51話 沼の正体
エンデヴァルドはセレスを抱き寄せ、地面に聖剣を突き立てて地面を隆起させ、自らを打ち上げて沼の津波を回避する。 勢い余って宙に舞ったエンデヴァルドはセレスを抱えたまま聖剣を振り、突風に任せて大きく後退した。
「無事かセレス! 」
風を上手く使って着地したエンデヴァルドがセレスの顔を覗き込むと、セレスはカタカタと歯を鳴らして震えていた。
「エバ様…… あれ…… 」
セレスが指差したのは沼の津波に飲み込まれた馬車。 馬車は金属部を残して朽ち、馬はミイラのように皮と骨だけになっていた。
「エナジードレインよ…… 私のものとは比べ物にならないほど強力な! 」
セレスはエンデヴァルドにしがみついて必死に訴える。
「ってことは、あの沼は生きてるって事だな。 道理でイメージグローブで操れない筈だぜ 」
「そんな呑気なこと言ってるんじゃないわ! エナジードレインはダークエルフしか持たない特殊能力なのよ!? どうして沼の水が…… 」
その答えはセレスも予想していた。 が、否定しなければ気が狂いそうだったのだ。
「簡単じゃねぇか。 アレは水じゃねぇ…… ダークエルフだったってことだろ 」
エンデヴァルドの腕にしがみつくセレスの手に力が入る。 爪はエンデヴァルドの華奢な腕に食い込み、目は恐怖で視点が定まらないほど泳ぐ。
「正確には、ダークエルフのなれの果てってところか。 どうしてこんな姿になったのかは分からねぇが、沼に近づいた連中を食って生き永らえてんだろうな 」
ドロッとスライムが這うように迫ってくる沼の水を、エンデヴァルドは冷静に分析する。
「嘘でしょ…… 私もこんな…… こんな風に…… 」
ゆっくりと迫ってくる沼の水を見て放心状態のセレスに、エンデヴァルドは頭を鷲掴みにして無理矢理振り向かせた。
「ならねぇよ。 オレがさせねぇ 」
目と目を合わせ、コンと軽く頭突きをかましたエンデヴァルドは、ワシワシと頭を撫でて立ち上がる。
「エバ様…… 」
「もしお前がこうなったらオレが殺してやる。 心配すんな 」
そう言い放って、エンデヴァルドは這い寄ってくる沼の水に聖剣を突き立てた。
ジュッ
エターニアを突き立てた沼の水は、蒸発するような音を立てて白いモヤを放出する。 ドロドロのスライム状だったものが透明な水に変わり、緩やかに地面へと滲みこんでいった。
「どうやらコイツ、エターニアが嫌いらしいな 」
逃げるように引いていく沼の水に、エンデヴァルドはもう一度聖剣を突き立てる。 やはり沼の水は聖剣によって浄化され、綺麗な水となって滲みこんでいった。
- おのれエターニア…… 憎い…… 憎い憎いニクイィ!! -
エンデヴァルドとセレスは、低い憎悪の声をはっきりと聞いた。 引いていく沼の水…… いや、スライムを、エンデヴァルドは片っ端から浄化していく。
「おらぁ! おらオラオラぁ! 弱点がわかりゃ怖くねぇんだよ! 」
エンデヴァルドは地を蹴り、クレーターのようにスライムを囲って聖剣を突き刺す。 爆発するように白い霧を噴出させ、スライムは透明な水に変わり、クレーターの中に池を作った。
- ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アァァ! -
スライムは再び津波となってエンデヴァルドに襲い掛かった。
「うるせぇんだよ! 」
振り向き様にエンデヴァルドが一閃すると、津波は瞬時に透明な水に変わってエンデヴァルドを飲み込んだ。
「エバ様!! 」
セレスが叫んだ瞬間、透明の水はエンデヴァルドを中心に渦巻いて巨大な水柱を作り、スライムの沼を押し流していく。
「行くぞセレス! 」
「え? 行くって…… 」
「本体を見つけるんだよ! これがダークエルフだってんなら、どっかにこのスライムを生み出した元があるだろ。 そいつを見つけてぶん殴ってやる! 」
エンデヴァルドはエターニアを振り回してどんどんと突き進む。 右から左から襲ってくるスライムを次々に綺麗な水に変え、沼の中心へと走り続けた。
「ま…… 待ってエバ様! 」
セレスは紫色の霧に溶けていくエンデヴァルドを必死に追う。 浄化された水たまりには頭蓋骨や武具が残され、その武具には人間族軍の紋章と旧魔族軍の紋章が入り乱れていた。
- おのれ! ヲノレ! おのれエターニア! -
トンネル状に水柱を展開し、スライムからの攻撃を防ぎながら、エンデヴァルドは怨霊のような声が強くなる方へと突き進む。 紫色の瘴気はどんどん濃くなり見通しが悪く、エンデヴァルドは聖剣を振り回して竜巻を起こして瘴気を一掃した。
「エバ様、何かある…… 」
その先に見えた十字架のような物。 それは地面に垂直に突き立てられた、十字架を模した長い杖だった。
「こいつか…… 」
その杖に胸を貫かれ、大の字で仰向けに倒れている人間族の女性。 頬は酷くこけ、薄目を開けて死んでいた。
「ひどい…… 」
セレスは口を押さえて後退る。 杖は深く突き刺さっているらしく、女性はその杖によって大地に縫い付けられていたのだ。
ー おのれエタ…… おのれエターニア…… ー
女性の口がわずかに動く。 女性は死んでおらず、体からはエナジードレインの黒い霧が僅かに出ていた。
「沼に入り込んだ奴らの生気を、スライムを介して吸い取ってたんだろうな 」
エンデヴァルドの言葉に、セレスは涙を浮かべて顔を背ける。 エンデヴァルドは無表情で女性を見据え、そして杖の十字架部分に目線を移した。
ー おのれ…… おのれ…… ー
「シルヴェスタの紋章だな…… トラップの贄か? 」
エンデヴァルドが杖に手をかけると、杖はエンデヴァルドを拒むようにバチっと弾き飛ばす。 エンデヴァルドは杖の反発に弾き飛ばされ、セレスを巻き込んで倒れた。
「…… んの野郎! 」
エンデヴァルドは再び杖を女性から引き抜きにかかる。 だが杖の反発は強く、エンデヴァルドはまたも弾き飛ばされてしまった。 手は赤く焼けただれ、血がポタリと落ちた。
「やめてエバ様! 」
弾き飛ばされてもまた杖に向かっていくエンデヴァルドを、セレスは正面から抱き止めた。
「うるせぇ! アレを抜かなきゃあの女を助けられねぇだろが! 」
振り払おうとするエンデヴァルドに、セレスは必死に食い下がる。
ー 魔王…… 様…… ー
女性の半開きの目がエンデヴァルドを見据えた。 エンデヴァルドは静かにセレスを押し退け、女性の前に立つ。
「魔王じゃねぇ、エンデヴァルドだ 」
ー エンデ…… ヴァルド…… ー
生気の感じられない女性の目を、エンデヴァルドはじっと見据える。
「名は? 教えろ 」
ー とうに忘れた…… ー
エンデヴァルドから目線を反らし、紫色の空を見上げた女性の前に、エンデヴァルドはドカっとあぐらをかく。
「え、エバ様! 」
「なら名は別にいい。 誰がお前をこうした? 言え 」
エンデヴァルドは空を見続ける女性に、静かにそう問いかけたのだった。