116話 勇者VS勇者
「ぐうぅ! 」
体中の魔力を搾り取られていくような感覚に、ヴェクスターはエターニアを投げ捨てようとする。 が、エターニアは同化したように手のひらから離れない。
「ああああぁ!! 」
天を向いて吠えたヴェクスターは、やがて俯いて沈黙したのだった。 一部始終を冷ややかな目で見ていたエンデヴァルドは、動かなくなったヴェクスターからエターニアを回収しようと近付いたその時だった。
「ク…… ククク…… 」
ヴェクスターが喉を押し潰したような声で笑い始める。 その声にエンデヴァルドは歩みを止めた。
「長かった…… 待ちわびたぞこの時を…… 」
「…… エターニアだな、お前 」
エンデヴァルドは雰囲気の変わったヴェクスターを見据える。 ゆっくりとエンデヴァルドに目線を向けたヴェクスターの両眼は、金色に輝いていたのだった。
「そうとも。 500年もの間この剣の中に閉じ籠り、ようやく封印を解く分の魔力と体を手に入れることが出来た。 感謝するぞ、『勇者エンデヴァルド』 」
かつて人間族の勇者として魔王グリザイアを討ち倒したとされる『勇者エターニア』は、その命が短い事を知ると留結晶にその精神を吸わせて生き永らえていたのだ。 聖剣エターニアはその実は留結晶の武器であり、当時の魔族達の精神を生贄にして鍛えられた『邪の剣』だったのだ。
「何が感謝だこの野郎。 やっぱりお前が中に入ってたのかよ 」
「ほう…… 気付いていたのか 」
「グリザイアの記憶を見た後から違和感は感じていたんだよ。 グリザイアと戦っていた時の剣は、その剣ではなかった。 全てを無効化するその剣は、お前が魔力を吸収していたんだろうが 」
「ご名答。 貴様が存分に戦ってくれたおかげで十分な魔力量を得ることが出来た。 200年前にカーラーン王城の台座に封印されたのは計算外だったがな…… おかげで余計な月日を無駄にしてしまったものだ 」
クククと声を押し殺して笑うヴェクスターの姿のエターニアは、おもむろにエンデヴァルドに手を差し出した。
「さあ、かつて我々エルフが統治していたシルヴェスタを取り戻そうではないか! 」
エンデヴァルドは差し出された右手をじっと見据える。
「先住である我らエルフを蔑ろにした愚族共を滅ぼし、シルヴェスタを緑豊かな大地に…… 」
「古くせぇな…… お前はもう時代遅れなんだよ! 」
耳をほじりながらエンデヴァルドはそう吐き捨てた。 エターニアは差し出した手をそのままに、エンデヴァルドを睨み付ける。
「何が緑豊かなシルヴェスタだ。 何がエルフを蔑ろにした愚族共だ。 てめぇなんざ一生その剣の中で腐ってろ! 」
「…… 」
「500年前にてめぇがふんぞり返る為に戦争を引き起こしやがって! その因縁が今のこの状況を作ってるんじゃねぇか! 詫びろ。 謝れ。 全国民に頭を下げやがれ! 」
エンデヴァルドは肩を怒らせてエターニアに近付いていく。 その手には聖剣の鞘が握られていた。
「これ以上の話は不要だな 」
エターニアはそう呟き、差し出した手を下ろして聖剣を構えた。
「うるあぁ! 」
エンデヴァルドは一気に間合いを詰めてエターニアに鞘で殴りかかる。
「愚かな! 」
エターニアがすくい上げるように聖剣で受け止めると、ガツンと鈍い音を立てて両者は弾かれたように吹き飛んだ。 どちらも武器に魔力を込めて打ち合ったのだ。 ビシッと地面に亀裂が入り、突風が吹き荒れる。
「おらぁ! 」
「おおぉ!! 」
両者が打ち合う度に魔力同士がぶつかり、バンバンと衝撃波を生む。 隙をついてエンデヴァルドは横腹目掛けて一閃すると、エターニアはかろうじて受け止めた。 剣技においてはエンデヴァルドの方が上なのだ。
「沈めこの野郎が! 」
打ち合った衝撃を乗せてエンデヴァルドは鞘を振り抜く。 その瞬間、聖剣はガラスが割れるような音を立てて真ん中から砕けたのだ。
「なっ!? がああぁ!! 」
横腹に渾身の一撃を受けたエターニアは勢いよく吹き飛び、地面を転がって大木に激突する。 エンデヴァルドがすかさず追撃に走ったが、すぐに態勢を整えたエターニアに素手で鞘を受け止められ、強烈なボディブローを食らって地面を滑った。
「フッ…… 半覚醒と言えど丈夫だな。 本覚醒した暁には、貴様の体を貰い受けようと思っていたのに 」
「ああ? てめぇにこの体を明け渡すわけねぇだろボケが! 」
お互い腹を押さえながら、再び戦闘態勢に入った。 武器から素手の戦いに切り替わった両者は、拳に魔力を込めて殴り合う。 胸に当たった拳は火を噴き、蹴りを受け止めた腕には電撃が走る。
「おらあぁ!! 」
繰り出されたエターニアの手刀がエンデヴァルドの頬をかすめて風の刃が斬り裂いたが、彼はそれをものともせずエターニアの顔面に爆裂魔法を0距離で叩き込んだ。
「がはっ! 」
両者を中心に、周囲一帯を巻き込んで大爆発が起きる。 マリアのエル・バーストほどではなかったが、瓦礫になった後宮を吹き飛ばすには十分な威力だ。 自らも吹っ飛んだエンデヴァルドは空中で一回転して着地する。
「どうだこのやろ…… 」
手応えを感じてニヤリとした瞬間、噴煙の中から光の矢が彼の左肩を貫いたのだった。
「があぁっ!? 」
エンデヴァルドの肩を貫通した光の矢は、彼の背後の城壁をも突き崩す。 幸い吹き飛ばなかった肩を押さえ、エンデヴァルドが顔を上げた先には、両手をこちらに向けたエターニアが
口元を吊り上げて笑っていた。
「所詮貴様は中途半端なのだ! 」
エターニアの手のひらから光魔法が放たれる。矢というよりは槍のような光魔法は、一瞬でエンデヴァルドの中心を貫いたのだった。