1話 勇者エンデヴァルド
館内は何もかもが凍り付いたかのように止まっていた。 玉座の間の中央の赤絨毯の上で、魔王リュウは勇者エンデヴァルドと正対し、覚悟を決めたように目を見開いて立ち尽くしていた。
「…… なんでオレがいる? 」
そう口にしたのは魔王だった。 勇者は今まさに魔王の首を落とすところだった。 愛用の聖剣エターニアを両手で水平に構え、魔王の細く華奢な首を狙ったまま微動だにしない。
「…… 僕? なんで? 」
勇者と魔王はお互いを驚きの目で見たまま固まっていた。
「ちょっと待て。 なぜ超絶ナイスガイのオレとそっくりなヤツが突然オレの前にいる? 」
魔王はおもむろに周りを見渡し、そして自分の両手を開いて見る。 その手は小さく、爪を綺麗に整えられた幼い手は魔王のものだった。 同じく勇者も周りを見渡し、構えた大剣を下ろして掌を開いて見る。 ゴツゴツとした剣ダコだらけの歴戦無敗の強者の手。 勇者も魔王も、それは対峙するお互いのものだった。
「うおおぉぉぉ!? 」
「わあああぁぁ!? 」
お互いに目に映るのは自分自身の容姿。 シンクロしたように同じ動きをして顔中を触りまくり、胸や背中やお腹を触り、股間の大事なところも確認する。
そう、勇者と魔王は極致の場面で入れ替わってしまったのだった。
「こ…… 小僧! この期に及んで何をした!! 」
魔王が幼顔に似合わない鬼のような形相で勇者を睨み叫ぶ。
「ぼ、僕はなにも…… 」
今まで凛々しかった勇者の顔は目に涙を浮かべ、しどろもどろに魔王の怒声に答える。
「なぜオレの目の前にオレがいる!? なぜ小僧がオレでオレが小僧になってる!?」
「知りませんよ! 僕はあなたに殺されるのを覚悟したんです! それだけです! 」
魔王はその小さな手で勇者の胸ぐらを捕まえて引き寄せた。 が、勇者と魔王の体格差は大人と子供。 勇者の肩ほどしかない魔王は勇者を引き寄せられず、自分から鎧にぶら下がる格好になった。 それでも懸命に可愛い顔を近付けて凄む。
「お前の策略だろうが! 元に戻せ! オレの体を返せ! 」
「それはこちらのセリフです! どうして僕が悪名高い勇者にならなければならないのですか! 」
今にも泣き出しそうな勇者も負けじと言い返した。 『くぅ!』と唇を噛み締めて魔王は勇者を睨み、勇者は涙を浮かべて口をへの時に結んだ。
どうしてこんなことになってしまったのか…… それは一か月ほど前に遡る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「めんどくせぇ事になっちまったぜ…… 」
勇者一族の末裔の一人、エンデヴァルドは大きくため息をはいた。 世間一般的に勇者と聞けば、正義感に溢れ、人望が厚く、実直な性で凛々しい好青年を思い浮かべる方が多いと思うが、このエンデヴァルドはすこぶる評判が悪かった。
愛用する武器は、かつて魔王グリザイアを討ったと言われる聖剣エターニア。
魔法は使えなかったが、剣技は勇者一族とあって目を見張るものがあった。 が、国王から与えられている立場と権限を引っ提げて毎日をやりたい放題。 各地で必ずと言っていいほど暴力沙汰を起こし、巡回だと称して各地の遊郭を食い漁る。 バックに国王がいることをいいことに金の使い方も非常に荒く、民からは本当に勇者の末裔なのかと噂されるほどだった。
だがそんなエンデヴァルドも悪い噂だけではない。 各地に出れば金を湯水のように落としていくし、その地で喧嘩沙汰があれば誇ってその腕を振るう。 徒党を組むようなことには興味がなく、弱いものいじめをすることは決してなかった。 善人、とは到底呼べないが悪人ではなく、意外にファンもいたりする。
「しかし、どうしたもんか…… 」
というのは、魔王討伐に威勢よく返事をしたはいいけれど、実際に辺境に潜むという魔王を倒しに行くと手を挙げたのはエンデヴァルドただ一人だった。 勇者の末裔と言われる人々は何十人といたのだが、安穏と肩書きの上に胡坐をかいてきた者ばかり。 平和な時代に生きた勇者の末裔は戦闘経験も乏しく、秀逸と呼ばれた者達は皆腰が曲がってしまっていた。
エンデヴァルドがいくら腕が立つと言っても、相手は魔族の長であって、それを取り巻く兵士の軍勢に一人では適うわけがない。 せめて数十人の選りすぐりの兵士か、魔導士の部隊がいればいいのだが、エンデヴァルドには生憎そんなつてはない。
「あの…… 勇者サマ、ですよね? 」
酒場でジョッキを片手に思い悩んでいると、少し色黒の銀髪の女の子がエンデヴァルドの後ろから声を掛けてきた。