28話 瓦礫の中の影
翌日、リュウはエンデヴァルドを連れて旧魔王城を訪れた。 瓦礫と化した魔王城を、エンデヴァルドのイメージグローブで更地にして欲しかったのだ。
「おじい様も、この魔王城跡には頭を悩ませていました。 労力を割くにも余裕はありませんし、大きな瓦礫は僕達にはどうすることも出来なかったんです。 ここを綺麗にして、おじい様の手向けにしたかったものですから 」
「ワカッタワカッタ 」
昨日飲み過ぎて二日酔いのエンデヴァルドは、頭を押さえながら気のない返事をする。
「リュウ様の体なのを忘れて調子こいて飲むからよ 」
腕を組んで呆れるセレスに、エンデヴァルドは『うるせぇ!』と目尻を下げて怒鳴る。
「あまり大きな声出さないで下さい…… 頭に響きます…… 」
マリアもまた頭を押さえて文句を言う。 マリアはリュウが前向きな気持ちになったことに気を良くし、あれからエンデヴァルドと二人で大きなワインのピッチャー2つを空にしたのだ。
「エバ様、こんなんで使い物になるかしら…… 」
ため息をつくセレスとは反対に、グランとレテは早速大きな岩を二人掛かりで持ち上げていた。
「少しずつなら、僕達でもなんとかなります。 ゆっくり進めていきましょう 」
久々の力仕事に、グランとレテは上機嫌だった。 小さな体で、体の倍以上の大きさの岩を運ぶコボルトの力に、リュウは感嘆の声を上げる。
「僕も頑張ります! 」
エンデヴァルドの体になったことで腕力を手に入れたリュウは、『おお!』と喜びながら岩をどかしていた。
「何が楽しいんだか…… 」
ブツクサ呟きながらも、エンデヴァルドは地面に手を添えてイメージグローブを発動させる。 すると地面はボコボコと波打ち、瓦礫を転がすように左右に寄せ始めた。
「へぇ、やるじゃないエバ様。 もっと派手に吹き飛ばすのかと思ってたわ 」
「ドカンとやると意外に体力削られるんだよ。 今は頭に響く事はしたくねぇ 」
正門まで続く通路を作り、エンデヴァルドは一休みする。 エンデヴァルドが休んでいる間、グランとレテがせっせと瓦礫を運んで脇に寄せていた。
「ん? ひっ!? 」
少し大きめな瓦礫を持ち上げたレテが引きつった悲鳴を上げた。 エルがその悲鳴に気付いて駆け寄ると、エルも『ひっ!?』と悲鳴を上げる。 そこには強襲部隊の魔導士が、身体中を引き裂かれて死んでいたのだ。
「戻りなさいレテ! エル! 」
異変に気付いたセレスが、硬直した二人に叫ぶ。 ただならぬセレスの声に、グランが瓦礫を投げ捨てて二人に駆け寄ろうと走り出した時だった。
「うわっ!! 」
瓦礫に足を取られて転んだグランの直上を、黒い人影が横切る。
「チッ! 」
ヒュンと風を切る音がしたかと思うと、グランの背中の服が裂けて宙を舞った。
「なっ! なななっ!? 」
転がるようにその場から逃げたグランを、黒い人影は執拗に追い掛ける。
「エル・バースト! 」
黒い人影を狙ってマリアは爆裂魔法を放つ。 が、黒い人影は素早く避け、爆裂魔法は瓦礫を吹き飛ばしただけだった。
黒い人影はグランを諦めて瓦礫の上を飛び回り、今度はレテとエルに襲い掛かる。
「二人とも逃げなさい! 早く! 」
セレスが必死に叫ぶも、レテとエルは体が硬直してその場から動けない。 黒い人影は、猛スピードで地を走り、一気に二人と間合いを詰める。 マントの下からナイフのような爪を出し、下から掬うようにレテの横面を狙った。
ドン
鈍い音と共に勢い良く地面が隆起し、レテと黒い人影の間に瓦礫の壁を作った。 黒い人影の爪は瓦礫を削り、レテとエルは隆起した地面に撥ね飛ばされて後ろに転がる。
「すばしっこい野郎だな! 」
