15話 魔王…… なのか?
先行して走っていたマリアを強引に追い抜いたエンデヴァルドは、騒ぎを聞きつけた兵士達を次々に蹴散らしながら魔王の館へと突き進む。
「なんだあの人間族は!? 化け物か! 」
「人間族なら魔法でかかってこいやぁ! 」
聖剣エターニアを振り回し、腕力だけで突っ込んでくるエンデヴァルドに、魔族の兵士達は翻弄されるがままだった。
正面玄関を守るオーガですら、エンデヴァルドは構えていた盾ごと吹き飛ばす。 マリアはオマケ程度に背中を援護するだけで、魔法もあまり使ってはいなかった。
「ここかぁ! 」
館正面の大きな扉を蹴破り、大広間を走り抜けて突き進む。 赤絨毯が引かれた大部屋に辿り着いたエンデヴァルドが見たのは、玉座にちょこんと座っていた…… いや、座らされていたと言っていいくらいの可愛い男の子だった。
「あ…… ああ? 魔王、だよな? 」
玉座には座っているが、あまりにも不釣り合いな様にエンデヴァルドは疑問形になる。
「控えよ! 我らが王、リュウ様の御前であるぞ!! 」
玉座の横には、腰の曲がった髭も髪も真っ白の老人が杖を振りかざして威嚇している。 威嚇しているといっても迫力は全くなく、今にも昇天してしまいそうな息遣いでエンデヴァルドに対峙していた。
「いや…… 爺さん、無理すると体に良くないぞ 」
「そうですよおジジ様。 倒れたらどうするんです? 」
「やかましいわ! 我らが王、リュウ様の御館でムチャクチャ暴れおって、何を考えておるんじゃバカ者! 」
ビシッとエンデヴァルドに杖先を突き付けた老人だったが、咳込んでその場に崩れてしまった。
「オッタル、無理しちゃダメですよ! 死んじゃいます! 」
魔王リュウは玉座から飛び降りてオッタルの背中をさする。
「…… 何だこりゃ…… 」
すっかり萎えてしまったエンデヴァルドは肩を落とし、呆然とその光景を眺める。 後ろを振り返ると、自分が破壊した扉の残骸…… その奥には、自分がなぎ倒してきた魔族の兵士達が床に倒れて呻いている。
「…… 罪悪感を覚えるのは俺だけか? 」
「いえ、紛れもなく弱い者虐めです。 やりすぎです。 オーバーキルです 」
蔑む目を向けるマリアに、エンデヴァルドは目を点にして膝をついてしまった。
「あの…… 何か御用でしょうか? 」
オッタルを介抱しながら、リュウはオドオドとエンデヴァルドに尋ねる。 その弱々しい声はエンデヴァルドに届かず、エンデヴァルドは四つん這いになって項垂れたままままだった。
「仕方のない勇者サマですね…… 」
見兼ねたマリアが、エンデヴァルドに変わってリュウの前に立つ。 見上げる目はあどけなく、優顔の綺麗な顔立ちは、いかにも世間知らずのお坊ちゃまだ。
「魔王リゲル様がお亡くなりになったと耳にしたので、お線香をあげさせてもらいに来ました 」
マリアはリュウを威圧しないように、その場にしゃがんで目線を合わせ、無表情だが優しい口調で答えた。
「うう…… はい、ありがとうございます…… 」
マリアの優しい言葉に、リュウは大粒の涙を目に溜めてニコッと微笑んだ。 見た目の年齢は10歳くらいのリュウ…… マリアは思わずリュウの頭に手を伸ばし、そっと艶やかな髪を撫でた。
「無礼者!! 見た目は幼いが我らが…… げほっ! げほっ! 」
マリアの手を振り払おうとしたオッタルが、またも咳込んでうずくまってしまった。
「ですからおジジ様、無茶してはダメですって 」
リュウと一緒に背中をさするマリアは、オッタルの喉に手を当てて回復魔法を発動させた。 ヒューヒューと苦しそうに息をしていたオッタルは、落ち着きを取り戻してその場に横になる。
「あ…… ありがとうございます。 この館の代表として、お礼を言いますね 」
