54話 いいな、それ
二人は魔族達の呆気に取られる視線を浴びながら、モーリスに続いて宿屋に入った。 モーリスはそのまま厨房に行き、適当な野菜を手に取って皮を剥き始める。
「そう簡単に俺らを信用していいのかよ? 」
とは言うエンデヴァルドだったが、最奥の席にどっかりと腰を落ち着けていた。 セレスは訳が分からず、テーブルに肘をついてモーリスを睨んでいる彼に倣って腰を下ろす。
「過去の恩義を無視するほど俺は薄情じゃねぇ。 もう一度聞くが、お前は坊ちゃんと入れ替わったというあの腐れ勇者で間違いねぇんだな? 」
「なんだ、状況を把握してるんじゃねぇかよ 」
ふてくされるエンデヴァルドに、セレスは体を寄せて耳打ちした。
「…… どちら様? 」
「マルベスに隊長の座を奪われた西方軍の元隊長だ 」
厨房でフライパンを振っているモーリスを見ながら、エンデヴァルドはめんどくさそうにセレスに答える。
「飴玉事件の直後だったからな、西方軍の隊長だった奴は格好の的だったんだろ。 まあ、シルヴェスタ軍から追い出された魔族はアイツだけじゃなかったけどな 」
「酷い話ね。 今まで国に忠誠を誓ってた人をあっさり切り捨てるなんて 」
哀れむセレスの視線に気付いたモーリスは、エンデヴァルドに『余計な事は喋るな』と無言の圧力をかける。
「さっきは悪かったな姉さん。 最近は食い逃げが多くてな、こっちも生活かかってっから前金制にせざるを得なかったんだ 」
「ごめんなさい、食事代は後で必ずエバ様に払わせるから 」
モーリスは『そうしてくれ』と豪快に笑い、出来上がったミートソースパスタを手に厨房から出てきた。
「んー! いい匂い! 」
テーブルに置かれた山盛りのミートソースパスタに、彼女は手を合わせて笑顔になる。
ガッ
エンデヴァルドがフォークを掬い上げてパスタに襲いかかろうとしたその時、モーリスは皿を取り上げてエンデヴァルドのフォークはテーブルに突き刺さる。
「なんの真似だてめぇ…… 」
「食う前に答えろ。 お前はこれからどうしようと言うんだ? 」
「決まってる。 フェアブールトを殴りに行くんだよ 」
モーリスは彼をじっと見た後、大人しく皿をテーブルに置く。 両手にフォークを装備したエンデヴァルドは、猛烈な勢いでパスタをすすり始めた。
「殴った後はどうする? 如何にお前が『失われた御力』を持っていたって、一人でどうこう出来る相手じゃねぇ 」
「知ったこっちゃねぇ。 モグモグ…… ケンカ売ってきたのは向こうだし、どうせオレは既に反逆者だからな 」
「反逆者だ? 」
一気に一皿を平らげ、コップの水で流し込んだエンデヴァルドはセレスの皿にフォークを伸ばす。
「アベイルで生き贄の獣耳娘をさらってきたからな。 まぁハメられたんだが…… 軍がオレを追ってきたのはその為だ 」
腕を組んで『なるほどな』と頷いたモーリスが店内を見渡すと、いつの間にか店内は満席になっていた。 入り口から中の様子を覗いていた魔族達だったが、モーリスの笑い声が気になって入ってきたのだ。
「殴りに行くと言ってもお前、ルーツ山道を潰したんだろ? 向こうに抜ける道がねぇだろが 」
「ベイスーンからオルゲニスタまでの道は作っておいた。 瘴気が抜ければ通れるだろうよ 」
店内が驚きの声に包まれる。 全員の視線は一斉にエンデヴァルドに向けられた。
「だがベイスーンが開通してしまったら、向こうからシルヴェスタ軍が来るんじゃないのか? 」
「嗅ぎつけた連中の偵察が来るだろうが、メゾット常駐の北方軍を潰しておけばこっちまでは来ねぇだろ 」
セレスから奪い取った皿半分のパスタをペロッと平らげ、やっと落ち着いたエンデヴァルドは、椅子に浅く腰かけて寝そべるような態勢で目を閉じた。
「疲れたから少し寝る 」
「そりゃ構わないが…… お前、それを一人でやるつもりか? 」
「 魔族がその中にいれば、また戦争の種になりかねないだろ。 人間族の問題は人間族だけの方がいいんだよ 」
目を閉じたままめんどくさそうに答えたエンデヴァルドは、そのまま静かな寝息を立て始める。
「まったく…… お前一人の問題じゃないだろうに…… 」
モーリスは頭を掻きながら厨房へ戻っていく。
「んで? お前らは何食うんだ? 席に座った以上は何か注文していくんだよな? 」
ビクッと反応した魔族達は、慌てて一斉にメニュー表を広げて顔を隠すのだった。
「姉さんはどうする? この腐れ勇者に半分食われたんだろ? 」
「え…… ええ! お腹いっぱいよ 」
唐突に話を振られた彼女は、思わず苦笑いでモーリスに返す。
「遠慮するな。 ダークエルフだろうがなんだろうが、腹が減るのは変わらねぇ 」
モーリスはニヤっと歯を見せて彼女に答えた。 その様子にメニュー表を眺めていた狐耳の魔族がプッと吹き出す。
「笑われてるけど…… あなたは私に偏見はないの? 」
「そいつの受け売りじゃねぇけどな、種族がどうだろうが一つの命なんだ。 おいお前ら! 全員ミートソースでいいな! 」
注文を決めかねている魔族達に彼が吠えると、『えー!』と大ブーイングが起きた。
「チマチマ作るのめんどくせぇんだよ 」
ダンとカウンターを叩くモーリスに、笑う者やげんなりする者様々だ。
「フフ…… それじゃもう一皿お願いしようかしら 」
セレスが笑顔で返すと、モーリスは『おうよ』と満面の笑みを見せた。 そんな彼の耳を、奥から出てきた人間族の女性が引っ張る。
「いてて! やめろハンナ! 」
「ご機嫌ねモーリス。 美人に声をかけられてとっても嬉しそうじゃない 」
「ハンナ…… さん? 」
「ああ、俺の嫁だ。 ちょいとワガママだが、仲良くしてやってくれ 」
緑の瞳に金髪の三つ編みのハンナは、モーリスの耳を引っ張ったままセレスに会釈する。
「コイツも種族なんぞ気にせず俺の側にいてくれる。 今の俺があるのも、コイツがいてくれるおかげだ 」
モーリスとハンナはお互いを見合って微笑む。
「セレスさん、いっそのこと貴女が国の主導者になってはどう? 」
「へ? 」
「だって、人間族が主導でこんな理不尽な世の中になってしまったのよ? 魔族主導だってきっと同じ事をすると、アタシは思う。 なら、両族の血を引いた貴女が主導ならちょうどいいじゃない 」
「え…… あ…… ちょっとそれは…… 」
「お前、そう簡単には…… 」
大真面目な顔で人差し指を立てるハンナに、セレスとモーリスは苦笑いだ。
「いいなそれ。 お前が国王やれセレス 」
「は!? 」
ビックリして振り向く彼女に、いつの間にか起きたエンデヴァルドは目を輝かせるのだった。