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25話 取り引き

 エンデヴァルドがリュウの力を全て奪ったと聞いたオッタルは、すぐに門番を除く館内に残る兵士を玉座の間に集めた。

オッタルは玉座の前に立ち、神妙な面持ちで集まった約30名の兵士に重たい口を開く。


「人間族はまたもや卑劣な手で、我らから魔王様を奪っていきおった…… 忌まわしき種族ダークエルフまでが人間族の肩を持っている。 魔王家はもう終わりじゃ 」


 そこでオッタルの言葉は途切れた。 兵士達はざわつき、中には鼻水をすする者や、床に泣き崩れる者もいた。


「リゲル様の教えに倣い、境界線を犯すことなく生きてきた我々が何をしたと言うのです! 」


 一人の兵士がオッタルに叫ぶと、呼応するように兵士達が声を上げ始めた。


「そうだ! リュウ様が何をしたと言うのだ! 」


「静かに暮らして来たのに、攻めて来たのは人間族じゃないか! 」


「勇者だと? ふざけるな! 」


 エンデヴァルドを責める度、兵士達の怒りがどんどん膨れ上がっていく。 門番のオーク達もその騒ぎを聞き付け、口々にエンデヴァルドを罵倒した。


「戦いましょうオッタル様! リュウ様の弔い合戦ですよ! 」


「人間族に我らが魔族の力を思い知らせてやりましょうぞ! 」


 ワーッと歓声まで上げる兵士達を前に、オッタルは目を見開いて叫んだ。


「やめぃ! 儂らが戦ったところで無駄死にするだけじゃ! それにリュウ様は生きておるわ! 」


 だがオッタルの弱々しい声は兵士達には届かない。 『静まれ!』と叫ぶが、咳きこんでうずくまってしまった。


「静かにして下さい!  オッタルが苦しんでいます! 」


 その騒ぎを鎮めたのは、駆け付けてきたリュウだった。 リュウはオッタルの元に跪き、剣ダコだらけの手でオッタルの背中を優しくさする。


「おのれ勇者! 」


 兵士達はエンデヴァルドの姿のリュウに一斉に武器を向ける。 槍を持った兵士が一歩踏み出すと、それを合図に次々とリュウに襲い掛かった。


「僕はリュウですよ! 」


 耳をつんざく大声に、先頭の兵士はエンデヴァルドとリュウが入れ替わったことを思い出して急ブレーキをかけた。 すぐに止まれない兵士達は、突然立ち止まった兵士にぶつかって倒れ、バタバタとリュウの前に山を作っていく。


「し…… 失礼しました、リュウ様! 」


 組体操のピラミッドのように重なった兵士達が揃って敬礼をし、それに応えるようにリュウは苦笑いをした。


「僕達の事はエンデヴァルドさんが守ってくれるそうです。 だから心配しなくても大丈夫です 」


 リュウがオッタルの背中をさすりながら兵士達に微笑むが、エンデヴァルドの顔で微笑まれても兵士達は頭の中がごちゃごちゃだ。


「攻めてきた張本人が何を言う! 」


「そうだ! イケメンを装ってるがキモイんだよ腐れ勇者が! 」


  ドン


「うわぁ! 」


 折り重なっていた兵士達の床が突然盛り上がって兵士達をひっくり返す。 玉座の間に入ってきたエンデヴァルドが床を踏みつけ、赤絨毯ごと石畳を隆起させたのだ。


「誰が腐れ勇者だ! 」


「貴様だエンデヴァルド! リュウ様を元に戻せぇ! 」


 腐れ勇者と叫んだ兵士は折り重なった仲間を吹き飛ばし、リュウの姿のエンデヴァルドに斬りかかった。 が、兵士は振り上げた剣をエンデヴァルドに向けたまま、直前で体を震わせながら立ち尽くす。


「…… どうした、斬らないのか? 」


 エンデヴァルドは防御もせず、目の前の兵士を見据える。


「卑怯だぞエンデヴァルド! 我にリュウ様を傷つけることが出来ないと分かっていて! 」


 クックッと卑屈に笑うエンデヴァルドは、リュウ専用の玉座にドカッと腰を下ろす。 が、リュウの体には玉座は大きく、狙いを外したエンデヴァルドは玉座のへりに背中をぶつけて悶絶していた。