「いえ…… その…… リゲル様の事は大変でしたね 」
マリアのその言葉にリュウは再び涙を浮かべ、終いにはボロボロと涙を零し始めた。
「俺はいったい…… 何をしにここまで…… 」
マリアとリュウのやり取りを見ていたエンデヴァルドは、またもがっくりと肩を落として、四つん這いのまま真っ白になっていた。
「「「御無事ですかリュウ様!! 」」」
別の扉から駆け付けてきた魔族の兵士達が、エンデヴァルドとマリアに矛先を突き付ける。
「武器を下ろしてください! 心配ありませんから…… お茶の用意を 」
リュウにそう言われて唖然とする兵士達。 館に殴り込まれて破壊された扉に、床で呻く同志という惨状。 『お茶を用意せよ』と言われて、兵士達は戸惑うばかりだった。
「この方達はおじい様を悼む為に来てくれたんです。 おもてなしして欲しいんです 」
「は…… はぁ 」
リュウの命令…… というか、お願いには逆らえず、兵士達は意気消沈して武器を下げるのだった。
魔王の自室には前魔王リゲルの祭壇が設置され、中央には磨かれた石で作られた棺が置かれていた。 エンデヴァルドは無造作に、マリアは丁寧に焼香し、再び玉座の間に戻ってくる。
間に合いませんでした…… 申し訳ありません……
棺の前で、マリアがそう呟いていたのをエンデヴァルドは知らない。 リュウはその呟きに気付いていたが、『おじい様が生きているうちに……』という意味に捉えていた。
エンデヴァルド達が玉座の間に戻ってきた時には、大広間の方が騒がしくなっていた。 エンデヴァルドとマリアが揃って覗くと、グランが兵士に摘み上げられていたのだ。
「あ! 勇者様!! 」
エンデヴァルドの姿を見つけたグランは、バタバタと暴れて兵士を振り切り、転びながらもエンデヴァルドの元に駆け寄ってきた。
「どうしたんです? セレス達は? 」
「一大事です勇者様! 軍が……あ、いえ、可能性の話なんですが! 」
グランから軍がルーツ山脈を越えて追ってきていることを聞いたエンデヴァルドは、しばらく考えた後に静かに玉座の間を出て行く。
「どちらに行かれるんですか? 」
呼び止めたのはリュウだった。 エンデヴァルドの背中を見つめるリュウには、先程までの幼い雰囲気はなかった。
「決まっている。 軍を追っ払いに行くんだよ 」
振り向かずに答えたエンデヴァルドの表情は硬く、だが歩みを止めることはなかった。
「一人では無理ですよ! 及ばずながら僕らも戦いますから、少し準備する時間を…… 」
「断る! 俺が持ってきた種だ、俺が持って帰るんだよ! 」
助力をすると言ったリュウに、エンデヴァルドは激しく怒鳴り散らした。 呆気に取られるリュウの肩に、マリアは優しく手を添える。
「勇者サマはここに軍を呼び寄せてしまった事を悔いているのです。 一人で行かせてやって下さい 」
「そんな! エンデヴァルドさんだって騙された側ですよ? 」
「敵わずとも一矢報いたい…… カッコいいじゃないですか 」
「何言ってやがる! マリア、お前も同罪なんだから一緒に行くんだよ! 」
ちょっと泣きそうになっているエンデヴァルドを、マリアはじっと見つめた。
「イヤです 」
無表情のまま、マリアはエンデヴァルドを冷たく突き放す。
「はぁ!? 」
「勝ち目のない戦いに身を投じるほどバカじゃないので 」
唇を噛みしめてプルプルと震えるエンデヴァルドに、マリアはため息を一つ。
「一つ、助かる可能性もなくはないですが…… 」
「なんだよそれ? お前の全力の爆裂魔法ならとか言わないよな? 」
マリアはフッと鼻で笑って、手を添えるリュウに目線を移した。
「魔王の首を差し出せばいいんじゃないですか? 」