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46話 魔王の力

 同じ頃。 エンデヴァルドとリュウは、セレスが操る馬車ルーツ山脈五合目のベースキャンプを目指していた。 目的は、崩れた峠道の下見と王国軍の警戒。 状況によっては峠道を封鎖してしまおうとリュウは言う。


「あ? フォーレイアから北に道を作るだと? 」


「はい。 フォーレイアの北のベイスーン沼地は、かつては農地で、北の都オルゲニスタへと続く道があったそうです 」


 山で囲まれたユグリア地方の北には、人間族と魔族の生活圏を分断するように沼地が広がっていた。 底なしと恐れられているベイスーン沼地は、かつての魔王グリザイアが人間族の進攻を阻む為にイメージグローブで作ったとされ、500年経った今でも足を踏み入れる者を拒み続けていた。


「知ってるか? セレス 」


「500年も前の事なんて知らないわよ。 でもあの沼、大戦時の魔王様が作ったものなんでしょう? 」


 話の先が見えたセレスは、エンデヴァルドに得意気な目線を向ける。


「まさかお前ら、オレにその沼地を元に戻せって言うんじゃないだろうな? 」


「エンデヴァルドさんならやってくれると信じています! 」


 キラキラ目のリュウに、エンデヴァルドは馬車馬がビックリするほどの大声で噛みついた。


「出来るわけねーだろ! オルゲニスタ側からしか見たことねーがな、どんだけ広いと思ってんだゴルァ! 」


「そうねぇ…… カーラーンがすっぽり入っちゃうくらいかしら? 」


「ニッコリ笑って『かしら?』 じゃねぇ! イメージグローブは万能じゃねぇんだよ! 」


 エンデヴァルドはセレスにガルルと威嚇するが、セレスはエンデヴァルドの頭を押さえて軽くあしらっていた。 そんな二人に苦笑いをしていたリュウは、山頂に視線を移して呟く。


「この峠道を封鎖してしまえば、僕達は外との繋がりを失って孤立してしまいます。 ただでさえ蟲の脅威で往来が少ないのに、僕達の方から人間族と魔族の隔たりを大きくするわけにはいきません 」


 真っ黒な雨雲を抱き始めた山頂を見つめ、リュウは自分の心境を話し始めた。


「僕はこのルーツ山が嫌いです。 こんな人々を拒む山があるから、人間族と魔族はまた分かり合えなくなってしまった、と…… そう思うんです 」


 エンデヴァルドは初めて悲観的な言葉を口にするリュウを横目に、セレスと顔を見合わせる。 


「王都カーラーンともっと往来が容易ければ、飴玉事件の事もこんなにこじれる事はなかったかもしれない。 この山が災いを運んで来る…… 厄を降らせている…… そう思えてならないんです 」 


「お前の頭はどこまでもおめでたいんだな 」


 唾を吐き捨てるように、エンデヴァルドがリュウに突っかかった。


「山が悪い? 違うな。 山に隠れて暮らしてたお前が悪いんだろうが 」


「エバ様! それはリュウ様のせいじゃないでし…… !? 」


「黙ってろセレス 」


 口を挟もうとしたセレスを、エンデヴァルドは静かに制止する。 普段なら怒鳴り散らすエンデヴァルドが落ち着いている様子に、逆にセレスは恐怖を覚える。 それは、レオンを亡くした当時によく似ていたからだった。


「交流を持ちたかったのなら、何故もっと早くユグリアを出て来なかった? 何故ユグリアにもっと人間族を呼び込まなかった? それが出来ていれば、お前の言うように飴玉事件がこんなにこじれる事はなかっただろうよ 」


「…… 確かに、そうですね 」 


「人間族が魔王一族を敬遠していたのは否定しねぇ。 お前らが山を越えて来れなかった事情もなんとなく想像はつく。 だがな、お前がそういう思いを持ってたにも関わらず、リゲルに甘えて何もしなかったのはお前の責任なんだよ 」


 リュウは何も答えず、じっとエンデヴァルドの顔を見つめる。 エンデヴァルドもまた、リュウを真っ直ぐ見据えて口を閉じる。 沈黙のまま馬車は進み、間もなく5合目ベースキャンプと言うところまで来ていた。


「…… お前にはイメージグローブがあった筈だ。 こんなデタラメな魔王の力、使えばオレの襲撃も何と言う事はなかっただろ 」


「『使わなかった』ではなく、使えないんです。 僕にはその力がないと思ってましたから 」


 セレスは振り返って驚いていたが、エンデヴァルドは無表情でリュウの次の言葉を待っている。


「イメージグローブは先代から儀式で受け継ぐものなんです。 おじい様はお父様に引継ぎ、お父様は僕に引き継ぐ前に亡くなられました。 だから、僕の体でエンデヴァルドさんがイメージグローブを使えていることに、僕の方がビックリです 」


「ガラハールがあの魔王城の中で、お前の知らぬ間に引き継いだだけだろ。 何も不思議じゃねぇ 」


「そうですね…… 不思議じゃありません。 でも僕には使えなかった。 使えると知っていたとしても、僕にはきっと使えませんでした 」


 エンデヴァルドは片眉を上げる。


「アレは人を簡単に殺してしまう…… そんな力、僕は要らない! 」


 5合目ベースキャンプの手前で、突然馬車が止まった。



  バチィン



 峠道に乾いた音が響いた。 セレスが御者台から飛び降り、馬車のドアを乱暴に開けて、思い切りリュウの頬を振り抜いたのだ。


「その情けなさが、今のこの状況を作ったのよ 」


 セレスの目は黄金色に輝き、髪は赤黒く変色していた。 リュウはただただ驚き、セレスを呆然と見つめる。

 

「人を殺めるのが怖いだなんて、この世の中はそんな甘くないわ。 世の中を変えれるほどの力を持つ魔王がこんなお子様だなんて反吐が出るわよ! 」


 セレスの頬に涙が伝う。 返した手の平で、セレスはもう一発リュウを平手打ちする。


「話し合いだけで解決すれば誰も苦労しないわ! 力でねじ伏せなければならない状況なんて腐るほどあるのよ!? 私はそれを嫌になるほど見てきたし、経験してきた! 一部の人間族に好き勝手させているのはあなたのせいよ! 」


「止めろセレス 」


 エンデヴァルドは、更に殴ろうとしたセレスの手首を掴んで止めた。 手首からは黒い霧のようなオーラが出て、エンデヴァルドの生命力を吸い取り始める。


「離してエバ様。 死ぬわよ 」


「離さねぇ。 オレは死なねぇ 」 


 エンデヴァルドとセレスは暫く睨み合い、先に折れたのはセレスだった。 エンデヴァルドの手を乱暴に振りほどき、流した頬の涙をグイっと腕で拭う。


「ごめんなさい…… 馬車を進ませるわ 」


 セレスは静かに御者台に戻ってゆっくりと馬車を走らせる。 5合目ベースキャンプに無事辿り着いた3人だったが、終始無言で誰も馬車を降りる事はなかったのだった。



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