47話 勇者とベアウルフ
「…… どうしたんでぇ? 姐さん 」
ベースキャンプの前に止まった馬車から誰も降りてこない事に異変を感じたベアウルフ達が、少し警戒しながらセレスに声を掛けた。 ベアウルフ達は、セレスの事を覚えていたのだ。
「姐さん、泣いてるのか? 」
「何でもないわ。 すぐ立ち去るから気にしないで 」
セレスは、涙を拭いてベアウルフ達に微笑む。 ベアウルフ達が首を傾げる中、リーダー格のグリフが馬車のドアを乱暴に開けて中を覗いた。
「おい勇者の兄さん! ちょっと表出ろや 」
「…… 僕? 」
初対面のリュウは、自分を指差してキョトンとする。
「話が違うじゃねぇかコラ! 」
グリフは突然リュウの襟首を掴み、馬車から強引に引きずり出した。
「アンタは俺らに迷惑をかけねぇって言ったよな!? なのになんだこのザマは! 」
「え…… ちょっと意味が…… 」
エンデヴァルドの体の体格をものともせず、かれはリュウを締め上げる。
「強襲部隊のみならず、西方ゲッペル軍まで呼び込みやがったな! おまけに10合付近を派手に吹き飛ばしやがって! 」
「ご、ごめんなさ…… 」
事情が分からずも、リュウは物凄い剣幕で怒る彼に謝ろうとした時だった。
「うるせぇよ犬っコロ! だからそのツケを払いに来てやったんだろうが! 」
エンデヴァルドは馬車から飛び出し、リュウに絡むグリフに蹴りをかました。
「んが! 何しやがるこのクソガキ! 」
思わぬ伏兵によろめいた彼は、リュウが魔王だという事を知らない。 エンデヴァルドを捕まえようと手を伸ばしたが、エンデヴァルドはヒラリと避けて金的を打ち込んだ。
「アはっ! ほああぁぁ!! 」
堪らずのたうち回るグリフ。 エンデヴァルドはリュウの背中で拳を拭いた後、呆気に取られる他のベアウルフ達に向かって怒鳴り散らした。
「文句があんならオレに言え! オレが勇者…… いや、魔王エンデヴァルドだからよ! 」
「「「…… は? 」」」
ベアウルフ達は一斉に呆ける。
「いや、だから! オレがお前らの知ってる勇者だって 」
呆けていたベアウルフ達は一瞬固まり、爆発するように大爆笑した。
「坊主…… 悪い事は言わねぇ、こいつに憧れるのはやめとけ! 」
「いい人生送れねぇぞ? 」
ベアウルフ達はエンデヴァルドの姿のリュウを指差して、口々にエンデヴァルドを非難し始める。
「やかましいわ!! 」
エンデヴァルドがドンと地を蹴ると、ベアウルフ達が立っている地面が盛り上がって彼等をひっくり返した。
「なっ!? この力、『失われた御力』じゃねぇか! 」
「まさか坊主…… ドラゴニュートなのか! 」
「だから言ったじゃねぇか、魔王だって。 いちいち説明がめんどくせぇ…… 」
唖然とするグリフ達を前に、エンデヴァルドは肩を落としてため息を吐くのだった。
一通りの説明をリュウから聞いた彼等は、エンデヴァルド達の馬車を上座に見立てて、整列して正座をしていた。 御者台には苦笑いのリュウが座り、エンデヴァルドとセレスは馬車の中に引き下がっていた。
「魔王リゲル様のお孫さんとは知らず、とんだ無礼を…… 」
頭を下げるベアウルフ達に、リュウも『こちらこそすいません』と頭を下げる。
「だが俺達は、リゲル様が魔族の長だとは思っちゃいねぇ…… 」
頭を上げたグリフ達は、一様にリュウを見据える。 礼儀として魔王リゲルには敬意を払うが、何の力も持たない魔王を頼りになどしていないと話す。
「飴玉事件の時、リゲル様は暴動を鎮めはしたがそれっきりユグリアに籠っちまった。 魔王の力の欠片もねぇ事情はわかったが、それでも人間族にされるがまま何もしねえのは納得いかねぇんですよ 」
「気持ちは分かります。 ですが、おじい様が魔族を守ろうと奮闘していまし…… 」
「それがこの結果か! 」
ベアウルフの1人が拳を握りしめてリュウに食って掛かった。
「事件以降、ユグリアに逃げてきた同胞は数知れない! この地はまだいいが、向こうに残された同胞はどうなる! あのワーウルフの姉ちゃんのように見捨てるのか!? 」
「我々は分かり合えたんじゃなかったのか!? 」
もう一人のベアウルフが同じように立ち上がった。 つられてまた一人、また一人と拳を握りしめてリュウに突っ掛かる。
「人間族こそ悪じゃねぇか! 大戦後、人間族を救ったのは俺達魔族だろう! 」
「いや違う…… そもそもの原因はダークエルフなんじゃないのか? 」
一人のベアウルフが言った言葉に、拳を振り上げていた者達の動きが止まった。 グリフ達にはセレスがダークエルフだという事を話していないが、話の流れでマリアがダークエルフだという事にについては説明していたのだった。
馬車の中のセレスは腕を組んだまま、瞬き一つせずどこともない一点を見つめている。
「あのとんがり帽子が災厄を持ってきたのか…… 」
ベアウルフ達の中に憎悪が渦巻く。 やがてその憎悪はリュウに向けられ、仲間だと言っていたエンデヴァルドとセレスに向けられた。
「勇者エンデヴァルド、そもそもがアンタがあのとんがり帽子と一緒にここへ災厄を連れて来たんだ 」
グリフは開けっ放しにしていた馬車のドアの前に立つ。
「この腐れ勇者が! 勇者ってのは大戦が終わっても尚俺達を苦しめるのかよ! 」
「あ? 」
「お前ら勇者一族が国王の膝に…… いや、シルヴェスタ国民の上に胡坐をかいてぐうたらしてるのがそもそもの原因なんだよ! だから国王はお前らが目障りで、俺達魔族はその出汁にされたんだ! 」
睨み付けるグリフを、エンデヴァルドは何も言わず見据える。
「…… やっぱそういうことだよな? うん 」
「え? 」
あまりにも拍子抜けなエンデヴァルドの言葉に、彼はポカンと口を開けるのだった。




