55話 国王に求められるもの
エンデヴァルドの一言に、ハンナは戸惑っているセレスを『格好だけでも』と二階の自室へと連れていった。 彼女は自分の服で衣装合わせをするが、セレスに着せるにはサイズがどうしても小さい。 すると彼女は二階から掛け降りて、食堂にいた狐耳の魔族の女性に声をかけた。
「手伝ってフェネー! あの人、むっちゃスタイルいいわ。 あなたの腕の見せ所よ! 」
「え? え!? 」
縫製職人のフェネーは無理矢理二階に引っ張られていく。 ゴクリと男性陣が喉を鳴らす中、手先に自信のある女性陣がその後に続いた。
「ハハ…… ハンナの奴、随分と張り切ってるな 」
階段を見つめて笑うモーリスは、フンと鼻を鳴らすエンデヴァルドを横目に食堂に残った民衆に目を向けた。
「どうだお前ら。 このままじっと我慢していたって、この国は変わらねぇ。 セレスの姉さんに託してみねぇか? 」
誰もが口を開かず、モーリスが振るフライパンの音だけが食堂に響く。
「考えてみりゃ、魔族だの人間族だの言ってるから上手くいかないのも頷ける。 国の主導者が両種族の混血ならば…… いや、姐さんならば文句はない 」
そう口にしたのは5合目のベースキャンプにいたグリフだった。
「聞いてくれ皆。 リュウの坊っちゃんは姐さんを支持している。 あのお優しい方が、俺達を敵にまわしても守ろうとした人だ…… 騙されてみてもいいんじゃないだろうか? 」
次第にザワザワと騒がしくなる食堂に、モーリスとエンデヴァルドは顔を見合わせ、彼等の様子を窺っていた。
「だがダークエルフだぞ? 本当に大丈夫なのか? 」
「そうだ、言い伝えは事象があったから残されているもの。 また大飢饉や暴動が起きないとも…… 」
民衆のその言葉にエンデヴァルドは眉をひそめ、立ち上がろうとした時だった。
「はい、着替え終わったわよ。 セレスさんスタイルいいわぁ 」
二階へ続く階段からハンナを先頭に降りてきたのは、魔族の女性陣に仕立て直されたゴシックドレスに身を包んだセレスだった。 ベアウルフ達は『おお……』と感嘆の声をあげ、他の魔族達も頬を赤く染めて見入っている。
「似合ってるじゃねぇか。 腹の出たあの白ひげハゲ国王よりよほど見栄えいいぞ 」
「本気なの? 私を国王に据えようだなんて 」
「お前は両方の痛みを知ってるんだ。 なんか問題あるか? 」
「ありまくりよ。 ポッと出の女、しかも『禁忌の種族』が『国王やります!』なんて宣言したところで、国民は賛同しないでしょう? 」
体を捻ってドレスの具合を確かめる彼女は、魔族達を流し見てエンデヴァルドに視線を留める。
「そこは納得させるんだよ。 面白いじゃねぇか、シルヴェスタ王国初の女王で、両族の血を継ぐ者だぞ 」
「面白いとか、そういうものじゃないでしょう…… 」
ため息をついて彼女が食堂を見回したその時だった。
「姐さんの為なら死ねる! 」
苦笑いを向けていた彼女にグリフが叫んだ。
「俺もです! 」
「「「ずるいぞ! 俺達も! 」」」
クリフの言葉に、ベアウルフ達は次々と協力の姿勢を示していったのだ。
「惚れたのか? 単純だよなお前ら 」
「「「あぁあ!? 」」」
『犬みてぇだ』と付け加えたエンデヴァルドに、ベアウルフ全員が牙を剥く。
「うるさい! 俺達は姐さんの為に力を貸すと言ったんだ! 貴様なんぞさっさとリュウ様に体をお返ししてくたばりやがれ! 」
エンデヴァルドは『ヘイヘイ』と手のひらをプラプラさせて頬杖をつく。
