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53話 フォーレイアの親分

 本体であるフローレンを失った沼のスライムはエナジードレインの力を失い、中心部から順に水へと変化して、大地へと染み込んでいっている。 とはいえ、この地一帯を囲む山脈はまだ山裾が見えないほど紫の瘴気が濃い。 この中を進むのは危険だと判断した二人は瘴気が消えるのを待つ間、一度ユグリアに戻ることにしたのだ。


 沼地からユグリアへはフォーレイアの村を経由する必要がある。 馬車を失った二人は、途中休憩を何回も取りながらひたすら歩く。 馬車なら2時間程で戻れた道だったが、二人がフォーレイアに辿り着く頃には陽が傾き始めていた。


「ハラヘッタ…… モウアルキタクネェ…… 」


 背中を丸めて気だるそうに歩くエンデヴァルドに対し、セレスは後ろ手で鼻歌混じりに彼の後ろを歩く。


「なんでそんなに嬉しそうなんだよ? 」


「んー? こんな風にエバ様と二人で歩くのもいつ以来かなと思って 」


「あー…… 最近はマリアとかうるせぇのがいたからな 」


「ねぇエバ様! ユグリアに戻らないで今日はここに泊まりましょうよ! 」


 セレスは覆い被さるようにエンデヴァルドの背中から抱き付く。


小さくても(・・・・・)愛があれば、私は別に構わないわよ? 」


「うるせぇよ! 見かけによらずコイツ、デカ…… じゃなかった、腹へった! 飯食うぞメシ! 」


 耳元で意味深に囁く彼女を、彼は頬を赤く染めて振り払う。 逃げるように宿屋へ入っていった彼に、彼女は軽くため息を吐いて後に続くのだった。


「おい店主、腹のふくれる奴を頼む 」


 あまり賑わってはいない宿屋の食堂。 その一番奥の席にドカっと腰を降ろしたエンデヴァルドは、厨房で暇そうにしていた隻眼の豚鼻の店主を呼びつけて料理を注文する。


「兄ちゃん、ウチは前払いなんだ。 払うもの払ってからじゃないと出せねぇよ 」


「兄ちゃ…… しゃあねぇ、セレス 」


 エンデヴァルドが面白くなさそうな顔でセレスに目を向けると、彼女は『持ってないわよ』とそっぽを向く。


「魔王だぞ!? メシ代くらいツケにしてくれ! 」


「あ? 坊ちゃんは外食なんぞしねぇし、お供も付けないでこんな所に来るわけがねーんだよ! 魔王だかパオーンだか知らねぇが、金ねぇなら帰れ! 」


 豚鼻の店主はエンデヴァルドとセレスをヒョイっとつまみ上げて入り口へと向かう。  


「この人、リュウ様の顔を知らないみたいね 」


「そんだけ籠の鳥だったんだろ。 情けねぇ奴だ 」


 二人は猫のように運ばれ、路上に放り出されたその時だった。


「いたぞ! エンデヴァルドだ! 」


 その声に二人が振り向くと、剣や槍の他に構や鍬といった武器を持った魔族達が、宿屋の入り口を取り囲んだのだ。 魔族達は二人に武器を構え、その切っ先はエンデヴァルドではなくセレスに向けられる。


「アンタが全ての元凶だろ、ダークエルフ! 」


「あ? 」


 エンデヴァルドの表情が一気に曇る。


「頭の悪い勇者の末裔を(たぶら)かして、この国を滅茶苦茶にするつもりなんでしょ! 」


「リュウ様を返せ! 『失われた御力』を奪うな! 」


「ユグリアに軍まで呼び寄せやがって! 魔族を全滅させる気か! 」


 魔族達はセレスに罵声を浴びせる。 やがて二人を取り囲んでいた魔族達だけでなく、その輪は騒ぎを見ていたフォーレイアの住人にまで広がっていったのだった。


「…… 」


 セレスは口を開かず魔族達を流し見て立ち上がり、スカートの裾に付いた砂を掃った。


「…… 否定はしな…… 」


「謝んなバカが! 」


 向き直って頭を下げようとした彼女を、エンデヴァルドは背中から突き飛ばす。 転んで四つん這いになったセレスは、目を開いてエンデヴァルドに振り返った。


「なにするのよ! 」


「黙ってろ! おいお前ら! 悔しかったら力ずくでも取り返してみろや! 」


「「「あぁ!? 」」」


 座ったまま腕を組み、ゲス顔で煽る彼を魔族達は一斉に睨み付ける。


「調子に乗るな腐れ勇者! 」


「偉大な祖先の威光を傘に着て、贅沢三昧してるお前に言われたくないわ! 」


「そもそも勇者一族と言ったって人間族の勇者でしょ! 私達にとっては破滅に追い込んだ敵よ! 」


 民衆の怒りはヒートアップし、その中から石を投げる者まで出てきた。 エンデヴァルドはセレスの前に立ち、自分を盾にして石を受ける。



  ガツッ



 大きめの石がエンデヴァルドの額を直撃した。 だが彼は怯む事なく魔族達を見据える。


「じゃあ、どうするよ? オレを殺せば気が晴れるのか? 」


 尚も敵意を剥き出しにする魔族達に、エンデヴァルドがそう言った時だった。


「やめろお前ら! 」


 エンデヴァルドの背後から、空気を震わせるような怒声が飛んだ。 その途端に石の雨は止み、民衆は沈黙する。


「お前1人殺したって意味がねぇんだよ 」


 そう答えたのは、宿屋から出てきた豚鼻の店主だった。


「モーリスさん…… 」


 モーリスと呼ばれた豚鼻の店主は、エンデヴァルドとセレスをギロッと見下ろした。


「おい兄ちゃん、お前が『失われた御力』を持ってるのなら、なんで今使わねぇ? 一捻りだろうが 」


「コイツらの怒りは最もだからな。 力でねじ伏せるのは簡単だが、そんな気分じゃねぇ 」


 肩越しにモーリスを見据えるエンデヴァルドと、睨み付けるように上から見下ろすモーリス。


「モーリスさん! アンタだってその目を人間族にやられたんだろ!? 」


「確かに片目は潰されたが、殺されそうになった俺を救ったのも人間族だ 」


 モーリスは腕組みして壁にもたれ掛かった。


「お前があの腐れ勇者なら、元シルヴェスタ西方面軍のモーリスを忘れたとは言わさねぇぞ? 」


「…… 知らねぇな。 部下に裏切られてボコられた隊長なんて奴は 」 


 白々しい目を向けるエンデヴァルドに、モーリスはニヤリと口元を吊り上げる。


「入れ。 残飯くらいは食わせてやる 」


 フンと鼻を鳴らしたモーリスは、顎で二人に合図して宿屋へ引き返していったのだった。




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