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56話 北の地の支配者

 ベイスーンとオルゲニスタの間は、山と山の間を縫うように通された街道で繋がっている。 500年前の沼地が作られる以前は、この北方の道が主要道であり、かつてはオルゲニスタの村はユグリア・メゾット間の物資輸送の中継地として栄えた()だった。


 両族の戦争が激化すると、オルゲニスタはユグリアへ攻め込む為の人間族の軍事拠点へとその姿を変える。 山間部の街道には何か所にも防壁のような砦門が築かれ、追い詰められていった魔族はこの砦門を越える事は出来なかった。


 ベイスーン沼地の出現によって街道が寸断された大戦後は、砦門はベイスーン沼地の観測所として機能し、オルゲニスタは人の往来が途絶えて一気に過疎化する。 だが比較的穏やかな気候のこの地は、やがて貴族や王族の保養地として注目され、再建されて『北の娯楽地』と呼ばれるようになっていた。





「ベイスーンの霧が晴れただと? 」


 オルゲニスタ村長のエムルシャは、勇者の末裔の一人のリヒートとの会談中に使用人から連絡を受けた。


「何かあったのか? エムルシャ 」


「いえ、大した事ではございませんよ。 リヒート様 」


 すぐに使用人を下がらせ、彼は何食わぬ顔で空いたリヒートのグラスにワインを注ぎ足す。


「あの…… 私めの貴族昇格の件は 」


 ブランド化したメゾット産の高級ワインを並べ、エムルシャは目を細めてリヒートを窺う。


「心配するな。 今度の王城での晩餐会でお前の名を大々的に宣伝してやる 」


 大きな腹を撫でながら、リヒートはほろ酔いの顔で彼に答えた。


「私が昇格出来れば、リヒート様の地位も勇者一族最大のものになりますな 」


「ああ、あの国王陛下の足元でふんぞり返っているヴェクスターなんぞに、これ以上好き勝手されてたまるか! 」


 勇者一族の中でも、リヒートはあまり権力のない末端の部類だ。 エンデヴァルドは別として、国王のフェアブールトの護衛役のヴェクスターが受ける恩恵は別格なのだ。


「勇者一族のトップは我のものだ…… 膝元というだけで、能無しは堕ちればいいのだ 」


 エムルシャの屋敷には、リヒートとエムルシャの笑い声が響くのだった。




 リヒートの帰りを見送ったエムルシャは、途端に真っ青な顔になって使用人を呼びつける。


「霧が晴れたとはどういうことだ! 」


「わ、わかりません! 観測隊員が知らせてきたものですから…… 」


 ギリッと歯を鳴らし、エムルシャは自分の部屋へと戻って行く。


「冗談ではないぞ。 あのゴミ箱が王族の目に触れるような事になれば…… マズい、まずいマズいマズい! 」


 エムルシャは自室をウロウロし始める。 エムルシャはリヒートと組み、リヒートの不祥事の後始末を引き受ける代わりにオルゲニスタの村長に抜擢された身だった。 不祥事というのは、王城へ献上するワインの偽造と、リヒートに圧力をかけた貴族の始末。 更にはリヒートの兄弟分だったビュゼルが食い散らかした女の処分だった。


「回収するべきか…… イヤ、下手に動けば北方面軍の観測隊にバレてしまう! マズい…… マズい! 」


 見られてはいけないもの全てを、誰も近付かない沼の畔に遺棄していたエムルシャは、焦りに焦りまくる。


「リヒート様にお知らせた方が…… 」


 様子を見ていた使用人のオッテが、恐る恐る彼に進言した。


「バカ言え! 面倒くさい事を全て押し付けてくる奴だぞ? 自分に都合が悪くなれば私が切り捨てられかねないのだ、奴には知られてはならん! 」


「あの…… 一切をユグリアの魔族のせいにしてはどうでしょう? 」


 エムルシャの後始末を引き受けていたオッテも、顔を真っ青にして必死に進言する。


「捨てたのは沼のこちら側だぞ! どう考えても我らが疑われるではないか! 」


「いっその事埋めてしまっては? 」


 その一言にエムルシャの目が輝いた。 オッテも一瞬笑顔になるが、またすぐに青い顔に戻っていた。 こういう時の彼がロクでもない事を言うのを、オッテは知っているのだ。


「なるほど…… 魔族側から攻めさせて、人為的に街道を封鎖してしまえばいいのだな。 素晴らしいぞオッテ! お前にこの重大な任の指揮を執らせてやる! 」


「え…… 」


 エムルシャはオッテと呼んだ男を指差して高らかに笑う。 動揺するオッテに、彼はとどめの一言を付け加えた。


「事が上手く運び、私が貴族に昇格すれば、次期村長はお前にしてやる 」


「は…… はい! 」


 『次期村長』という言葉にオッテは深々と頭を下げ、意気揚々と部屋を出て行った。


「バカな奴だ 」


 その姿にエムルシャはほくそ笑む。 仮にこれが失敗しても、『使用人が勝手にしたこと』といい訳が出来る。 どっちに転んでも逃げ場が出来たと喜ぶエムルシャは、懐から取り出した小さな呼び鈴を鳴らして窓際に寄った。


「お呼びですか? 」


 すぐに窓辺に姿を見せたのは、フードを深く被ったネズミ髭の男だった。 エムルシャが密かに抱える暗躍部隊のリーダーだ。 


「会話は聞いていたな? タイミングを見計らってあやつらを消せ。 強制的にあの場を戦場にするのだ 」


「かしこまりまして 」


 そう言うとフードの男は音もなく姿を消した。 エムルシャはフカフカのソファに腰を下ろし、天井を見上げてため息を吐く。


「なぜ今頃になってベイスーンの毒霧が晴れるのだ…… 私に対する試練なのか…… フフ…… フハハ…… 」


 勇者気取りのエムルシャは、成り上がっていく自分を思い描いて静かに笑い始めるのだった。



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