「決まりだな。 んじゃぁ決起祝いだ! 金はいらねぇから、たんと食ってくれ 」
モーリスは大皿に溢れそうなくらい山盛りにしたミートソースパスタを彼等に振る舞う。
「遊びじゃないのに…… こんなんでいいのかしら 」
「いいんじゃない? どの道シルヴェスタ軍は攻めて来るんだし、王族自体も末期なんだし。 良い時代へとシフトしていくいいきっかけよ 」
腰に手を当てて微笑むハンナを、セレスはため息混じりに見下ろす。
「なんだか王国内部に詳しそうね? 」
「まぁ、これでも旦那と軍を逃げ出す前は諜報部隊だったのよ。 今でも細い繋がりはあるからね、情報はそこそこ 」
ハンナはエンデヴァルドをチラッと見る。
「でもどこぞの腐れ勇者さんが山道を封鎖してしまったと聞いてね、今後はどうしようかと思ってたのよ 」
「誰が腐れ勇者だ? 」
彼女は睨むエンデヴァルドに笑顔で返すと、子供のような小さな手を差し出してきた。
「頑張りましょうね。 出来る限りの事はするつもりよ 」
「家庭持ちはここで大人しくしてろよ。 暴れるのは俺だけで十ぶ…… あだっ! 」
宿屋の入り口から飛んできたコップがエンデヴァルドの額を捉えた。 そこにはメイド服姿のマリアと、ちょうど敷居を跨いだリュウが苦笑いしていた。
「何しやがるロリメイド魔導士! ってか、なんでここにいる! 」
「帰りが遅いので様子を見に来てみたら、今度はゴスロリプレイですか? 変態勇者サマ 」
「オレの趣味じゃねぇよ! 」
吠えているエンデヴァルドの横では、モーリスが『変態』という言葉にショックを受けていた。
「んあ? このドレス、お前の趣味だったのか? 」
「放っておいてくれ…… 」
「ま……まぁ無事で何よりです。 マリアさんが落ち着かない様子だったので、ちょっと来てみただけなんですよ 」
「リュウ様! 」
顔を赤らめてリュウに抗議するマリアに、モーリスとハンナは顔を見合わせて笑った。
「それはそうと、皆さん随分盛り上がっていたようですが? 」
「あ? セレスを国王にしてやろうと思ってな 」
首を傾げるリュウに、エンデヴァルドは超簡潔に説明した。 『それじゃわからない』と睨むマリアに、ハンナが一連の話を説明し直す。
「それは結構な事ですね。 あなたが国王になれば、私も逃げ隠れする生活をしなくて済みそうです 」
「あら、同じダークエルフなんだからあなたに譲ってもいいのよ? こういうドレスはあなたの方が似合うでしょう? 」
「いえいえ、年配者に譲りますよ。 ゴスロリはちょっと無理がありますから 」
「…… まな板 」
「垂れてるよりはマシです 」
二人は瞳を黄金色に染めて、火花を散らして睨み合う。 ただならぬ気迫に、民衆は首をすぼめてソロソロと店の隅にかたまるのだった。
「…… いつもこうなのか? 」
「気にするな。 ダークエルフのじゃれ合いだ…… お互い本気なら既に死人が出てる 」
「仲がいいほど…… とはよく言ったものね。 まあいいけど。 エンデヴァルド、さっきの話の続きだけど。 一人で無双出来るとは思わないで。 必ずバックアップは必要よ 」
キッと睨めつけるハンナとモーリスに、エンデヴァルドは諦めて大きなため息を吐く。
「ああ…… だが、あくまでバックアップだ。 最前線で暴れるのはオレ一人でいい 」
頑なに共闘を拒むエンデヴァルドの様子に、二人はなんとなく察してそれ以上口を挟むことはなかった。
ー 元シルヴェスタ西方軍隊長が仲間になった ー
ー 元王国中央諜報部隊員が仲間になった ー