13話 魔王が…… 死んだ?
「なん…… だと…… 」
エンデヴァルドはベアウルフの言葉に絶句した。
「10日前のことだ。 心不全だったそうだ 」
「はぁ!? 魔王たるものが心不全だと? 心臓が1個や2個止まっても魔王なら平気だろうが! 」
「バカ言うな! 魔王様だって心臓は1個しかない! 」
ガタッ
ベアウルフといがみ合っていたエンデヴァルドが物音に振り向くと、マリアが真っ青な顔で床にへたり込んでいた。
「…… どうした? 」
「…… いえ、何でもありません 」
ハッと我に帰ったマリアはコホンと咳払いをして部屋を出ていく。
「おい、どこへ行く? 」
フラフラとおぼつかない足取りでドアを開けたマリアに、心配になったエンデヴァルドが声をかけた。
「…… お花を摘みに行くだけです。 覗くつもりですか? 変態勇者サマ 」
「覗かねーよ! そんな趣味はねぇ! 」
部屋中がベアウルフの笑い声で一杯になる。 そんな中、神妙な顔で出ていくマリアの背中を見ていたのはセレスだった。
「魔王様が…… 亡くなられた…… 」
マリアは馬車の荷台に腰かけて青空を見上げる。 その顔は無表情で、ただ流れる白い雲を眺めていた。
「浮かない顔ね。 労せず魔王様が倒れたのだから喜ぶべきじゃないのかしら? 」
マリアの背中に声をかけたセレスは、おもむろに細長い愛用のパイプタバコを取り出して火をつける。
「…… 戦わなきゃ名前が売れないじゃないですか。 ここまで来たのに残念です 」
マリアはセレスに振り向かずそう答えた。
「その割には悔しそうじゃないわね。 それじゃまるで死を悼んでいるようにしか見えないわよ? 」
「まさか。 魔王様は討伐対象であって…… そうですね、いきなり目標がなくなって胸にポカンと穴が空いたという感じです 」
「見え見えな嘘はいらないわ。 何が目的だったの? 」
セレスはマリアの前に回り込み、マリアの目を見据えて煙を吐き出す。 マリアは力なく苦笑いを返し、『タバコ臭いです』と付け加えた。
「そんな怖い顔しないで下さい。 別に大したことじゃないですから 」
マリアは荷台からポンと飛び降りてベースキャンプの入り口に向かった。 セレスはため息をついてマリアを呼び止める。
「無理して戻らなくてもいいんじゃない? 」
「時間が掛かって大きい方だと思われてもイヤですから 」
振り向いて答えたマリアは、普段通りのニコニコ顔に戻っていた。
二時間程ベースキャンプで休憩を取ったエンデヴァルド達は、ベアウルフ達との約束通り、長居を避けて5合目ベースキャンプを出発した。 勾配こそ少しキツイが、しっかり踏み固められた道と広い道幅で馬車のスピードも上がる。 なんといっても、ベースキャンプを出てから一匹も蟲が湧かなかったことにセレスは驚いていた。
「魔族がいると、こうも違うものなのね 」
「昼間だというのもありますが…… あ、セレス様、そこの角を左です 」
グランはセレスの横に座って道案内をしていた。 突き当たった道を右に行けばルーツ山脈麓の村イグニス、左に行けば鉱山の採掘場に出る。 魔王が住むユグリアという辺境の地は、イグニスを経由して更に三つの村を越えて行くのがセオリーだったが、グランは採掘場の奥からユグリアへ続く抜け道を知っていたのだ。
「よくそんな道を知っているものね。 魔王と何か繋がりでもあるの? 」
「ありませんよ? 以前はレンゼナイトを調達する仕事が多かったですから、採掘場の人達から教えて頂いたんです。 かつては魔王城に直接鉱石を輸送する道だったそうですよ 」
『ふーん』とグランのうんちくに耳を傾けていたセレスだったが、行き交う馬車からの視線がとても気になっていた。
「セレス様、代わりましょうか? 」
セレスの様子を察して、レテが荷台から顔を覗かせる。
「この辺りで人間族はやはり珍しいですから、不審がられても仕方ないのかもしれません。 グランは馬車を扱えませんから、ここからは私が御者を引き受けますね 」
「よろしく、レテ 」
レテが荷台から顔を覗かせてセレスから手綱を預かる。 ありがとうとお礼を言って、セレスは荷台に引っ込んでいった。
レテが操る馬車に揺られて、一行は細く曲がりくねった道を進む。 やがて見えてきた一つの王城…… だったと思われる瓦礫の山。 城壁だった壁はいたるところが崩れ落ち、かつて長年一大勢力を誇っていた魔王城の姿は、廃墟同然だった。
「おい…… こんな廃墟が魔王城だって言うのか? 」
幌をめくって覗いていたエンデヴァルドは、魔王城の見るも無残な姿に言葉を失う。
「今は別の場所におられるそうですよ。 かつての戦争で破壊されてしまった王城は、長年かけても復興できないと判断したのでしょう。 それだけ魔族は少なくなってしまったんですよ 」
エンデヴァルドの横で荷物の整理をしながら、グランは少し寂しそうに説明した。
「…… 確かに誰もいないな 」
エンデヴァルドが幌から顔を出して周りを見渡したが、人影ならぬ魔族の影が一つも見えない。
「戦争に負けた側の末路…… か。 人間族が負けていたら、同じような道を辿ったんだろうな…… 」
ボソッと漏らしたエンデヴァルドの小言を、マリアは膝に顔を伏せながら聞いていたのだった。