45話 弁当とメイド服
「エルー! 行きますよー! 」
翌日、体の2倍もある大きなリュックを背負ったグランが、大広間でエルを呼ぶ。 一回り小さな、と言っても体より大きなリュックを背負ったレテも隣に並び、二人はエルが来るのを待っていた。
「わぁっ! 似合うよエルちゃん! 」
パァっと笑顔になったレテの目線の先には、恥ずかしがってドアの影に隠れるエルの姿。
「こ…… こんな格好、どうしてしなきゃならないの? 」
「見た目も大事だからです。 萌えですよ、萌え 」
忍び寄るようにエルの背後に立ったマリアが、ドアごとエルを突き飛ばした。
エルとマリアはメイド服に着替え、朝早くから慰霊碑建設に向かった兵士達にこれから弁当を届けに行くのだ。 密かに兵士達の人気を集めていたエル。 彼女が差し入れをすれば士気向上に繋がると考えたマリアが、どうせならとエルに可愛いメイド服を着せたのだった。 だがこのメイド姿、一番気に入っていたのはマリア本人である。
「可愛いですよエル。 見違えました 」
グランの言葉にエルは顔を真っ赤にする。
「さあ行きましょう。 きっと皆さん、お腹を空かせて待ってますよ 」
グランを先頭に、エルはマリアに背中を押されて館を出発したのだった。
旧魔王城跡に到着した4人は、少し早めではあったが、作業している兵士達に声を掛けて弁当を配る。
「こ…… これ、まさかエル嬢が作ってくれたんですかい? 」
弁当箱を受け取った兵士は、差し出してくれたエルを前に手を震わせながら蓋を開く。
「ま、まぁ…… 具材を挟んだだけだけど…… 」
「おぉ…… 」
弁当箱の中身は、野菜炒めをたっぷり挟んだサンドイッチ。 エルが以前住んでいたカーラーンの貧民街でよく作っていた、肉物が少なくても腹いっぱいになるメニューだった。
「「「ウマい!! 」」」
兵士達は声を揃えてサンドイッチをがっつく。 それを見てエルは、恥ずかしがりながらも笑顔を溢していた。
「エル、大分元気になりましたね 」
グランは回収した空の弁当箱を整理しながらマリアに話しかける。
「ええ。 ここの兵士達とも徐々に打ち解けてきているようですし、彼女は可愛いですから。 もう私達がいなくても大丈夫でしょう 」
「え…… 」
マリアの言葉に驚いたのはレテだった。
「彼女にとって一番なのは、仲間と呼べる魔族と一緒に暮らすことです。 お仕事もありそうですし、人気も上々ですから、心配なく置いて行けます 」
「え…… え!? 」
困惑するレテにマリアは首を傾げる。
「エルと別れるのは寂しいですか? 」
レテは俯き、上目遣いでグランを見る。 『どうしようお兄ちゃん』という無言の訴えだ。 グランはレテに微笑み、迷わずマリアに答える。
「僕達は勇者様の命令に従いますよ。 僕達は、勇者様のお手伝いをする為にここにいるんですから 」
「お金は取った方がいいですよ? 仮にもあなた達は勇者サマに雇われてるんです、こき使われてるんですからガバガバ取ってオーケーです 」
真顔で言うマリアにグランは屈託なく笑い、レテも申し訳なさそうに小さく笑う。
「冗談はさておき、あなた達もここに残ってもいいと思います。 王国にケンカを売ったわけですし、これから先は血生臭い事が待っているでしょうから 」
「そうだとしても、僕達の気持ちは変わりません。 勇者様が『ついてくるな』と言わない限り、僕達はお供します 」
笑顔で答えるグランに、マリアは少し寂しげな笑顔で応えるのだった。
リュウの館の一室。 真っ白なシーツを敷かれたベッドの上で、ジールは目を覚ました。
「やっとお目覚めか? 」
ベッドのすぐ側では、メイド服姿のヘレンが柔らかい笑顔でジールの目覚めを迎える。
「…… 申し訳ありません、ヘレン様をお守りするどころか、死に損なってしまいました…… 」
かすれる声で呟くジールに、ヘレンは『喋るな』と優しく諫める。
「死に損なう…… か。 私も『死に損なった』のだ、お前を責める事はできんよ 」
「…… その格好はどうしたんですか? よくお似合いですけど 」
おもむろにジールがメイド服の事を指摘すると、ヘレンは頬を赤らめて大きなため息を吐いた。
「私への罰だそうだ。 『その格好で一生生き恥を晒すがいい』とエンデヴァルドから言われてな……
リュウ様にもそう言われ、生き恥を晒しているわけだ 」
「軍人に対してなんて無礼な…… 」
「もう剣は握るなという事なのだろう。 ついでにお前の分も用意されているぞ? 」
「はっ!? お断りしま…… げほっ! ゲホゲホ…… 」
起き上がろうとしてむせるジールを、ヘレンは背中をさすって再びベッドに寝かせる。
「命令だ。 私と一緒に生き恥を晒してくれ 」
「…… 」
恨みがましく見るジールに、ヘレンはフフッと柔らかく微笑む。
「軍の秩序に従い、王国の為に戦場で果てる…… 我が師バーグマンの教えに従い、それが全てだと思っていたが、どうやら私は間違っていたようだ 」
「…… 魔王ですか? 」
「まあ聞け。 ゲッペルに手も足も出ず、目の前でお前を殺されそうになっていたところを、リュウ様が救ってくれたのだ。 血まみれのお前を躊躇なく抱え、私に『必ず助ける』と…… まぁ、のろけ話と言われるのだろうが 」
「…… 」
「私はお前が…… 部下達が大事だ。 軍は我々を捨て駒のように見るが、リュウ様は我々のみならず、部下まで弔ってくれた。 その恩義に応えるべきなのではないか? 」
ジールはヘレンの目をじっと見つめていたが、スッとシーツを被って隠れてしまう。
「もうあなたは隊長でもなんでもありません。 好きにして下さい 」
「そうか…… では、私とお前の関係もここまでだな。 今までありがとう 」
ヘレンが微笑みながらため息を漏らすと、ジールはシーツから顔を出してヘレンを睨め付ける。
「勘違いしないで下さい! ヘレン様が隊長であろうがなかろうが、私はヘレン様について行くんです! 」
「そうか…… では、これからもよろしくな 」
ヘレンが柔らかく微笑むと、ジールは赤い顔をしてまたシーツの中に引っ込むのだった。