20話 彼女はもう……
リュウの館に戻ったエンデヴァルドは、迎える魔族の兵士達には構わず別室で手当てを受けているというセレス達の元に真っ直ぐ向かった。
真っ白な清潔感のあるキングサイズのベッドに、セレスは頭と右腕に包帯を巻かれた状態で縁に腰を下ろし、中央ではレテがまだ眠り続けている。
「痛々しいなセレス。 せっかくの美人が台無しだぞ 」
声を掛けられたセレスはエンデヴァルドの顔をじっと見つめ、やがてフフッと苦笑いした。
「そんな言い方、きっとリュウ様はしないわよ? 」
「お前はこの姿でも疑わないんだな 」
複雑な表情をするエンデヴァルドに、セレスはクスっと微笑んで軽く息を整える。
「グランに聞いたわ。 口調も表情もエバ様そのものなのだから、疑えって言う方が無理よ。 可愛いわよ? エバ様 」
「うるせぇ。 好きでこの体になった訳じゃない 」
クスクスと笑うセレスに、エンデヴァルドもそれ以上は突っ込まなかった。
「軍は? 」
「知ってる限りを吐かせて解放した 」
圧倒的な力で強襲部隊をねじ伏せたエンデヴァルドは、しばらく尋問した後に強襲部隊を旧魔王城付近まで追い払ったのだった。
「…… 良かったの? この事が国王様に知れれば、カーラーンは本格的にこのユグリアに攻めて来るわよ? 」
「無駄に殺すような事はしたくねぇ。 それは虐めと変わらないからな 」
無言で優しく微笑むセレスに、エンデヴァルドは顔を背けてフンと鼻を鳴らす。
「マリアはどうした? 」
「隣の部屋で寝てるわ。 エルが側についてる 」
「…… グランは? 」
「洗面器の水を替えに行ったわ。 すぐ戻ってくるとは思うけど 」
エンデヴァルドはセレスに背中を向けてドアに向かう。
「マリアが目を覚ましたら教えてくれるってリュウ様が言っていたけど? 」
「アイツには山ほど聞きたい事がある。 叩き起こすさ 」
そう言ってエンデヴァルドは部屋を出た。 すぐ隣の部屋のドアは少し開いていて、エンデヴァルドはその隙間から中を窺う。
「あっ! 勇者様! 」
「ぬほぅ!!! 」
突然後ろからグランに声を掛けられてビックリし、エンデヴァルドはつんのめって部屋の中に転がり込んだ。
「うわあぁ! ぼ、僕ぅ! 」
突然転がり込んできたエンデヴァルドに、リュウは逞しい体で飛び上がる。
「俺の姿でそんなにビックリするな! オレの方が恥ずかしくなる! 」
「…… エンデヴァルドさんこそ飛び上がってたじゃないですか 」
「うるせぇ! この体がビビりなんだよ! 」
がなりたてるエンデヴァルドの声に、ベッドの横でマリアの様子を見ていたエルは耳を覆い隠す。
「おいマリア! いつまで寝てる! 」
照れ隠しにエンデヴァルドは眠っているマリアに近付き、軽く頬を叩いた。
「ダメですよエンデヴァルドさん! 彼女はもう…… 」
「うるせぇ! コイツにはこのくらいが丁度い…… って、お前今、何て言った? 」
聞き間違えでなければ、リュウは『彼女はもう……』と言った。
その先に続く言葉など決まっている…… エンデヴァルドは止めようとするリュウを睨み、マリアの胸ぐらを掴んで無理矢理引き起こす。
「おいマリア! このまま死ぬなんて冗談じゃねぇぞ! 」
ぐったりと首をもたげるマリアを前後に揺らし、エンデヴァルドは必死にマリアに呼び掛けた。
「お前はここに死にに来たんじゃないだろうが!! 魔王討伐だろ!? 魔王はここにいるんだ! さっさと目を開けて討伐しろや! 」
「…… 本当にうるさい勇者サマですね。 ゆっくり死んでもいられないじゃないですか 」
か細い声で口を開いたマリアは、ぐったりとしたまま薄目を開けてエンデヴァルドを睨んでいた。
「マリア…… お前! 」
「死にませんよ。 ただ、あの魔法のおかげで魔力はスッカラカンですが。 起き上がる体力もないので、しばらく寝かせて下さい 」
不愛想に言うマリアに、エンデヴァルドは次第に顔を赤に染めていく。
「リュウ…… お前が死んでるって言うからだろがぁ! 」
エンデヴァルドはポイっとマリアをベッドに放り投げると、リュウの襟首を捕まえて引き寄せる。 が、御多分に漏れず引き寄せられたのはエンデヴァルドの方で、睨みを利かせるがリュウの首にぶら下がる恰好だ。
「言ってませんよ! もう目を覚ましてると言ったんです! 」
「言ってねー! もうダメなような雰囲気出すなコルァ!! 」
「最後までちゃんと聞かないからですよ! 」
言い合いを始める二人を余所に、グランはマリアの姿勢を整え、乱れたシーツを掛け直した。
「ああ見えて、マリア様が気を失った時は物凄い剣幕だったんですよ? 」
「…… 今ので分かったような気がします…… 」
マリアは静かに目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
「よかった…… 私にも心配してくれる人がいたんですね…… 」
「え? 」
ボソッと呟いたマリアに、よく聞こえなかったグランが聞き返す。 『なんでもありません』とマリアは無表情で答えてそのまま眠りについたが、口元は僅かに微笑んでいた。