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113話 反撃の狼煙

 気絶したレティシアをおぶって後宮を出たシュテーリアが見たものは、おびただしい数の第一中央軍の死体だった。


「あら…… おかえりなさい。 無事救出に成功したのですね 」


 廊下の影からファーウェルがスッと姿を現して彼女達に微笑みかける。 手にしていた短剣は血まみれだったが、ファーウェルは返り血を一滴も浴びることなく一個小隊を殲滅していたのだ。


「なんということを…… 」


「エンデヴァルドの身を守る為です。 私などより、彼女の方がよほど気合い入ってますけれど 」


 そう話している間にも、廊下の外からは爆発音が立て続けに鳴り響く。 マリアが王国軍を攪乱するために、中庭で爆裂魔法を乱射しているのだ。


「早くお逃げなさい。 せっかく妹君を救い出したのに、ここをうろつかれては誤って(・・・・)殺してしまうかもしれません 」


 フフッと笑うファーウェルの目もまた、エンデヴァルドのように左目だけが金色に変化していた。 シュテーリアはエンデヴァルドと同じ恐怖を覚える。


「…… エルフの血とは何なのですか…… 」


「あら…… 元をただせば、魔法を使えるものは皆エルフの末裔と言えるのではなくて? 」


「私達は殺戮の為にこの力を持っているのではありません! 」


 シュテーリアがレティシアをおぶったまま剣の柄に手を伸ばすと、ファーウェルはニコッと笑いかけた。


「その気持ちをお忘れずに。 さあ、行ってください。 ベルナローズなら今頃安全でしょう  」





 ファーウェルの読み通り、オルゲニスタからの襲撃で苦戦を強いられていた北方面軍は、リュウとヘレンの加勢で一瞬にして形勢逆転していたのだった。


 転送ゲートを死守していたハミルは駐屯地の聖堂に籠城せざるを得なくなっていた。 リュウは状況を聞き、聖堂から出るや否や『白龍の審判』を全力で放ったのだ。 本人が驚くほどその威力は凄まじく、魔族軍もろとも駐屯地の建物のほとんどを吹き飛ばしてしまう。 怯んだ残党をヘレンがすかさず討ち取り、その流れに乗って北方面軍は窮地を乗り切ったのだった。


「ヘレンさん、オルゲニスタを任せていいですか? 」


「御意。 安全が確認できれば私もそちらへ向かいますゆえ、どうか御無理をされませんよう 」


「はい! 行ってきます! 」


 リュウは大きな翼を広げて周囲に風を巻き起こし始める。 彼は既に成長した体に馴染み、イメージグローブをも使いこなしていた。


「俺も連れて行ってくれ! リセリアが心配なんだ! 」


 リュウが気流に乗って浮き始めたその時、アーバンがクレイモアを両手に掲げてリュウに叫ぶ。


「はい! 『愛する者を守る力は強し』ですね! 」


「ちがっ! …… わないけど言葉にしないでくれ! 」


 リュウは瞬間給湯器のように真っ赤になる彼にニッコリと笑うと、空中ブランコのように彼を吊り上げて飛び立ったのだった。


「驚きだね…… あれが本来の魔王の姿なのか 」


「ああ。 私が思うに、リュウ様は誰よりも強大な力を持ってらっしゃる。 過去の大戦で数が圧倒的に不利な魔族軍が、人間族軍と対等に渡り合ったのがなんとなく理解できる 」


 夜空に溶けていくリュウとアーバンの姿を見送った後、ヘレンはハミルに向き直った。


「俊馬を貸してもらいたい 」


「まさか一人で行くのかい? 兵が必要なら出すよ? 」


「力量のない部隊長では統率も取れまい…… それ以前に、もう私は軍人ではないがな。 気持ちはありがたいが、実は単身の方が動きやすい 」


 フワッと笑う彼女を見て、ハミルは『なるほど』と笑顔になる。


「なんだ? 何かおかしな事を言っただろうか? 」


「いや失礼、君の笑顔が見れる日が来るなんて思っていなかったからね。 すぐに馬を手配しよう 」


 そんな冗談を言って、ハミルは自分の馬を迎えに走っていった。


「…… そんなに私は笑っていなかったのか…… 」


 ヘレンは胸に手を置いて目を閉じる。 自分が今生きていることに…… 他人に笑顔を向けられるようになったことに、リュウに感謝するのだった。





 一方でセレス達は、連続的に続く攻撃に休む暇が与えられず、その数を半分にまで減らしていた。 中央軍に完全にスレンダンの屋敷を包囲され、リセリアら部隊長も負傷して、まともに動けるのはセレスとルイスベルのみ。 モーリスは侵入してきた魔族に襲われたセレスを庇って重傷を負っていた。


