111話 真意と忠告
「バカですかあなたは。 そんな説明じゃ全然伝わりません 」
「…… この野郎。 命投げ出すような無茶しやがって 」
睨み合う二人は、お互いに満身創痍にも関わらず口ゲンカを始めた。
「そんなんだから脳まで筋肉の腐れ勇者って言われるんですよ 」
「言われてねぇ! なんだそのザマは? ろくに育ってもいねぇ体で血を流すからすぐ貧血起こすんだよ! 」
「胸は関係ありません! 野郎じゃありません! ホントに頭悪くて世間知らずで口が悪くて短気で態度デカくてめんど…… 」
延々と続きそうな様子の二人に、タウルースもアーバンも呆れ顔だ。
「死に目に遭ったというのに元気なことじゃの 」
「あうっ!? 」
フリューゲルはため息をついてマリアをエンデヴァルド目掛けて突き飛ばす。 足がもつれるも耐えていたマリアだったが、フラフラと前進して彼の胸にすっぽりと収まったのだった。 その途端に彼女は大人しくなる。
「…… 心配させんじゃねぇよ 」
「お互い様です。 どれだけ心配したと思ってるんですか…… 」
マリアがエンデヴァルドの背中に手を回すと、彼もマリアの頭にポンと手を乗せる。 普段なら『子供扱いするな』と跳ね退ける彼女だったが、今はその手の感触を目を閉じて確かめていた。
「さて…… おいタウルース、早速だが頼みがある 」
「…… お主が頼み事とは、初めての事だな? 」
「うるせぇよ! とにかくだ、飯を食わせろ。 腹が減ってちゃ力が入らねぇ 」
真剣な表情の彼に、タウルースはフッと鼻で笑った。
「初の頼みが『飯を食わせろ』か…… お主らしい 」
笑いを堪えきれず、クククと声を漏らしたタウルースは、『来い』と駐屯地に向けて歩き出す。 一同が彼について行こうとすると、フリューゲルがエンデヴァルドを呼び止めた。
「ベルナローズへ行くんじゃろ? これをルイスベルに渡しておけ 」
フリューゲルは背中に担いでいたクレイモアをズンと地面に突き立てる。
「アーバン、仕事だ 」
「おまっ!? マジで俺を運び屋扱いしてるだろ! 」
「親愛なる隊長の愛剣を運べるんだ、光栄に思え 」
アーバンはあっけらかんとスルーするエンデヴァルドに睨みを一つ。 クレイモアを受け取り、愛馬の鞍に乗せて駐屯地へと走った。
「それともう一つ…… ほれ、餞別にくれてやる 」
フリューゲルはエンデヴァルドに短剣を一本放り投げた。 鞘にはいくつものクリスタルが埋め込まれ、鞘から抜くとその刀身は磨き上げられた薄紫色の水晶で出来ていた。
「これ…… 留結晶の短剣か? 」
「もう結晶としての力はないし、切れ味など皆無じゃから武器としては役に立たん代物じゃがの。 好きにするといい 」
そう言ってフリューゲルは工房に戻って行った。 エンデヴァルドは『めんどくせぇな』とボソッと呟き、握る短剣をじっと見つめる。 ふとマリアがその短剣に手を重ねた。
「スレンダン様の形見ですか…… もしかしたら彼の意識が宿っていて、私達を見守ってくれるかもしれませんね 」
「そんなメルヘンチックな事あってたまるか。 お前にやるよ 」
彼はそのままマリアに短剣を握らせ、グリグリと頭を撫でて突き放す。 『腹減った!』と駐屯地に歩き始める彼の背中を、彼女は短剣を胸に抱いて見つめる。
「良かったですね、マリア 」
「姉さま…… 申し訳ありません、また生き残ってしまいました 」
短剣を抱いたまま頭を下げる彼女に、ファーウェルは微笑んで頭を上げさせる。
「私も他人の事を言えませんね。 ものの見事に、彼に拒絶されてしまいました 」
不思議な顔をするマリアに、『なんでもありません』と微笑んだファーウェルは彼女に肩を貸す。
「あなたも私も、生き残ったということはまだ役目が残っているのでしょう。 私は彼に付き添うことを決めました…… あなたはどうしますか? 」
「…… 彼と契約したんですか? 」
「いいえ、私の意志です。 フフ…… 契約以外で私が動くのは不思議ですか? 」
悪戯っぽく微笑むファーウェルに、マリアはまばたきをして驚く。 スレンダンの屋敷で共に働いていた時には、こんな表情を見たことはなかったからだ。
「苦労しますよ? 頭悪くて世間知らずで口が悪くて…… 」
「短気で態度デカくてめんどくさがりでワガママなのでしょう? クセの強い男の方が何かと味があるものです 」
「…… 姉弟の恋愛はイタいです。 やめておくことをおすすめします 」
「あら、言うようになりましたね。 あなたもやっと、本気になれる相手が見つかったということでしょうか 」
頬を染めて口をへの字に曲げるマリアに、ファーウェルはフフフと微笑む。
「でもあなたこそお止めなさい。 彼は勇者一族の末裔であり、滅ぶべき運命にあります 」
「言っている意味が分かりません。 彼に付き添うと言いながら、彼を害するつもりですか? 」
マリアは真顔で金色に目を輝かせる。
「話してはくれませんでしたが、彼は何かを企んでいる様子。 もしかしたらヴェクスターと同じようにこの国の脅威となるやもしれませんよ? 」
「彼はなりません。 彼は私が生きていける国を作ってくれると約束してくれましたから。 セレスもそれを信じたから次期国王を引き受けたんです 」
「そうですか…… 忠告はしましたよ。 ならばもう迷いませんね? 」
意味ありげな言葉で微笑んだファーウェルは、この先エンデヴァルドが何をしようとしているのかを聞いていたのだった。
「さて…… 私共もご相伴に与りましょう。 一昼夜走り通しで、お腹が空いてしまいました 」
マリアは彼女の真意が分からず、自分の歩調に合わせて肩を貸してくれる彼女を少し警戒しながら駐屯地へと向かうのだった。