30話 魔王城のその先に
「あれ? どちらへ? 」
セレスが部屋を出たところで、廊下の奥からリュウが声を掛けてきた。
「ええ、ちょっと。 リュウ様の方は? 彼女を落とせましたかしら? 」
リュウは顔を赤くして恨めしげにセレスを見る。
「僕に彼女を誘惑しろだなんて、無茶もいいところです! 大事な役目だと言われたので、頑張ってはみましたが 」
セレスはヘレンから軍の内部情報を聞き出せないかと考え、リュウに尋問ではなく色仕掛けを頼んでいたのだ。 軍隊の特攻役である強襲部隊の隊長に、苦痛による尋問をしても無駄と判断したセレスは、多少なりともイケメンのエンデヴァルドの容姿を利用して、上手くこちらに引き込めないかと考えたのだった。
「なんだか煮え切りませんね…… ダメでした? 」
「いえ、それが…… 見てもらった方が早いかもしれません 」
「うん? 」
真っ赤な顔で俯くリュウは、セレスと目線を合わせることなくヘレンの部屋へとセレスを引っ張っていく。
「あら、まぁ…… 」
中を覗くと、ヘレンは虚ろな目で頬を火照らせ、全身汗だくでベッドに横たわっていた。 まだ余韻が残っているのか、体はたまにピクピクっと痙攣し、喋ることもままならない。
「…… 女はとうの昔に捨てたんじゃなかったのかしら? 」
「う…… るさい…… 」
湯気が出そうなほどなまめかしい息づかいで、ヘレンはセレスに反抗する。
「ちなみに、何をされたのです? リュウ様 」
「き、聞かないで下さい! 」
両手で顔を覆って恥ずかしがるリュウに、ヘレンは物欲しそうな熱い視線をリュウに送るのだった。
翌朝、エンデヴァルドは一人で再び旧魔王城を訪れていた。 護衛のオークが数人ついてきていたが、それらには構わず、崩れていない屋内へと足を進める。
「なんだよ…… 天井はどこも抜けてんじゃねーか 」
ぽっかり空いた天井から青空を見上げ、エンデヴァルドはため息を漏らす。
「まあ天井さえなんとかなれば使えないことはない…… か 」
青空が覗く通路を奥に進み、二階へと続いていたであろう崩れ落ちた階段を眺める。
「上が謁見の間になるのか? 光が射し込んでいるという事は、どうせ天井はないんだろうが 」
エンデヴァルドは床を階段状に隆起させて二階へと上がる。 螺旋状に上がった二階には、エンデヴァルドの予想通り、天井が部分的に崩落した大広間だった。 中央通路を示す赤絨毯はくたびれて色あせ、その両脇に数十本に及ぶ太い石柱は、半数以上が原型を留めていない。 支えきれなくなった天井は床に落ち、大広間の中央の床に大穴を開けていた。
「ん? 玉座はどこだ? 」
エンデヴァルドは大広間をグルっと見渡す。 赤絨毯は大穴を境に途切れていて、その先は岩盤のような岩壁が剥き出しになっていた。 玉座はどこにも見当たらず、崩れた天井によって押し潰されて下階に落ちたのかと予想したが、それにしては岩盤剥き出しの壁が不自然だった。
「おい、この先には何もないのか? 」
同行しているオーク達に、エンデヴァルドは岩盤を指差して尋ねる。
「さあ。 我々は崩壊後の魔王城しか知りませんし、ここまで中に入ったのも初めてなもんで 」
エンデヴァルドは岩盤に手を当て、じっと床の大穴と途切れた赤絨毯を見る。 床から突き破られたような赤絨毯の切れ端に気付いたエンデヴァルドは、この岩盤が自然の物ではないと見当をつけた。 よく見ると、岩盤の表面には削られた傷や跡が無数に残っている。
「お前ら、ちょっと下がってろ 」
ゴゴゴ……
エンデヴァルドはイメージグローブを発動させて岩盤を動かし始めた。
「こんなところで力を使っては危険ですよ! 振動でどこが崩れてくるのかわかりません! 」
「いいから黙って見てろ 」
地響きを立てながら岩盤はゆっくりと左右に割れ、その先の暗闇に赤絨毯の端が姿を現した。 『おぉ……』と歓声を上げるオークを尻目に、エンデヴァルドは岩盤の中へと足を踏み入れる。
岩盤の中は部屋のように岩盤が取り囲み、裂け目から僅かに光が射し込んでなんとか様子を確認できるほどの薄暗さ。 その真ん中には、リュウ専用の玉座とよく似た立派な玉座が置かれ、服を着たまま白骨化した遺体が綺麗な形を残したまま座っていた。
「そういうことかよ…… 」
白骨化した遺体の腕には、同じく白骨化した小さな遺体が一つ。 玉座に寄り添うように、何体かの白骨遺体が折り重なっていた。
「エンデヴァルド様…… 」
オーク達はエンデヴァルドの重苦しい雰囲気を感じ取って、岩盤の外から声を掛けた。
「恐らく魔王の亡骸だろ。 いつの時代のものかは知らねぇが、自らここに閉じこもったんだろうな 」
そこでエンデヴァルドの言葉は途切れた。 いまいち状況が呑み込めないオーク達は、エンデヴァルドに声を掛けようかとお互いの顔を見合わせて迷う。
「魔王リゲルの息子、ガラハールのものだろう。 大戦以降、魔王討伐は何度か行われたが、魔王の首は取れなかったと戦争記録で見たことがある 」
オーク達の後ろには、いつの間にかリュウとヘレンが立っていた。
「こんな近くにいらしたのですね…… お父様 」
無表情のリュウは、岩盤には近寄らずエンデヴァルドの奥を見つめ、静かに頭を下げる。 一歩下がって寄り添っていたヘレンも、リュウに見習って頭を下げた。
「なんだ黒ずくめ。 もう伴侶気分か? 」
「冗談を言っている時ではないエンデヴァルド 」
リュウの登場に、オーク達は一斉に道を作って膝をつく。
「亡くなられたとはおじい様から聞いていました。 ですが、どこでどのように…… と言うのは教えて貰えず、『ユグリアで静かに暮らすように』と厳しく言われていたんです。 まさかこんな近くにおられただなんて…… 」
俯いて涙を溢すリュウを、ヘレンはそっと背中を支える。
「おい黒ずくめ、あれこれ知っている事を全部話せ 」
「黒ずくめではない! 私にはヘレンという名がある! 」
「どうでもいいんだよそんなモン。 話次第では今後に関わる重要な事だ 」
怒鳴り散らす普段のエンデヴァルドとは違う、静かな威圧感にヘレンは息を飲む。 それはエンデヴァルドが本気で怒っている時に見せるもので、リュウの体になった今では大地や空気までもがビリビリと震えるほどだった。