「ダサ…… 」


 後から玉座の間に入ってきたセレスとマリアは、のたうち回ってるエンデヴァルドに冷ややかな目線を飛ばす。 グランとレテは揃ってエンデヴァルドの介抱に向かったが、エルは玉座の間には入らず、身を隠すように入口で覗き見ていた。


「エンデヴァルドさん、あまり僕の体を傷つけないで下さいよ…… 」


「うるせぇ! ちっちゃいお前が悪い! 」


 玉座によじ登るエンデヴァルドに、兵士達はリュウの手前、笑いたくても笑えない。 少し落ち着いたところで、リュウが兵士達の前に立ってコホンと咳払いをした。


「皆さん…… 僕はエンデヴァルドさんにお願いして、この地を守ってもらうことにしました 」


「「「…… は? 」」」


 突拍子もないリュウの発言に、兵士達の反応は当然のものだ。 玉座の間はシーンと静まり、リュウはニコッと微笑むだけ。 何も進展しない展開に、大きなため息で流れを作ったのはエンデヴァルドだった。


「だそうだ。 だがめんどくせぇから、勝手にピンチになってくれるなよ? 」


「「「はあ!? 」」」


 一斉に怒声が飛び、エンデヴァルドは堪らず耳を塞ぐ。


「なんだそのデカイ態度は! 」


「如何に坊っちゃんがお決めになったことと言えど、貴様なんぞに守られる道理はないわ! 」


 兵士達のマシンガン罵倒に、エンデヴァルドはキレそうになりながらもなんとか耐える。


「聞いてください! 僕が弱気なばかりに、皆さんに迷惑ばかりかけて…… 」


 必死に自分のせいだと訴えようとしたリュウを、エンデヴァルドは後ろから蹴り付けた。


「聞け! リュウはお前らを守る為にオレと取引したんだよ! 」


 ビタッと罵声が止み、兵士達はリュウとエンデヴァルドを見比べた。


「ぼ…… 坊っちゃん、取引とは? 」


「えと…… エンデヴァルドさんが、僕を上手く立てて…… 」


「ばっ!? リュウは人質を取ったんだよ! 」


 慌てて訂正しようとするエンデヴァルドに、再び兵士達の罵声が飛ぶ。


「坊っちゃんがそんな卑劣な真似をする筈がないだろうが! 」


「貴様と一緒にするなクソ勇者が! うわぁ!! 」


 プチっとキレたエンデヴァルドはガンと玉座の肘掛けを叩き、床を隆起させてまた兵士達をひっくり返した。


「マジなんだよ。 この男、この状況を逆手に取ってオレを人質に取りやがった。 頭のいい男だぜ 」


 明らかに自作自演。 マリアやセレスは呆れていたが、兵士達は真剣な顔つきでエンデヴァルドを見据えていた。


「お前らも知っての通り、オレとリュウは入れ替わってその力のほとんどをオレが奪った。 だがリュウの手元にはオレの大事な体がある。 この地を守り、お前らの安全を保障しなければ自害すると抜かしやがった 」


 兵士達の中から『おぉ……』という驚きの声が漏れる。


「オレだって元の体に戻りてぇ。 自害されちゃ堪らないからな、その条件を呑むことにした訳だ。 文句のある奴はいるか? 」


 エンデヴァルドが兵士達を見渡すと、一人の兵士が立ち上がった。


「それは、攻めて来るであろう人間族相手に、貴様が戦うということでいいのだな? 」


「あっちから売ってきたケンカだ。 人間族だろうが魔族だろうが、そんなの関係ねぇ 」


 兵士の一人がまばらな拍手をし始める。 また一人拍手をし、更に二人と、次第に大きくなっていく拍手に、リュウは戸惑いを隠せない。


「エンデヴァルドさん…… これではあなた一人が悪者じゃないですか 」


「いいから黙ってろ 」


 納得いかない表情のリュウを余所に、エンデヴァルドは満足そうな笑みを浮かべるのだった。





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