58話 すれ違いの戦い
「エル・バースト! 」
放たれたマリアの爆裂魔法は、山道にある北方面軍の観測所を的確に捉えて、爆音と共に派手に吹き飛ばした。
「もう一発かましてやれマリア! 」
「オーバーキルです。 魔力の無駄遣いです 」
チッと舌打ちをするエンデヴァルド。 マリアがジト目で彼を睨んでいる間にも、目の前の砦門の向こうから矢と炎魔法の雨が彼達の馬車に襲い掛かる。
「ほら、撃ってきましたよ。 あなたの出番です 」
横腹を小突かれてまたも舌打ちをした彼は、聖剣を肩に担いで馬車の屋根に上がっていった。
「フン! 」
風を纏わせて一閃された聖剣は、降ってくる矢の雨を吹き飛ばし、正面から飛んで来るファイアブラストをかき消す。 更にエンデヴァルドは風に乗って高く舞い、目の前の砦門の裏側に降りて魔法剣士隊と刃を合わせた。
なぜこの山道で戦闘になっているのか…… それはエムルシャの暗躍部隊の策に、まんまとハマってしまったからだった。
証拠隠滅を図ろうと、朝陽が昇るよりも早くに山道に踏み込んだオッテ率いる使用人団は、待ち構えていたネズミ髭の魔族達に襲われたのだ。 蟲の襲撃に備えて臨時で雇った傭兵達はあっという間に倒され、暗躍部隊はワザと観測隊に見つかるようにオッテを殺したのだ。 ユグリアからの魔族の襲撃と勘違いした観測隊は、すぐにオルゲニスタのアーバン隊とリセリア隊に報告。 暗躍部隊はベイスーン方面へと逃げて、エンデヴァルド達に『人間族に襲われた』と助けを求めたのだった。
ベイスーンの瘴気の様子を見に来ていたエンデヴァルドは、襲われたと聞いて山道へ足を踏み入れる。 3つある山道の砦門のうち、2番目の砦門を挟んだ形でエンデヴァルド達と北方面先発隊は鉢合わせ、両者は勘違いのまま戦闘を始めたのだった。
「こ、子供!? 」
槍を構えたアーバンが、空から降り立ったエンデヴァルドに手を止めた。 だがエンデヴァルドは躊躇することなく馬の腹からアーバンをすくい上げる。
「もういちいち説明するのがめんどくせぇんだよ! 」
聖剣が馬を両断する寸前、彼の横顔を光の矢が襲った。 彼は瞬時に体を沈みこませて剣の腹で光の矢を弾き返し、馬の股をくぐってやり過ごす。
「油断しないでアーバン! ただの子供じゃない! 」
弾き返された光の矢を慌てて避けたリセリアが、態勢を崩して膝をついた。 と、同時に足元の岩が沈み込んで大きな落とし穴を作る。
「きゃあぁ!! 」
「リセリア!! 」
穴に落ちていく相棒に目を丸くしながらも、アーバンはエンデヴァルドに武器を構える。
「取り押さえろ! 」
アーバンの掛け声に軽騎兵隊が周囲を取り囲んで槍を突き付けた。 だがエンデヴァルドは自身の周囲に水柱を立ち上げ、馬ごと軽騎兵を水圧で吹き飛ばしたのだ。
「な…… 魔族の特殊能力か!? 」
「違うな、魔王の特殊能力だ 」
エンデヴァルドはゆっくり立ち上がり、聖剣を担ぎ直してアーバンを見据える。
「魔王…… だと? 」
驚愕する彼に、エンデヴァルドは手の平をヒラヒラさせて『どうでもいいだろ』と呟く。
「退けザコが! 軍ってのはホント弱者を虐めんのが好きだよなぁ! 」
「は? 何を言ってい…… 」
アーバンの言葉の途中で、砦門の堅牢な扉が大爆発した。 マリアの爆裂魔法が、正面から扉を吹き飛ばしたのだ。 その爆風で魔法剣士隊と軽騎士隊の半分は戦闘不能に陥っていた。
