119話 玉座の腐れ勇者
「派手にやり過ぎよエバ様…… 」
リュウに抱えられてセレスが上空から見たものは、至る所から火の手が上がるカーラーン王城の姿だった。 正面庭園や中庭では衛兵とレジスタンスが戦闘を繰り広げ、裏手の城壁は吹き飛んで崩壊し、城下町は逃げ惑う人々で街道を埋め尽くしている。
「あそこでエンデヴァルドさんが待っているはずですが…… いませんね 」
リュウが王城の裏手に目線を向けたが、後宮跡に二人の姿はもうなかった。 ゆっくりと高度を下げて最中、セレスは南東から王城正門を目指している一筋の黒い軍の列を見つけた。
「東方面軍…… 」
リュウの襟首を掴むセレスの手に力が入る。
「心配ありません。 タウルースさんとは話がついていますから 」
「じゃああれは? 」
右手に目を向けると、もう一筋の黒い列が西から一直線に近づいてきていた。 治療を受けたマルクスとゲッペルが、全西方面軍を率いてカーラーンを目指していたのだ。
「まだ距離はあります。 彼に知らせましょう 」
リュウはエンデヴァルドが謁見の間に移動したと思い、窓に向かって降下する。 翼を折り畳んで中に入ったリュウとセレスが見たのは、玉座に肘を突いてふてぶてしく座るエンデヴァルドの姿だった。
「よおセレス 」
「エバ様…… 」
右手と腹部に巻かれた包帯には血が滲み、見据える目は金色に輝いている。 駆け寄ろうとしたセレスはそれを見て、その場に踏み留まった。
「あなたは誰? 」
ベイスーンでも似たような質問をしてきたなとエンデヴァルドは思い出し、ククッと笑ってセレスに手を伸ばした。
「どこからどう見てもエンデヴァルドだろうが 」
「違う。 あなたはエバ様ではないわ 」
『ほう』と目を細めたエンデヴァルドは、玉座から立ち上がりセレス達に向かって歩き始めた。
「さすがダークエルフだな。 我はエターニア…… かつてグリザイアを葬った勇者エターニアである 」
体から魔力を放出させながら近づいてくるエンデヴァルドをセレスは真っ直ぐ見据える。
「セレスさん、下がって下さい 」
リュウがセレスの盾になるよう前に出て、ドラゴニクスの柄に手をかけた。
「一応聞くが、なぜエンデヴァルドではないとわかった? 」
「エバ様の雰囲気というものが感じられないからよ。 あの人はね、見た目より内気で寂しがり屋さんなの 」
腕を組んで自慢気に話すセレスに、エンデヴァルドはフンと鼻で笑い飛ばした。
「エバ様はどこ? マリアも見当たらないけど 」
「我が食らってやった。 エンデヴァルドはもうこの世には存在しない 」
セレスは目を細めて彼を見据える。 その目は金色を帯び、黒いモヤが体を包み始めた。
「リュウ様…… 」
セレスは怒りを抑えてリュウに説明を求める。 リュウはいつでもドラゴニクスを抜ける態勢のまま、背後の彼女に話した。
「はい、あなたを迎えに行く前にエンデヴァルドさんが言ってました。 エターニアさんは『俺の中に逃げ込んだかもしれない』と…… 乗っ取られた可能性が高いです 」
「体が元に戻ったと思ったら…… 忙しい人ね。 エバ様、私の相手はいつしてくれるの? 」
冗談を投げ掛ける彼女は彼の出方を窺う。 だがその表情とは裏腹に、気持ちに余裕などなかった。 彼女の本音は、今すぐにでもその胸に飛び込みたいのだ。
「心配せずとも我が相手をしてやろう。 そのエナジードレインはとても有益だ 」
「おあいにく様、私はエバ様以外眼中にないの。 ジジィはさっさとおくたばりになってはどうかしら? 」
ニヤリと口元を吊り上げたエンデヴァルドは、歩きながら転がっていた衛兵の槍を拾い上げてセレスに向かって投げ付けた。 勢いよく放たれた槍は一直線にセレスの胸に飛んだが、リュウがそれを許さない。 ドラゴニクスを鞘に納めたまま槍を受け流し、エンデヴァルドに踏み込んだ。
「エンデヴァルドさん! 」
鞘から抜かれたドラゴニクスの軌跡は三日月を描き、エンデヴァルドの首を狙う。 武器を持たない彼はすかさず後ろに飛んで、両者の間は大きく開く。
「軟弱な貴様に我が斬れるか? 」
「斬るのではなく『語る』んです。 エンデヴァルドさん、貴方が教えてくれたことです 」
「フッ…… そうかよ…… 」
その言葉がリュウに聞こえたかはわからない。 足元に転がっていた衛兵の長剣を拾い上げるエンデヴァルドの表情は、僅かに弛んで穏やかな笑みを浮かべていた。
「ならば本音で語れ! 」
エンデヴァルドは突風を巻き起こし、その風を利用して一気に間合いを詰めた。
「僕はいつでも本音ですよ! 」
長剣とドラゴニクスが十字にぶつかり、長剣が派手に砕け散る。 リュウは勢いに乗せて振り切り、エンデヴァルドを柱に向けて吹き飛ばした。 壁に激突寸前、エンデヴァルドは反転して柱を蹴りもう一度突っ込む。
「いいぞ! 魔王の末裔! 」
砕けた刀身を炎魔法で補い、再びリュウを一閃する。
「エンデヴァルドさん! エターニアさんにされるがままなんですか!? 」
「なっ!? 」
リュウはドラゴニクスでは受けずに素手で炎の刀身を掴んだ。 炎魔法の刀身は前回のルイスベル同様、エンデヴァルドに威力そのまま弾き返す。 またも柱に向けて吹き飛ばし、今度は激突して太い柱をなぎ倒した。
「忘れましたか? 僕に魔法攻撃は通用しません 」
エンデヴァルドは瓦礫を押し退けて立ち上がり、口元の血を拭う。
「へへ…… 強いな。 これなら大丈夫だろ…… 」
その呟きはリュウには届いていない。 あちこちに散乱している武器を見回し、聖剣エターニアに近い形の長剣を選んで肩に担ぐ。
「魔王の末裔、貴様の技は『白龍の審判』ではなかったのか? 撃って構わんのだぞ? 」
「そうですね…… 全力で行きます 」
リュウは構えていたドラゴニクスを鞘に納め、居合抜きの態勢を取る。 挑発するようなエンデヴァルドの言葉に、眉をひそめたのはセレスだった。
「ちょっと待って。 リュウ様の秘技は『黒龍』ではないの? エターニア、なぜあなたがそれを知っているのかしら? 」
「…… 我は聖剣の中で全てを見てきた。 何ら不思議ではないだろう? 」
「それはないですね 」
そう答えたのは構えたままのリュウだった。
「『白龍』と命名したのはフリューゲルさんで、この純白の刀身を受け取った時です。 その時聖剣エターニアは貴方の手にはなかった。 知る筈がないんです 」
エンデヴァルドはリュウを睨み付ける。
「知ってるかどうかなんてどうでもいいんだよ。 全力で来ねぇと死ぬぞ 」
長剣を肩から抜刀する構えは、エンデヴァルド独特の戦闘スタイルだ。 その背中をずっと見てきていたセレスが、二人の戦いをやめさせようとしたその時だった。