44話 勇者と踊り子の過去 その2
馬はエンデヴァルドの言う事をあまり聞かず、それでも一日でメゾットからエレン近くまで辿り着いた。 バテた馬を乗り捨ててエンデヴァルドは走り、ビュゼルの屋敷が見えてきた頃には既に真夜中。 門を警備していたビュゼルの配下を吹き飛ばし、屋敷内を破壊しながら二人を探し回った。
廊下には絶命した配下の者やうずくまって震えているメイド達。 レオンがここへ来ていると確信したエンデヴァルドは焦りつつも、レオンの想像以上の戦いぶりに頬を緩ませていた。
だが、配下が群がる一室に乗り込んだエンデヴァルドの表情が凍り付く。 目に映ったのは、血の海の中に横たわったレオンの姿と、裸に剥かれてビュゼルの横に倒れているセレスだった。 レオンはセレスを人質に取られ、身動きを封じられたところを八つ裂きにされたのだ。 血の海に沈んだレオンはピクリとも動かず、しかしその手にはエンデヴァルドが買い与えた長剣がしっかりと握られていた。
「…… お前が殺ったのか? 」
エンデヴァルドの低く静かな問いに、ビュエルは震えながら言い訳を始める。
「そ…… その小僧が大人しく帰らないのが悪いのだ! 」
エンデヴァルドは右往左往するビュゼルを見据えながら、レオンの流した血の上を進む。
「言う事聞かねぇから殺したのか? だからセレスも殺したのか? 」
セレスもまた、ビュゼルの剣によって腹を貫かれてうつ伏せに倒れ、目は半開きになり生気を失っていた。
ピチャ、ピチャっと音がする度にビュゼルは震え上がり、堪らず配下にエンデヴァルドを殺すよう命じた。 襲い掛かった配下達は、声を上げる間もなくエンデヴァルドに真っ二つにされ、一面血の海を作る。
「救えねぇ奴だな…… お前 」
蔑んだ目で聖剣エターニアを構えたエンデヴァルドは、目を見開いて絶望するビュゼルの眉間を戸惑うことなく貫いたのだった。
翌日、配達に来た運送屋の通報でビュゼルの屋敷には軍の手が入り、現場検証が行われた。 見るも無残な配下全員の惨殺死体と、寝室で顔面を貫かれたビュゼルの死体に、処理班の顔も苦痛に歪む。
「やっと、というところですかね 」
「ああ、やっとくたばってくれたというところだ 」
そんな中、ビュゼルの死体を前に北方面軍隊長のルイスベルと副隊長のハミルは鼻で笑った。
ビュゼルは貴族であると同時に、エンデヴァルドと同じ勇者一族の末裔の1人。 独占欲が強く、欲しい物なら強奪をしてまでも手に入れようとするような男だった。 もちろん王国はビュゼルの日頃の動向に目を光らせていたが、勇者一族の末裔という立場上黙認せざるを得なかったのだ。
「恐らくエンデヴァルドだろうな 」
ルイスベルは部屋をグルっと見渡し、不自然に出来た床の血溜りとベッドシーツの血痕に目を留めてため息をつく。 その血溜りにあった筈のレオンとセレスの姿は消えていた。
「ですがエンデヴァルドは殺しはしませんよ? 」
「よほど怒りを買ったのだろう。 一撃で人を真っ二つに出来る者など、私はエンデヴァルドしか知らぬ 」
「ではエンデヴァルドを追いまし…… 」
「放っておけ。 上層部には組織的な犯行として報告しておく 」
「それは…… 隊長はエンデヴァルドに期待していると言うことですか? 」
ルイスベルはフッと笑い、『どうだかな』と意味深な言葉を残して部屋を出て行く。 ハミルは困った顔で頭を掻き、部下を呼んで死体の回収を始めるのだった。
「すまなかったな…… 」
メゾットから東に行った小高い丘の上。 時期になれば枝いっぱいに花をつける大樹の下に、エンデヴァルドはレオンの墓を作った。 墓石はなく、代わりにレオンが最後まで握っていた剣を垂直に立てた。
「………… 」
エンデヴァルドの背中にはセレスの姿があった。 背負われて呆然とその剣を見つめるセレスは、腹に致命傷を負っていた筈だったが、それを救ったのはエナジードレインの力だった。 エンデヴァルドがセレスを担ぎ上げた時、無意識にエンデヴァルドの生命力を吸い取って一命を繋いだのだった。
「私がいなければレオンは死なずに済んだのよね…… 」
涙が頬を伝って、エンデヴァルドの肩に落ちる。
「そうだな…… 」
エンデヴァルドの言葉に、セレスは顔をエンデヴァルドの背中に押し付けて嗚咽を漏らす。
「私が…… レオンを殺した…… 」
「違うな。 油断したコイツが悪い 」
セレスは反論せず、エンデヴァルドの肩に置いた手に力を込める。
「そんな言い方ないじゃない…… 」
「…… そうか、悪かった。 だが、自分が生きて初めて他人を守れるもんだ。 それを教えたつもりなんだがな…… 」
エンデヴァルドはセレスを背負ったまま俯き、やがてそのたくましい肩が震え出す。 声を殺して涙を流すエンデヴァルドを、セレスは力一杯抱きしめるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「思えばあれからよね、あなたが横柄になっていったのは 」
エンデヴァルドの評判は、レオンを弔ったあの日以降より一層悪いものになった。 だがそれは、不用意に誰かを自分に近付けない為…… エンデヴァルドはレオンのように自分に憧れる者や、仲間を失う事を怖がった結果だった。
「元からだ! おう、セレス。 もう時効だから言うけどな、レオンはお前に惚れてたぞ 」
突然脈略もない話を振ってくるエンデヴァルドに、セレスはキョトンとしてプッと吹き出す。
「知ってたわよ。 私には『姉のように強くなりたい』って言ってたけど、バレバレなのよね 」
「なっ!? じゃあお前はレオンの恋心を弄んでたのか! 」
「失礼ね! 寿命の長いダークエルフと恋愛して、辛い思いをするのはレオンでしょう? あなたは別だけど 」
セレスはエンデヴァルドの上で反転して胸に抱き付く。
「あーあ、昔を思い出したらなんだか切なくなっちゃった! 」
セレスは抱きついたままエンデヴァルドの頬にキスをする。
「ばっ!? お前酔ってるだろ! 」
「あちこちの遊郭の常連が何を照れてるのよ! それだって匿った踊り子の様子見だったってバレてるんですからねー! 」
「うっ…… 何が言いたいんだよ!? 」
冷や汗を流しながらセレスを剥がそうとするエンデヴァルドに、セレスは急に真顔に戻って正面から見つめた。
「もう昔のあなたには戻らないの? 私を惚れさせたあの時のあなたに 」
「知るかそんな事! これがオレの素だってーの! 」
「きゃう! 」
エンデヴァルドはセレスを突き飛ばし、一目散に屋上から逃げて行く。
「意気地無し…… 」
1人屋上に残されたセレスは、青空を見上げながらパイプを吹かす。
「自分が生きて初めて守れるもんだ、か…… 。 エバ様がジールに怒るのも分かるわね 」
フーッと吐き出したタバコの煙は風に溶けて消えていく。 その煙の向こう…… 今頃、枝にいっぱいの花をつけているであろうあの丘の上の大樹の方向を、セレスはじっと見つめるのだった。