「爆裂魔法!? 人間族が加勢してるの!? 」
落とし穴から這い出てきたリセリアが驚きの目を向ける。
「よそ見するなリセリア! 」
「え? きゃあぁ! 」
落とし穴から上半身を出していた彼女は、振ってきた大量の水で再び落とし穴に押し込まれる。 援護しようとアーバンが部下と共にエンデヴァルドを馬上から突くが、彼は風を纏って素早く動き回り、地面を隆起させて軽騎兵陣を一人残らず馬から落としたのだった。
「何やってるんです勇者サマ。 遊んでないで全員吹き飛ばせばいいでしょう? 」
吹き飛んだ扉から入ってきたマリアが、残っていた魔法剣士隊の一人に爆裂魔法を放つ。 仲間を巻き添えに吹き飛んだ魔法剣士隊は、そのほとんどが倒れて戦意を喪失するのだった。
「ゆ…… 勇者だと!? 」
地べたに這いつくばるも、アーバンはエンデヴァルドを睨み付ける。
「やめろマリア。 攻めてきたコイツらを追っ払えればそれでいい 」
「甘いですよ腐れ勇者サマ。 どうせ今度はもっと大勢で来るんですから、再起出来ないように叩きのめすべきです 」
「ちょっと待て! 先に攻めてきたのは貴様らだろう! 」
二人の会話にアーバンが怒声を飛ばしてきた。
「ああ? なに言ってんだお前。 ネズミ顔の連中を追ってきたのはそっちだろうが 」
「違うだろう! 腐れ勇者がユグリアの魔族をそそのかし、報復を企んだと聞いたぞ! 」
「誰が腐れ勇者…… んぐっ! 」
マリアは反発し合うエンデヴァルドの顎をグイっと持ち上げ、話の流れを切る。
「なんだかお互いの情報がすれ違っているようですね 」
「あれ? お前…… スレンダン様のとこにいたメイドか? 」
アーバンはマリアを見て怪訝な表情になった。
「…… あまり表には出てない筈ですが。 そんなに私が可愛くて印象に残ってましたか? 」
「お前、よくそんなセリフが出て来るな 」
顎を持ち上げられたまま、エンデヴァルドはマリアに冷たい目線を向ける。
「違う! 熟女好きな爺さんには珍しい、俺好みのロリメイドだと思っただけだ! 」
「お前もまぁ、恥ずかしげもなくよく言うな 」
エンデヴァルドはアーバンにも蔑んだ目を向けた。
「まぁ浮いていたのは事実です。 ともあれ、これ以上の戦闘は不毛に思えますが…… まだやりますか? 」
広げた手をアーバンに向けてニコッと微笑むマリアに、彼は首を横に振るしかなかった。
「ぷはぁ! 」
今まで落とし穴に沈んでいたリセリアがやっと水面から上がってきた。
「やってくれたわねクソガキ! もう許さないわ! 」
ずぶ濡れ状態の彼女は、鬼のような形相でエンデヴァルドを睨み、右手に雷を宿らせる。
「「あ…… 」」
エンデヴァルドとアーバンが揃って声を上げる。
「…… 何よ 」
「可愛い水色縞パンですね。 でも上下は揃えた方がいいですよ 」
マリアの一言にリセリアは自分の体を見る。 水に浮かないドレスアーマーを脱ぎ捨て、白で統一されたアンダーウェアはピタッと肌に張り付き、下着が透けて見えていたのだ。
「ん…… に゛ゃあ゛あ゛あぁぁ!? 」
に゛ゃあ゛あ゛あぁぁ…… に゛ゃあ゛あ゛あぁ……
胸とお股を押さえてしゃがみこむ彼女の絶叫は、山にこだまして帰ってくる。
パリッ パリパリッ
次の瞬間、彼女の体は光を帯びて帯電したのだった。