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109話 本覚醒

 ファーウェルは手近な一軒家に押し入り、住人を追い出して立て籠った。 リュウとヘレンに覚醒の儀式が終わるまで誰も中に入れないよう告げたファーウェルは、エンデヴァルドをベッドに寝かせて服を脱がせる。


「おい…… 本当にこれが覚醒の儀式なのかよ? 」


「せっかちな性格は嫌われますよ? 焦らず、任せて下さいな 」


 自らも服を脱いで下着姿になり、彼に馬乗りになる。 その右太ももにはレッグシースが装備され、複数本の投げナイフが差されていた。


「暗器かよ…… 怖い奴だな 」


暗殺者(アサシン)として生きてきましたから。 これは外せません 」


 そう言うと彼女は上体を倒して体を重ねてきた。 首にキスをし、彼を誘うように胸に手を這わせる。


「な…… なんなんだよ! 」


 カチコチに緊張するエンデヴァルドの様子に、彼女はクスクス笑って下半身に手を伸ばし始めた。


「おい!! 」


「遊郭に通っていたクセに、経験がないのですか? そんなに緊張していたら楽しめませんよ? 」


「楽しむもクソもあるかよ! ふざけてるだろ! 」


 押し退けようとした彼の手をスルッと受け流し、彼女は這わせる手を止めて彼の胸に顔を添えた。


「ふざけてなどいませんよ。 私にとって、これが最後の思い出になるのですから 」


「最後だと? 」


 真顔になって起き上がろうとした彼を、彼女は両手を押さえ込んでキスで押し倒した。


「ええ、最後です。 私の命と引き換えに、貴方を覚醒状態へと導きます 」


「どういう…… うっ!? 」


 喋ろうとしたその口を彼女はキスで塞ぐ。 次の瞬間、彼の口の中に何かの液体が入ってきた。 仰向けに寝かされていた彼は、無意識にその何かを飲み込んだ。


「何を…… あぐっ!? 」


 体を起こした彼女の口元には血が滲んでいた。 彼女は自分の唇を噛みきり、エンデヴァルドに流し込んだのだ。


「極度の興奮状態で、私の血肉を喰らうこと…… それが覚醒条件です 」


「ぐ…… がああぁ!! 」


  彼女の声はエンデヴァルドには届いていない。 彼は体の中から蝕まれていくような感覚に身をよじって苦しみ始めたのだ。 ベッドから落ちないよう暴れる彼を必死に押さえつけていたが、その表情は冷静で穏やかだった。


「御主人様は貴方のその力を封印する為に、私の血を結晶化させてその体に埋め込みました。 私の活血(いきち)が、その結晶化したものを溶かしているのです…… それは、私の心臓を喰らうことで完了するのです 」


 彼女は下着姿になっても外さなかったレッグシースからナイフを抜き、彼の左手のひらを貫いてベッドの縁に縫い付けた。


「がああぁ!! 」


 尚も暴れる彼の右腕を踏みつけ、抜いたもう一本を両手で逆手に持ち掲げた。 狙いは自らの胸の中心だ。


「これが御主人様との最後の契約です。 貴方にこの先全てを押し付けるのは心苦しいですが…… 血縁として、姉として出来る唯一の事だと受け止めて下さい 」


 フワッと微笑んだファーウェルは、躊躇なくナイフを抱き抱えるように胸に突き立てた。


 筈だった。


「なっ…… 」


「か…… 勝手な事してんじゃねぇ…… 」


 ファーウェルの胸に突き立てられる筈だったナイフの刃は、エンデヴァルドの左手に握られて彼女の胸に当たって止まっていた。 彼は縫い付けられていた左手を無理矢理引抜いたのだ。 胸に当たった血だらけの拳は、ドクドクと血が溢れて彼女の下着を赤く染める。


「…… なぜ動けるのですか…… 今の貴方は正気ではないはず…… 」


 結晶融解の影響で、エンデヴァルドは一時的に飢餓状態の獣のようになる。 そうスレンダンに聞いていた彼女は、意識があるまま補食される恐怖から逃げ出さないように、自害してその身を差し出そうとしたのだった。


「血縁だぁ? 姉としてだぁ? そんなら生きてオレに力を貸せってんだよ!! 」


「…… 」


 スレンダンの予想と違う彼の行動に彼女は驚きのあまり声も出せない。


「こんなことなら本覚醒なんぞクソ食らえだ! 犠牲で得た力なんざ、オレは認めねぇ!!  」


 エンデヴァルドは馬乗りの状態の彼女を力ずくでひっくり返し、押し倒してマウントを取る。 その勢いで、目を丸くしたまま見つめる彼女の首と肩を押さえ込んだ。


「ですが、今の貴方では明らかに力不足です。 これから貴方のやろうとしていることは、絶対的な力が必要な筈。 覚醒は必須で…… !? 」


「もう周りで誰かが死ぬのは見たくねぇんだよ…… 」


 ファーウェルの頬にポタリと雫が落ちる。 エンデヴァルドは泣いていたのだ。


「…… 感情をコントロール出来なくなっているのですか? 」


 エンデヴァルドの目から溢れる涙は、ポタポタと彼女の頬を濡らしていく。


「なんで死ななきゃならない!? 死ぬ為に生きてきたんじゃねぇだろうが! 契約がお前の生を決めるんじゃねぇだろうが!! お前だけじゃねぇ…… 魔族やダークエルフだって、他人のさじ加減で殺されていい筈がねぇんだ 」


 それこそが、エンデヴァルドが各地を放浪して暴れまわる理由だった。 根底には母親ミーファの虐殺された姿があり、目に映る者を救いたいという思いが彼を強くしていったのだった。


「優しい子ですね…… 」


 その思いに気付いたファーウェルは彼の頬を拭い、両手で顔を包み込んで胸に抱き寄せる。


「く…… おおぉ!! 」


 エンデヴァルドは堪えきれず、彼女の胸で雄叫びを上げて泣いたのだった。


「力を諦め、私をも救おうとしてくれるのですか? 」


 叫び続ける彼の頭を彼女は撫で、あやすように背中を擦る。


「教えてくれませんか? これから貴方が何をしようとしているのか。 何を狙っているのか…… 私には貴方の無茶ぶりが読めません 」


 そう声をかけながら、ファーウェルは泣き続けるエンデヴァルドを抱きしめるのだった。



    

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