「やはり制圧戦では向こうの方が上だな 」


 ルイスベルは一時的に止んだ攻撃の合間で、セレスに腕の傷の治療を受けながら戦況を分析する。 中央軍も消耗していたが、メゾットからの増援や補給物資で勢いが衰えないのだった。


「ごめんなさい…… 多くの仲間を失ってしまった…… 」


 包帯を巻きながらセレスは俯いて謝罪する。


「言うなセレス。 貴女が弱気では、残った同胞は何を信じて戦えばいいのか迷ってしまう。 胸を張り、国が間違っているのだと示すのだ。 そしてなんとしてでも、目の前の敵を退けねばならん 」


 戦う意思を崩さないルイスベルに、セレスは『わかったわ』と気力を振り絞る。


 ドン、ドンと再び正面の扉をぶち破ろうとする音に二人は立ち上がり、襲撃に備えようとしたその時だった。


「「「うわあぁ!! 」」」


 屋敷の外から聞こえてくる中央軍の悲鳴と、吹き荒ぶ風の音。 セレスが破れた窓から外の様子を窺うと、兵士が宙を舞っているのが見えた。


「イメージグローブ!! エバ様! 」


 三本の竜巻が兵士を巻き上げ、それに守られるように10メートルはあろうかという首なしの岩のゴーレムが立つ。 その上空には翼を広げたリュウが巧みに竜巻を操っていた。


「「「ぎゃああっ! 」」」


「「「わあぁ!! 」」」


 突然の奇襲に中央軍は掻き乱され、竜巻に弾かれる者やゴーレムに払われる。 遠距離から魔法や弓を放つものの、魔法はリフレクションによって術者に跳ね返され、弓は風にさらわれる。 剣や槍は、硬いゴーレムには歯が立たない。


「隊長! 遅くなりました!! 」


 二階から駆け降りてきたアーバンが、息を切らせながらルイスベルにクレイモアを差し出す。 中央軍は闇夜に飛ぶリュウ達の存在に気付かず、二人はすんなり屋上へと降りていたのだった。


「おおアーバン! ご苦労だった! 」


 予想していなかった愛剣との再会に、ルイスベルにも笑顔が戻る。


「エンデヴァルドに聖剣を渡せたのだな? 」


「はい! ですがあれは奴ではありません、魔王リュウです 」


「無事に戻れたのね。 じゃあエバ様は? みんなは? 」


 セレスは興奮気味にアーバンに食い付く。 普段の余裕じみた雰囲気はなくなっていた。


「へ、ヘレン隊長はオルゲニスタを制圧しに言ったけど、エンデヴァルドは覚醒してその後はわからな…… 」


「覚醒ってどういうこと!? まさか暴走してどうにかなったんじゃないでしょうね!? 」



 彼女はアーバンの肩を掴み、泣きそうな顔で食って掛かる。


「暴走はしてない! 逆にアイツに似合わないほど冷静だ! それより外の敵の牽制が先だろ! 」


 気を抜けばこちらが全滅しかねない状況に、セレスは苦虫を噛み潰したような表情で俯く。 エンデヴァルドが今、どのような状況で何をしているのか、彼女は心配で堪らないのだ。 そんな彼女の肩にルイスベルがそっと手を添えた。


「あの男なら平気だろう。 それよりもアーバンが言った通り、我々はこの状況を打破せねばなるまい。 アーバン! 」


「はい! 」


「ここの守りはお前に任せる。 やれるな? 」


「それじゃ俺も行きま…… 」


「リセリアの側にいてやれ。 お前の顔を見れば元気も出るだろう 」


 ルイスベルは一瞬顔を綻ばせ、クレイモアを片手に扉をすり抜けて行った。


「おお…… 」


 隙間から外の様子を窺う兵士達が感嘆の声を上げる。 愛剣を手にしたルイスベルの無双ぶりは凄まじく、一振りで数人の重歩兵を吹き飛ばしていた。


「覚醒って一体…… 」


 セレスはエンデヴァルドが力を封印されていた事を知らない。 考え込む彼女に、アーバンの激が飛ぶ。


「考えるのは後にしろ! 後方の憂いを断つのもエンデヴァルドの為になるだろ! 」


「…… そうね、あなたの言う通りだわ。 この場を乗り切って、エバ様本人に問えばいい 」


 セレスの顔が引き締まる。 これ以上の戦闘に諦めを漂わせていた兵士達も顔を上げ、今も尚戦闘を続けるリュウとルイスベルに続くのだった。

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