108話 協力要請
フリューゲルの工房を出たエンデヴァルドは、黙々と西方面軍の駐屯地を目指していた。 彼らを監視していた兵は、昼間とは様子の違うエンデヴァルドに恐怖を抱く。
恐れを知らない堂々とした態度。 その逞しい体から滲み出る威圧感。 エンデヴァルドとリュウが入れ替わった事実を知らない兵士達だったが、明らかに別人だと認識していた。
「こ…… ここで待て! タウルース様に…… 」
「うるせぇ。 退け、雑魚が 」
真っ正面から睨まれた若い兵士は、腰から砕けてその場にヘタリ込み失禁していた。 エンデヴァルドの金色の目は夜の暗がりに不気味に浮かび上がり、それだけで常人ではないことを意味しているのだ。
「タウルースに伝えろ。 転送ゲートをカーラーンに繋げと 」
エンデヴァルドは若い兵士を見下ろしてそう言うと、再び駐屯地に向けて歩き出した。
「待てエンデヴァルド! 」
彼を飛び越え、ヘレンは彼の前に回り込んで進路を塞ぐ。 その威圧感に、ヘレンですらも背中の悪寒が止まらなかった。
「どけヘレン。 邪魔だ 」
「ぶち壊すとはどういうことだ! 貴様は両族の平和を築く為に立ち上がったのではないのか!? 」
「ああ? 腐ったものは取り除かなきゃダメだろうが。 だからぶち壊すんだよ 」
慈悲の感じられない冷徹な目に、ヘレンは顔を歪める。 彼女の剣士としての直感が、『この男は危険だ』と告げていたのだった。
「つまり、この国全てを破壊してまっさらな状態に戻すと言うことなのだな? 」
「その方が手っ取り早いだろうが。 腐りは伝染するんだよ、排除してやらなきゃいつまでも腐り続ける。 リセットしなきゃ終わりはねぇ 」
以前のエンデヴァルドとは違う雰囲気と思想。 この場で止めなければシルヴェスタは滅びてしまう…… そう感じたヘレンは、無意識に抜刀態勢を取っていた。
「やめとけよ。 オレは強いぞ? 」
「リュウ様のお体でなければ、貴様の力など一人間族の域を出ない。 エルフの半覚醒などと…… やはり貴様は、『腐れ勇者』だったな 」
「そうでもねぇらしいぞ? この体にイメージグローブと似たような力を感じるんだよ 」
エンデヴァルドがトンと地面を蹴ると、彼を中心に風が吹き上げる。 その風はやがて数本の竜巻に変化し、石畳や取り囲んでいた兵士達を次々に飲み込んでいった。
「「「うわあぁ!! 」」」
「「「ぎゃああ!! 」」」
巻き上げられて地面に叩きつけられた者や、巻き込んだ石礫に顔を砕かれる者らの悲鳴が夜のウェルシーダに響く。
「もう一度言う。 どけ、ヘレン 」
彼の力を目の当たりにしたヘレンの額には一筋の汗が流れたが、愛剣の柄は離さない。
「力を見せ付けて私が退くと思ったか? 」
「なら、力で排除するだけだ 」
エンデヴァルドが一歩前に出ると同時に、ヘレンは軸足を蹴って飛び出す。 一気に間合いを詰めて鞘から抜き放ち、抜刀の勢いを乗せて彼の胴を一閃した。
「!? くう! 」
だがエンデヴァルドの体を取り巻く風が彼女の体を捉えて押し戻し、あと数センチの所でその刃は空振りに終わる。 そのまま後方に吹き飛ばされた彼女だったが、身を地面に滑らせながらもなんとか態勢を立て直した。
「お前じゃ届かねぇよ 」
「ぬかせ! 」
ヘレンの頬には真空波によって切り傷があった。 が、彼女は臆することなくもう一度エンデヴァルドに踏み込む。 その時だった。 ヘレンの前に、リュウが立ちはだかったのだ。
「リュウ様!? 」
ヘレンは咄嗟にブレーキをかけるが、勢い余ってリュウの胸にすっぽり収まってしまった。
「何をされるのです!? 」
「僕に任せてもらえませんか? 」
優しく微笑むリュウに顔を赤らめるヘレンだったが、すぐに剣士の顔に戻って『しかし!』と彼を見上げる。
「剣で語れ…… そうですよね、エンデヴァルドさん 」
リュウは振り返ってエンデヴァルドに微笑む。 対してエンデヴァルドはリュウを見据えたまま、腰に手を当ててため息を吐いた。
「自惚れるな。 お前ごときがオレを止められると思ってるのか? 」
「止めてみせますよ。 まだこの成長した体に違和感はありますけど、イメージグローブとこの想いなら同等以上に戦えると思っています 」
フンと鼻を鳴らすエンデヴァルドは、駆け付けてきたタウルースら東方面軍を流し見る。
「…… 様子が違うな。 予定通り本来の体には戻れたようだな? 」
