17話 豚野郎!?
「リュウ様! どちらへ行かれるのです!? 」
「お待ち下さい! 外は危険です! 」
「ああもうめんどくせぇ! 」
オークの前を走り抜ける度に、リュウの姿のエンデヴァルドは呼び止められていた。 小さな体でその脇をすり抜け、大怪我をしたというセレスの元に急ぐが、リュウを館の敷地外に出すまいとオーク達が追いかけてくる。
すり抜ける度にオークの数も増え、転倒した馬車の側に辿り着く頃には大所帯になっていた。
「セレス! 無事か!? 」
エンデヴァルドがその小さな体で倒れているセレスを抱き上げると、頭から血を流して気を失っていたセレスが薄目を開けた。
「んん…… エバ様…… じゃない? 坊や可愛いわね…… 」
力なく笑うセレスは出血が酷く、意識が朦朧としている。
「オレだ! エンデヴァルドだ! 」
「フフ…… なんだか本当にエバ様みたい…… 」
「本当にエンデヴァルドだ! 」
「あなたが…… 頭悪くて世間知らずで口が悪くて短気で態度デカくてめんどくさがりでワガママな…… 」
「それだけ悪態つければ上等だ。 おいリュウ! セレスをお前の館で…… 」
エンデヴァルドが振り向いて叫ぼうとしたが、リュウはオークにもみくちゃにされていた。
「くそっ! おいそこのオーク! コイツを館に運べ! 」
「そこのオー…… 坊っちゃん、随分言葉が汚くなりましたねぇ 」
「うるせー! さっさと運べってんだ豚野郎! 」
「ぶ…… はい、坊っちゃん…… 」
オークは泣きながらセレスを抱き抱え、トボトボと館へと歩いて行った。
「お前らもリュ…… エンデヴァルドさんに絡むんじゃねぇ! そこに大人しく立ってろ! 」
エンデヴァルドはキー! と怒声をあげるが、可愛いリュウの姿では迫力の欠片もない。 とはいえ、新魔王の命令には逆らわず、渋々ながらもエンデヴァルドの姿のリュウを離して道端に整列した。
「レテ! エル! 」
エンデヴァルドが転倒した馬車の中を覗き込むと、二人は荷物の下敷きになって気絶していた。 すぐに中に飛び降り、二人を潰している荷物を退かして頬を叩く。
「おい! 目を覚ませ! 」
「う…… うう…… 」
先に気が付いたのはエルだった。 レテはまだ目を覚まさず、口から血を流していた。 レテは馬車が傾いた時、咄嗟にエルを抱きしめ、衝撃からエルを守ったのだ。
「リュウ! コイツを引っ張り上げろ! お前の体じゃ力が足りねぇ! 」
「は、はい! 」
リュウは馬車の上から、先にレテを引き上げる。
「ブルム、レクス! この人を館まで運んで下さい! 大至急です! 」
リュウがオーク二人に向かって叫んだ。 ブルムとレクスと呼ばれた二人はお互いに顔を見合せ、自分を指差して首を捻る。
「なんだあの人間族 」
「なんで俺達の名前を知ってんだ? 」
「グダグタ言ってねぇで運べ豚ぁ! 喰っちまうぞ! 」
ブルムとレクスは跳び跳ねて驚き、『はひー!』と泣きながらレテを抱えて走り去る。
「彼らにも名はあります。 豚はないですよエンデヴァルドさん 」
「働かない豚はただの豚なんだよ! 」
やれやれと首を振るリュウは、エンデヴァルドの腕の中で目覚めたエルに左手を伸ばす。
「さあこちらへ。 もう大丈夫です 」
突然紳士的に変わったエンデヴァルドに、エルは中身がリュウだと知るよしもなく、瞬きを繰り返すだけでその手を握ろうとはしなかった。
「エンデヴァルドさん、この人に何かしたんですか? 相当嫌われてますよ? 」
「うっせーな! コイツと仲良くなった覚えはねーよ。 ほらエル! さっさと行け! 」
「…… 勇者? 」
口の悪いリュウをじっと見て、エルはそう口にする。 何も言わずに自分を分かってくれたエルに、エンデヴァルドはエルの頭をワシャワシャと撫でて、嬉しいくせにしかめっ面で『早く行け』と急かした。
大人しく引き上げられたエルだったが、馬車を出た途端声にならない悲鳴を上げる。
「どうした? 」
ピクピクと耳を回転させ、目を見開いて硬直するエルの様子に、エンデヴァルドは目を凝らしてその方向を見る。
「…… 早速のお出ましかよ 」
エルに続いて馬車から出てきたエンデヴァルドが見たものは、黒い鎧に身を包んだ人間族の兵士の隊列だった。
ザッザッと規則正しく土を踏む音に、鎧の鉄が擦れる金属音が混じる。 黒い鎧の肩には鷹をあしらった紋章が刻まれ、それは王都カーラーンから派遣された強襲部隊を意味していた。