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52話 怨念の先に

 500年前、ユグリアに追い詰められた魔王グリザイアは、北方からの人間族軍の侵攻を遮断する為、ベイスーン沼地をイメージグローブによって作った。 それは現在のような生命力を奪うような沼ではなく、空を飛ぶ術を持たない人間族の足止めの為のトラップだった。 水田の土のような柔らかい泥は進軍する人間族軍の足を鈍らせ、迎え撃つ魔族は対岸から攻撃して侵入を防いでいたのだった。 その魔族軍の指揮を執っていたのが、魔王グリザイアの妻でありダークエルフであるフローレンだった。


 魔王グリザイアは沼地を作る為に力を使い果たし、配下によって魔王城へと運ばれる。 フローレンは残り僅かな兵を率いて、魔族を守る為に沼地を最終防衛ラインとして人間族軍を迎え撃ったのだ。


 人間族軍の消耗戦と思われた戦いだったが、そこに勇者エターニアが現れる。 エターニアは自軍の兵士を沼地にわざと進ませ、その背中や頭をを踏み台に沼を越えた。 その腕を存分に振るって対岸の魔族を倒し、魔王グリザイアへの見せしめとしてフローレンを捕らえ、沼地の中央に沈めて軍旗を彼女の胸に突き刺し大地に縫い付けたのだった。


 幸か不幸か、エナジードレインを有していたフローレンは沼地で倒れた兵士の生気を吸い取り、かろうじて命を繫ぐ。 胸の傷口から流れた彼女の血は沼の水を取り込み、スライム状となって沼を進軍した兵士の生気を次々に食らった。 やがて戦争は終結したが、彼女の勇者への恨みは消えず、兵士の死体を飲み込み、沼地に踏み込んだ獣の生気を吸い、彼女を500年もの間生かし続けたのだった。





「言え。 誰がお前をここに縫い付けた? 」


 エンデヴァルドはその過去を知らない。 フローレンも、その事実をエンデヴァルドに語るほど体力は残っていなかった。


  - 魔族を…… エターニ…… ア…… - 


「エターニアだな? お前を苦しめてるのは勇者なんだな? 」


  - 魔…… 王様…… -


 とうに枯れた筈の涙が、彼女のこめかみを伝った。 スライムの大半を失ったフローレンの体は、黒いモヤを出しながら萎んでいく。 本能的にエナジードレインを発動する体が、生きようと必死にもがいているのだった。


「エバ様…… 彼女を眠らせてあげて…… 」


「ああ…… 分かってる 」


 立ち上ったエンデヴァルドは、逆手に聖剣を握って高く掲げる。


「エターニアは俺がぶん殴てやる。 安心して眠れ 」


 振り下ろされた聖剣がフローレンの心臓を貫くと、その体は風に溶けていくように骨と化していったのだった。 


「コイツ、エターニアが憎いって言ってたな。 知ってるか? 」


 背中を向けたまま問うエンデヴァルドの声は重たい。


「…… ダークエルフが魔王グリザイアの妃だったという伝記はあるわ。 実話なのかどうなのかは定かじゃないし、彼女の事かどうかもわからないけど 」


「そうかよ…… 」


 やがて紫色の瘴気は晴れ、厚く立ちこめていた雲の隙間から陽の帯がフローレンとエンデヴァルドの頭上から差し込んだ。 フローレンは骨だけになったが、エンデヴァルドにはその顔が穏やかなものに見えていた。 それを見届けて、魔王エンデヴァルドは遺体に背を向けて歩き出す。


「行くぞセレス 」


「行くって? 」


「決まってるだろ、フェアブールトをぶん殴りに行く 」


 未だ瘴気が晴れないオルゲニスタを見据えて歩き続けるエンデヴァルドに、セレスはその場に留まって問いかけた。


「それは魔王として? 勇者として? 」


「決まってる、エンデヴァルド(・・・・・・・)としてだ 」


「私の知る『エンデヴァルド』はそんな顔しないわ 」


 エンデヴァルドは足を止めてセレスに振り返る。


「なんだっていいだろ! オレは今ムカついて仕方がねぇんだよ! 」


 怒声をセレスにぶつけるエンデヴァルド。 ドンと突風が吹き、地面は棘のようにあちこちが隆起し、水の竜巻が何本も立ち上がる。 彼の感情に呼応してイメージグローブが暴走し始めているのだ。


「良くない、大事な事よ 」


 セレスは目の前で起こっている天変地異に臆することなく、怒り狂う彼を見据えた。


「もう一度聞くわ。 あなたは魔王? 勇者? それともエンデヴァルド? 」


 二人はしばらく睨み合い、先に動いたのはエンデヴァルドの方だった。


「…… んだあああぁぁぁ!!! 」


 エンデヴァルドが吠えると、地面は地響きを立てながら二人を囲うように隆起し、水の竜巻は嵐になって雷を呼ぶ。 嵐は大雨を伴って、この地一帯を洗い流すかのように吹き荒れた。


「オレは魔王でも勇者でもねぇ! エンデヴァルドだ! 善だとか悪だとか、正義だろうが邪だろうが関係ねぇんだよ! 」


 力を思いっきり放出し、屈んでゼェゼェと肩で息をする。 やがてセレスに向けて起こした彼の顔は怒りで歪んだものではなく、その目はしっかりと彼個人を主張するように光を(たた)えていた。


「ええ、そうね。 よくできました 」


 セレスはホッとため息をついてエンデヴァルドに優しく微笑む。


「なんなんだよお前は! 俺の母親(おかん)か! 先生か! 」


「保護者よ? だってエバ様、お子ちゃまなんだもの 」


 ケラケラと笑う彼女に、彼は地団駄を踏んで悔しがっていたが、唐突に『フン』と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「…… 助かった。 オレは大事なものを見失っていたんだな 」


「そうね。 でも心配なんてしていなかったわよ? あなたならすぐに立ち戻ってくれると思っていたもの 」


 吹き荒れていた嵐は弱まり、再び陽の光が雲の隙間から顔を出し始める。 その光の一端を眺め、セレスはフッとため息を漏らす。


「見て、エバ様 」


「あん? 」


 セレスが指差した先…… フローレンの遺体の横には、一本の小さな草の芽が顔を出していたのだった。


「なんだこれ…… 怨念が晴れた途端、芽が息吹くとか出来すぎじゃねえのか? 」


「いいじゃない? きっとこの人も、エバ様に期待してるんだと思うわよ? 」


 エンデヴァルドはその芽を見つめ、『ケッ』と大袈裟に吐き捨てる。


「ダークエルフが栄養豊富なんだろうよ? 痩せた土地にダークエルフ一本! なんてな 」


「…… 今、世界中のダークエルフを敵に回したわよ? エバ様 」


 逃げるように走っていくエンデヴァルドに、セレスはもう一度芽吹いたばかりの草に視線を向ける。


「…… おやすみなさい。 次にあなたが生まれて来た頃には、きっとこの国も私達が住みやすい世の中になっていると思うわ 」


 セレスの呼びかけに答えるように、芽は雫を垂らして微かに揺れるのだった。






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