにここなんですか? 」
「間違っちゃいねーよ。 もしかしたら極秘の傭兵集団かもしれねぇ 」
「極秘なら酒場に広告なんか出さないけどね 」
呆れた顔でセレスはため息をつく。 日は傾いて空はオレンジ色に染まり、遠くに見える山々は田畑に影を落とし始めていた。 そろそろ今夜泊まる宿を探さなければならないところだが、牧畜の農村には宿などありはしない。
「兄さん達、まだあきらめていなかったのか 」
村に到着してすぐにホロウ・テイルズについて尋ねた中年男性が、再びエンデヴァルドに声を掛けてきた。
「メゾットの掲示板で手続きをしてきたんだ。 そのホローなんとかって傭兵団が存在しないわけがねぇ 」
「さっきも言ったが、傭兵団なんて物騒な集団はこの村の近辺にはないよ。 双子の便利屋が村はずれに住んでるくらいだ 」
「便利屋? 」
ピクッとセレスが反応する。
「便利屋に用はねぇ。 くそ…… なんで勇者のオレが探さなきゃなんねぇんだよ。 普通は向こうから寄ってくるだろうが! 」
「兄さん、勇者一族だったのか 」
そう言って中年男性は訝しむ目を残して去っていった。
「なんだ? あの男は 」
勇者と聞いてコロッと態度を変えた中年男性にエンデヴァルドは毒づく。
「そんなものですよ。 勇者なんて過去の産物、今の時代において何の貢献もしていませんからね 」
「あぁあ? 」
涼しい顔で言うマリアをエンデヴァルドは睨め付ける。
「村人、町人にとって勇者一族なんて国の威光を笠に着てふんぞり返ってるお荷物にしか見てないんです。 羨む人はいても、敬う人はいませんから 」
実際マリアの言う通りなことをエンデヴァルドは自覚していた。 が、面と向かってはっきり言われるとやはり面白くはない。 エンデヴァルドがマリアの胸ぐらを掴もうとすると、セレスが横からその手を軽く押し流す。
「ねぇエバ様、どうでもいいけどその便利屋さんに傭兵団を探してもらったら? 便利屋というからには情報もいっぱい持ってるんじゃない? 」
「…… それをオレも考えてたとこだ! 」
マリアに向かって舌打ちし、セレスに吐き捨てるように背を向けて便利屋へと向かうエンデヴァルドをマリアはニコニコと見送る。
「殴られずに済みました。 ありがとうございます 」
マリアはセレスに深く頭を下げた。
「このまま探し回って蟲のエサになりたくなかっただけよ。 さ、行きましょ 」
セレスは御者台の横をポンポンと叩いてみせる。 マリアはハイ、と答えると、素直にセレスの横に腰を下ろした。
村長の家から南に100メートル、集落から少し離れた所に建っていた一軒の平小屋を再び訪ねる。 先程は留守だったが、ドアをノックすると少し高めの声で返事があった。 ドアを開けたのは10歳くらいの男の子。 可愛い刺繍入りのエプロンをし、藁だらけの手でにこやかに出迎えていた。
「いらっしゃいませ! どのようなご用件で…… あ…… 」
男の子がエンデヴァルドの顔を見て固まってしまった。 恐怖でというよりは、信じられないという感動の目。
「主を出せ 」
上から目線で脅すように言うエンデヴァルドに、男の子の目は驚愕に変わりビクッと肩を震わせた。 男の子の背後には同じ年頃の女の子が男の子の影に隠れるようにして怯えている。
「脅してどうするのよ! 」
すぐにセレスがエンデヴァルドの後頭部を平手打ちする。
「痛てーな! なにしやが…… はぶっ! 」
マリアに杖で鼻先を潰され、エンデヴァルドはその場に鼻を押さえてうずくまる。
「ホロウ・テイルズっていう傭兵団を探しているの。 便利屋さんのあなた達なら知らないかしら? 」
「ハイ! どのようなご用件ですか? 」
セレスは首を傾げる。
「いや、ホロウ・テイルズを探して欲しいのだけど 」
「ハイ、ここがホロウ・テイルズです。 どのようなご用件ですか? 」
セレスとマリアは顔を見合せ、同時にエンデヴァルドに冷ややかな視線を向けた。
「…… なんだよ? 」
「あっさり見つかりましたけど? 勇者サマ 」
マリアとセレスに一瞥され、居場所の見つからないエンデヴァルドは『ホロウ・テイルズ』の二人に睨みを利かすのだった。