エンデヴァルドは黒い人影を仕留めようと連発で地面を隆起させるが、黒い人影は素早くジャンプを繰り返して避け、大岩の上に着地した。
黒い人影の正体はジールだった。 無表情でエンデヴァルドを見下ろし、その爪はどす黒く汚れている。
「野郎ではありませんでしたね 」
冷静にツッコミを入れるマリアは、ジールに杖を向けていつでも攻撃出来る態勢を取っていた。
「どっちでもいい! おい黒マント、これはお前の仕業か? 」
「ヘレン様の命令に背いたので処分したまでです。 おや? 」
ジールがレテとエルの側に駆け寄ったリュウを見据える。
「生きていたのですね、エンデヴァルド。 あまりに雰囲気が違い過ぎて気付きませんでした 」
「あ? 何を訳のわからない事を言ってやがる? 」
エンデヴァルドとリュウを見比べ、片方の眉をひそめて怪訝な表情を見せるジールに、エンデヴァルドは『ああ』とため息をついた。
「説明するのもめんどくせぇ。 おいお前! 命令に背いたとはどういうことだ? 」
「援軍が来るまで待機するようヘレン様が指示したのに、『やはりヘレン様を一人で行かせられぬ』などと…… 貴様に答える義務はありません 」
「答えてるじゃねぇか…… 」
ゲンナリとするエンデヴァルドに言われて、ジールの顔が徐々に赤くなっていく。
「あら、照れるなんて可愛いわね。 バカだけど 」
「う、うるさい! 貴様らがここに来るということは、ヘレン様は拷問を受けて殺されたんですね!? 」
コロッと表情を変えてエンデヴァルドを睨むジール。 エンデヴァルドは額を押さえてダルそうに答えた。
「キャンキャン騒ぐな、頭に響くだろうが。 殺してねーし、拷問ってなんだよ? 」
「騙されませんよ! 我らがここに隠れている事を、ヘレン様から無理矢理聞き出したのでしょう!? 服を引き裂き、ヘレン様が苦手とする破廉恥な事であれやこれやと! でなければヘレン様は口を割る筈がありません!」
「ここに来たのは偶然だ! 妄想でオレを外道扱いするなケモミミ娘! 」
「へぇ…… あの女軍人は性的な責めに弱いんですか。 帰ったらやってみますか 」
ニタァとほくそ笑むマリアに、ジールの顔色が赤から青へと変わる。
「そんな妄想が出てくるなんて、あの娘も破廉恥責めに弱そうね。 エバ様、捕まえて吐かせてみたらどうかしら? 」
「ん? そうだな、援軍がどうのこうの言ってたし、悪くねぇ 」
エンデヴァルド達が3人揃ってジールを見上げると、ジールの顔色が一瞬で真っ赤になった。
「なっ! なななにを! 亀甲縛りで動きを封じるつもりですか! それとも身ぐるみを剥いで大の字に磔にし、くすぐりの刑に…… 」
「何を妄想してるんだ? 」
「発想がお子様ねぇ…… 」
「大人の世界はそんな甘いものではないです。 あんなところやこんなところを嘗め回すように…… 」
ジールの顔色がまた真っ青に変わって身震いする。 セレスは見上げたまま笑いを堪え、マリアは『可愛い』と小声で呟く。 そうこうしているうちに、リュウとグランがそれぞれレテとエルを抱えてエンデヴァルドの元に戻ってきた。 3人はワザと会話を引き延ばし、リュウ達が逃げる時間を稼いだのだ。
「さて、ショータイムの始まりだ。 せいぜいオレに捕まらないよう逃げ回れ! 」
エンデヴァルドは地に手のひらを打ち付け、ジールの左右に巨大な水柱を噴き上げる。
「水責めですか。 童女をビショビショにし、もみくちゃにするなんて趣味の悪い…… 」
「それはもういいだろが! 」
冷ややかな目線で見下すマリアに怒鳴ったエンデヴァルドは、水柱を鞭のように操って、血相を変えて逃げ回るジールを追い回すのだった。