24話 結果的には
マリアとセレスによって部屋中が緊張感に包まれていた。 それを破ったのは、他の誰でもないエンデヴァルドだった。
「ぬおおお! マリア! さっさと戻しやがれぇ! 」
エンデヴァルドは涙目で胸ぐらを掴み、無理矢理引き起こして前後に揺する。
「無理ですよ。 アンリミテッドムーヴで魔力を使い果たしてしまったし、補助具も壊れましたから 」
「補助具? 」
「はい、レンゼクリスタルという魔力を増幅する水晶です 」
エンデヴァルドはパチパチと瞬きすると、パァっと笑顔になった。
「じゃあそのなんとか水晶があれば元に戻れるんだな? 」
「無理です。 今の私にはもうアンリミテッドムーヴを発動させるほどの魔力はありません 」
グヌヌ…… と歯を食いしばって悔しがるエンデヴァルドは、振り返ってセレスに視線を向けた。
「おいセレス! お前もダークエルフってんならお前がそのなんとかムーヴって魔法で戻してくれ! 」
「無理よ。 私にアンリミテッドムーヴは使えないもの 」
またもグヌヌと悔しがるエンデヴァルドは、次々と周りに噛みついた。
「おいグラン! 」
「僕にはどうにも出来ませんよ! 」
「おいレテ! 」
「うう…… 無理ですぅ…… 」
「おいエル! 」
「…… し、知らない! 」
仲間全員に引かれて、エンデヴァルドは部屋の中央で四つん這いになって落ち込む。
「オレは僕で…… 僕は…… オレ…… はは…… ハハハ…… 」
エンデヴァルドは涙を流しながら呆ける。
「情けない勇者サマですね。 最強の力と超絶癒し系の体を手に入れておいて、何が不満なんです? 」
フォローを入れるマリアの声は、もうエンデヴァルドには届いていなかった。
「癒し系かはともかく、最強の力ってどういうことですか? 」
不思議に思ったリュウがマリアに尋ねた。 こっちを見て唖然とするマリアに、リュウは何も思い当たるものがないと首を傾げる。
「リュウ様、本当に御自身の強さを把握しておられないんですか? 」
「え? 」
全く分からないという表情をするリュウに、マリアは頭を抱えて『そうですよね……』と呟いた。
「リュウ様はですね、代々の魔王から引き継いだ『イメージグローブ』というスキルをお持ちです 」
「イメージグローブ? 」
「はい。 自然界のあらゆるものを自在にコントロールする力…… 残念ながら体に宿るスキルなので、今は勇者サマの手に渡ってしまいましたが。 使い方によってはすぐにでも世界を制圧出来るほどの超強力な力です 」
『世界を制圧』というマリアの言葉に、リュウは顔を歪める。
「そう、それです。 失礼ながら…… リュウ様のその気の弱さが、『イメージグローブ』の力を抑え込んでいたのでしょう。 経験ありませんか? 草木を動かしたとか 」
「ありません。 軍隊が攻めてきた時にエンデヴァルドさんが使った力ですよね? あれって僕の力だったんですか? 」
額に手を当てて俯くマリアに、セレスは口を押さえて笑いを堪えていた。
「魔王しか使えないスキルですよ? 少しは御自身を魔王と自覚して下さい 」
「は、はぁ…… 」
イマイチな返事を返すリュウに、マリアはもう説明する元気もなくなっていた。 見兼ねたグランが助け舟を出す。
「つまり、マリア様はあの窮地を救う為に、リュウ様に代わって勇者様に『イメージグローブ』を託したんですね 」
「結果的にはそうなりますね…… 」
「け…… 結果的? 」
予想しなかった答えに、グランもマリアに唖然とする。
「勇者サマがリュウ様の首を取ろうとしたあの時、二人の気迫と言いますか…… 凄まじい圧力で動けなかったんです。 その場にいた誰もが動けず…… 二人を止めるには『アンリミテッドムーヴ』しかないと思ったんです 」
「結果、エバ様は強襲部隊を撃破し、リュウ様もこの地も守ったという訳ね。 いい判断じゃない 」
セレスからは先程の漆黒のオーラは消えて、黄金色の瞳も元の透き通った青色に戻っていた。
「その代わり、リュウ様からは全ての力を奪ってしまいました。 申し訳ありません 」
「奪ったと言われても、そんな実感は湧かないんですが…… 」
ベッドの上で土下座をするマリアに、リュウはあたふたして苦笑いを向ける。
「ほらエバ様! そこでいつまでもいじけてないで立ち直りなさいな! 」
セレスはエンデヴァルドの横に座り込み、体を寄せて腕を絡ませたり、『よしよし』と口にしながら頭を撫でた。
「最強の力を手に入れたのよ? 魔王様から力を奪って、実質魔王様を討伐したようなものじゃない 」
「ん…… まあそうだが。 それより子供扱いするな! 」
真っ赤な顔でバタバタと暴れるエンデヴァルドを、セレスは背中からギュッと抱きしめた。
「小さな体になっても、ちゃんと私を助けに来てくれた…… カッコ良かったわよ 」
「ふ…… フン! お前は俺が守ると前に約束したからな 」
口を尖らせてあぐらをかくエンデヴァルドは、まるで素直になれない小学生の男の子のようだ。
「おいマリア。 俺自身の力はどうなってる? その様子じゃ全て知っているんだろ? 」
気を取り直したエンデヴァルドは、セレスに大人しく抱かれたままマリアに尋ねた。
「勇者サマの力は精神に付随するものです。 肉体的な強さはリュウ様の体ですが、剣技やエターニアの力は使える筈。 聖剣エターニアを振り回せるのはそう言う事です 」
魔導士のファイアブラストを打ち消した事を思い出したエンデヴァルドは、今まで培ってきた力を手放していなかったことにホッと胸を撫で下ろした。
「凄いですね。 勇者と魔王の力を併せ持つ者…… 正真正銘最強ですよ! 」
グランが興奮して拳を握りしめる。 だがドアの影では、エンデヴァルド達の話を聞いていた兵士がいた。 『魔王の力を奪われた』と悟った兵士は、その事実をオッタルに報告に向かうのだった。