「ああ。 約束通り、大人しくカーラーンに連行されてやる。 だが一つやらなきゃならんことがある…… 協力しろ 」
その場の誰もが眉をひそめる。 軍に対して協力を要請することなど、今までの彼からは想像も出来なかったからだ。
「協力…… だと? 」
「エターニアを回収したい。 ルイスベル配下のアーバンが持っている筈だ 」
「お主…… 我がそれを承諾すると思うか? 」
半ば呆れた顔を向けるタウルースに、『聞け』とエンデヴァルドは腕を組んで彼を見据える。
「エターニアでなければ救えない奴がいる。 シュテーリアには借りたものを返さなきゃ気が済まねぇ 」
リュウはその言葉に違和感を覚えた。 胸に手を添えていたヘレンを引き寄せて耳打ちをした。
「ヘレンさん、聞いて下さい 」
「リュウ様!? こんな時に…… あの…… 」
突然抱きしめてきたリュウに、ヘレンは顔を真っ赤にして『はい……』と耳を傾ける。
「これから国を滅ぼそうとする人が、誰かを救いたいなどと思うでしょうか? 」
「う…… 奴のことですから…… あん…… な、何を考えてるかは分かりません…… ですが、矛盾していることは確かです 」
耳に吐息がかかる度に、ヘレンはなまめかしいため息を漏らす。 それに気付いたリュウは赤い顔をして離れ、腰砕けになる彼女を支えた。
「ごめんなさい。 エンデヴァルドさん…… 僕の思う限り、何か他の思惑があるんだと思います 」
リュウはエンデヴァルドの横顔を見つめる。 エンデヴァルドはその視線には目を向けず、タウルースと目を合わせたままだった。
「シュテーリアと言ったな? お主、彼女に何が起きているのか知っているのか? 」
「アイツの妹がリヒートに捕らわれているらしい。 奴はダークエルフの呪いを使い、妹を人質同然でアイツの自由を奪っている。 その呪いをぶっ壊せるのはエターニアだけだ。 だからアイツはオレを命懸けで守りやがった…… その借りを返す 」
「我に自らの軍を任せると言ったのはその為か…… なるほどな 」
タウルースもまた、腕を組んで『ううむ』と唸る。 兵士達はよく事情が分からず警戒態勢を崩さないが、二人の間にはもう戦意はなくなっていた。
「了解した。 お主の剣でなければならぬと言うのなら、我が協力できることは限られる。 任せて良いのだな? 」
「ああ。 任せろ 」
タウルースはフッと笑って右手を差し出す。 つられてエンデヴァルドも右手を出しかけたが、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「慣れ合う気はねぇ。 一時休戦というだけだ 」
「…… この腐れ勇者が。 だが、彼女は我の大事な戦友…… よろしく頼む 」
タウルースはそう言うと、部下達にアーバンの捜索を命令する。
「アーバンをこちらに召喚する。 直ちに転送ゲートをベルナローズに繋ぐ準備をせよ! 」
部下達は戸惑いながらも一斉に敬礼をし、駐屯地に引き返そうとしたその時だった。
「その必要はねぇよ 」
広場の壊れた噴水の影から出てきたのは、肩にエターニアを担ぎ愛馬に跨ったアーバンだった。
「話は大方聞いた。 ほらよ! 」
アーバンはエンデヴァルドにエターニアを放り投げる。
「…… よくオレがここにいると分かったな? 」
片手で受け取ったエンデヴァルドは、礼も言わずに久々の愛剣の感触を確かめて振り回す。
「彼女から居場所を聞いた。 ったく、俺は運び屋じゃねぇんだぞ! 」
アーバンの後ろから姿を現したのはファーウェルだ。
「無事、元の体に戻れたようですね 」
フワッと微笑むファーウェルに、エンデヴァルドは金色の目で睨みを利かせた。
「お前、マリアが贄になることを知ってやがったな? 」
「彼女は拒否しなかったでしょう? それだけあなたに本気なんですよ 」
「茶化すなよ。 全部お前とあのジジイが仕組んだんだろうが! 」
怒鳴ると同時に突風が彼女を襲う。 エンデヴァルドの怒りに呼応して、無意識に出た風の衝撃波だ。
「うぉわ!! 」
アーバンは巻き添えを食らって弾き飛ばされたが、ファーウェルはその風を利用して上空に飛び、エンデヴァルドの目の前に降り立つ。
「それじゃ、本覚醒の準備に入りましょう 」
「…… んの野郎…… 」
エンデヴァルドはニコッと笑うファーウェルを睨み付ける。 相当な威圧感だが、彼女は何も気にすることなく、彼の腕に手を回してまるで恋人のように町の暗闇に消えて行ったのだった。