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23話 マリアとセレス

 ニコッと微笑むマリアを前に、エンデヴァルドとリュウは目が点になっていた。


「戻せないって、あなたがかけた魔法でしょ? ダークエルフの秘術、アンリミテッドムーヴかしら? 」


 ショックのあまり灰になっている二人に代わって、セレスがマリアに問いかけた。


「…… 博識ですねセレス。 初めから只者ではないと思ってましたが、何者ですか? 」


 キツイ目つきで睨むマリアに、セレスは手のひらをヒラヒラ揺らして微笑む。


「ただの宮廷踊り子よ。 私の話はどうでもいいでしょ? 」


 表情を変えないセレスにこれ以上詮索しても無駄だと悟ったマリアは、軽くため息をついて話を戻した。


「仰る通り、アンリミテッドムーヴです。 肉体から精神を抜き取り、その精神を別の体に移動させる術です 」


「本当は、魔王リゲル様に使おうと思っていた…… かしら? 」


「…… バレてましたか。 本当に食えない人ですね 」


 マリアは『まいった』とばかりにそのまま後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。


「あなたがダークエルフだと知ってピンときただけよ 」


 セレスは懐からパイプを取り出して火をつける。 兵士が困った顔で『禁煙なんですが』と恐る恐る言うと、セレスは『一服だけ』と可愛くウインクをしてみせた。


「リゲル様が亡くなられたと聞いてショックでした。 アンリミテッドムーヴは誰にでも効く訳ではなく、適性人物を見つけるのに5年。 私の力だけでは成功率が低く、補助具を探すのに3年…… やっと見つけ、都合のいいことに勇者サマはリゲル様を討伐しに行くと言うじゃないですか。 条件は全て揃ったと歓喜しました 」


 マリアは腕で目を覆ってしばらく沈黙する。 セレスはゆっくりと煙を吐き、再びマリアが話し出すのを待った。


「でも間に合わなかった…… あと10日早ければリゲル様をお救い出来たのに…… 」


 マリアの目尻から涙が零れた。 やがて聞こえてきた嗚咽に、セレスはパイプを逆さにしてテーブルに打ち付け、床に灰を落とす。


「魔王様とあなたの関係が分からないわ。 まさか恋人ではないでしょう? 」


「…… いけませんか? ドラゴニュートとダークエルフが愛し合っては 」


 その告白に、さすがのセレスも愛用のパイプをポロっと落としてしまった。


「い、いやいや! 魔王様はジジ…… ご年配でしょう? 恋人なんて…… 」


「私はこう見えても80年以上生きてますよ? たかだか120年の差…… 問題ありますか? 」


 見た目15歳位のマリアに、グランやレテやエルも呆気に取られる。


「…… と言ってももう70年も前の話で、私は捨てられた身なんですが 」


 そう言ってマリアは腕で目を伏せたまま鼻で笑った。


「それは違うと思います。 おじい様は息を引き取られる前にマリアさんのお名前を呟いていましたから 」


 マリアはリュウの言葉に腕を上げて、信じられないという表情でまじまじとリュウの顔を見る。


「嘘じゃありません。 その後に『すまない』とも言っていました。 恐らく、マリアさんと別れなければならない事情があったんだと僕は思います 」


 優しく微笑みながら話すリュウに、マリアは再び腕で目を覆った。


「そんな優しい顔の勇者サマはキモいです 」


「そんなぁ…… 」


「でも、それなら尚更悔しいですね…… 後悔マックスです…… 」


 それ以上、リュウにはマリアに掛けてやれる言葉が見つけられなかった。 対して、面白くない顔をしていたのはセレスだ。


「感動的な話に水を差すようだけど、魔王様に体を乗っ取られたエバ様の精神はその後どこに行くのかしら? 」   


「消えてなくなろうが、永遠に彷徨う事になろうが、私の知った事ではないです 」


「あら、そう…… 」


 彼女はひじ掛けにもたれてマリアを見据える。


「私からエバ様を奪う奴は、誰であろうと許さない。 良かったわね? もしあなたがエバ様を殺していたら、私はあなたを食べてしまっていたところよ 」


 セレスの体は漆黒のオーラに包まれていた。 艶やかな黒髪は赤黒く変色し、瞳は黄金色に鈍く光る。  


  ミシ…… パキパキ…… 


 セレスが座っている椅子の肘掛けが徐々に黒く変色し、崩れ落ちた音だった。


「ごめんなさい、椅子を壊してしまったわ。 普段はパイプで薬を吸って抑えているのだけど、感情的になると抑えきれないのよ 」


「エナジードレイン…… あなたもダークエルフでしたか、セレス 」


 エナジードレインとは、肌に接触する物の生命力を吸い取って自らの生命力とする、ダークエルフのみが保有すると言われるスキルだ。 自分の意思とは関係なく本能的に発動する、エルの蟲を呼び寄せてしまう能力と同様のものだ。 


「あなたと違って私は魔族寄りだけどね。 同じダークエルフ同士、仲良くやっていきたいものだわ 」


 足を組み、肘をついて微笑むセレスだったが、黄金色に輝く瞳は完全にマリアを敵視していた。




 

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