31話 30年前の真実
「最後に行われた魔王討伐令は、今から30年前になるそうだ。 私もまだ生まれていないので記録でしか知らぬが、主力3軍を率いて魔王城を攻めたとあった 」
額に汗を浮かべて話すヘレンは、エンデヴァルドの雰囲気に気圧されて思わず膝をついてしまった。
「エンデヴァルドさん、もう彼女に敵意はありません。 その威圧感は止めてくれませんか? 兵達も参ってしまっていますから 」
見るとオーク達も、真っ青な顔で俯いて顔を上げることが出来なくなっていた。
「敵意ねぇ…… 『フェアブールト様命!』とか言ってたのに、そんなにオレの体のリュウに惚れたか? 」
「バカを言うな! リュウ様の温かなお心に心を動かされたのだ! 決して貴様の体に惚れたのではない! 」
顔を真っ赤にして反論するヘレンに、エンデヴァルドは耳をほじりながら『ハイハイ』と軽く受け流す。
「別にどっちでもいいけどよ…… 続けろよ 」
「リュウ様は私に自分自身を大切にしろと言われ…… 」
「そっちじゃねぇよ! 誰がお前ののろけ話を喜んで聞くか! 」
顔を赤らめて言葉に詰まるヘレンに、リュウも『お願いします』と苦笑いで頼んだ。
「ぎ…… 御意 」
咳払いをし、ヘレンは立ち上がって深呼吸する。
「総勢2万の軍は、その数を半分に減らしながらもルーツ山脈を越え、魔王ガラハールを魔王城に追い詰めたと書かれていた。 ルーツ山脈を越えた軍はその後帰還…… 兵士によって伝えられた詳細では、魔王討伐に成功せしとある 」
「魔王討伐に成功だと? オレにはハッキリと魔王討伐しろって言ってたじゃねえか! 」
「当り前だ。 魔王が健在だと、シルヴェスタの国民が知ればどうなると思ってるのだ? 貴様に依頼したのも極秘だった筈。 我々だって、まさか魔王が実在するなど思ってもいなかったのだ 」
不意にエンデヴァルドが首を捻った。
「じゃあなぜお前らはルーツ山脈を越えてきた? 魔王が実在しないのなら意味ないだろ 」
「反逆者の貴様を追ってきたのだぞ! もう忘れたのか! 」
「…… おぅ、そうだったな。 ご苦労 」
さらっと流したエンデヴァルドに、ヘレンは唇を噛んで睨め付ける。
「リュウ様のお体でなければ即刻始末したい…… 」
「ダメですよヘレンさん。 手は出さないと約束した筈です 」
一歩下がって『御意』と答えるヘレン。
「一気にしおらしくなりやがって…… なんなんだ女ってのは 」
ブチブチと小言を言うエンデヴァルドは、再び白骨化した遺体を眺めた。 抱いているのは、骨の大きさや服装からして恐らく子供…… それも幼児だ。
「周りにうずくまってるのは従者か? 」
状況から察するに、人間族に攻められた魔王ガラハールは従者と共に、自らのイメージグローブの力で岩盤の中に閉じ籠ったのだ。 死しても尚落とさず子供を抱く姿は、ガラハールは我が身大事で閉じ籠ったとはエンデヴァルドには思えなかった。
「僕には父の記憶がありません。 オッタルなら、何か知っているかも…… 」
「いや、聞かなくても大体わかるさ。 コイツは自分を囮にして、この地の魔族を守ったんだろうよ 」
「どういうことだ? 」
エンデヴァルドは問いかけるヘレンを無視して玉座の遺体を見つめ、そして頭を下げる。
「…… リュウ、コイツらを弔うかどうかはお前が決めろ。 オレ達が手を出していい問題じゃねぇ 」
「はい 」
エンデヴァルドに促されて、リュウは岩盤の中へと入っていく。 リュウの背中を見つめていたヘレンは、エンデヴァルドの側に寄って『説明しろ』と低い声で詰め寄った。
「見て分からんか? ガラハールは自分を囮に、軍をこの王城に集めたんだよ。 城内に一手に集めて、イメージグローブで城内に軍を閉じ込めた。 外に散らばっている瓦礫がその残骸だ 」
「なぜ…… なぜ魔王が囮にならなければならない? 」
「魔族というだけで、人間族は魔族を敵視する連中が多いからな。 女子供だけでも逃がしたかったのかもしれん 」
リュウの背中を見送りながら語るエンデヴァルドに、ヘレンは言葉を詰まらせる。
「この地の魔族をユグリアの奥に避難させ、人間族の目を自らに向けた…… 魔王と運命を共にすると言った連中が、玉座の周りで息絶えた白骨死体だ。 ガラハールが抱いているのは、恐らく奴の子供なんだろうな 」
「子供って…… リュウ様の兄弟ということか 」
玉座の前にしゃがみ込み、頭を垂れるリュウを見据えるエンデヴァルドは、ヘレンの言葉には頷かなかった。
「共に果てると子供が言ったのか、何らかの理由で果ててしまった子供をガラハールが抱いたのかは分からねぇ…… だがどの遺体も乱れてないのは、静かに息を引き取った証拠だろ。 ガラハールが軍の手から最後までそいつらを守り抜いた証だ 」
「無抵抗の者を息絶えるまで追い詰めたと言いたいのか? 我々はなぶり殺しをするほど非道ではない! 罰せられる理由があるから我々は…… 」
エンデヴァルドはその小さな体でヘレンの襟首を引き寄せ、物凄い剣幕で怒鳴り散らす。
「たかが貴族連中の荷物を魔族の運び屋が誤って落としただけの事が、寄ってたかって袋叩きにする理由なのか!? 泣き叫ぶ魔族のガキを牢にぶち込んで、蟲除けの生贄にすることが罰するという事なのか!? ああ!! 」
「!? う…… 」
「そんな理不尽な状況をオレは腐るほど見てきた! それでもお前は『非道じゃない』と言い切るのか!? 」
目を見開いてヘレンは絶句する。 舌打ちをしたエンデヴァルドは、投げ捨てるようにヘレンの襟を離した。
「お前が悪い訳じゃねぇ…… どれもこれも貴族や王族のふんぞり返ってる連中がやってることだ。 だがな、それを『命令だ』と従ってるお前らも、オレから見れば同じクソッタレなんだよ 」
エンデヴァルドはそう言い残して、大広間の階段を静かに降りていった。 ヘレンはエンデヴァルドに怒鳴られた中腰の姿勢のまま固まり、やがて膝から崩れてその場に座り込んでしまった。
「我々は…… 今まで何をしてきた…… 」
「ヘレンさん、お手伝いをお願い出来ますか? 」
岩盤の中から戻ってきたリュウは、放心状態のヘレンの前に膝を付いて正対する。 ヘレンが恐る恐るリュウを見上げると、リュウは目を潤ませ、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「ユグリアの丘の上に、父の墓石があるんです。 皆をそこに眠らせてあげたい 」
「はい…… 」
ヘレンは俯き、膝に置いた傷だらけの拳を固く握りしめる。 その手の甲には、一粒の涙が落ちたのだった。