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107話 末裔達よ……

 一面が赤一色の世界…… 留結晶は、触れる者の精神を内に封じ込める特性がある。 フリューゲルの説明を受け、同時に結晶に触れたエンデヴァルドとリュウは、留結晶に精神を取り込まれたのだった。


「…… なんでお前がここにいる? ジジィ 」


 二人の前には、逆さまになって浮遊するスレンダンの姿があった。


「つまらん事を気にするでない。 ほれ、せっかく儂が出張って来てやったんじゃ、お互いの肉体に戻る準備をせんか 」


 スレンダンが手首を返すと、エンデヴァルドとリュウはその手に吸い寄せられて額を鷲掴み

にされる。


「まさかジジイ、死んだって言うのはこの為じゃねぇよな!? 」


「そうなんですかスレンダンさん! 」


 タイミングよく現れた姉を名乗るファーウェルといい、先を見越しての彼の行動にエンデヴァルドは焦っていた。


「どの道時間は残されておらんかったわい。 お前さんらと話している分、長生きかの 」


 ホッホッとスレンダンが笑ううちにも、二人の額に当てた手が光を帯びる。


「留結晶は精神を喰らい、喰らい尽くすまで出ることは出来ん。 それを外の世界へ押し出すのが儂の役目じゃ 」


「ちょっと待て! お前はどうなる!? お前も誰かに押し出されなきゃならねぇだろうが! 」


「そうですよ! これじゃあなたは生贄と変わりません!」


「押し出してどうするのじゃ? 既に肉体は朽ち果てておるわ。 それに押し出すと軽く言うたが、これは儂にしか出来ん。 必然じゃよ 」


 彼がそう言うと、二人の精神は光の玉に変化した。 もう二人には言葉を発することも叶わなかった。


「エンデヴァルド、リュウ。 儂のような老いぼれの時代は既に終わっておったのじゃ。 済まぬが、この国を正しき道に戻してくれんかの? 」


  頼む…… 末裔達よ…… 


 その言葉を最後に、辺りは真っ白な光に包まれたのだった。




 ピシッと留結晶にヒビが入った。 それと同時に、エンデヴァルドとリュウが目を開ける。


「…… バカ野郎が…… 」


 そう口を開いたのは、元の体に戻ったエンデヴァルドだった。 仰向けのまま目の前に掲げた手のひらを見つめ、その感触を確かめる。


「スレンダンさん! 」


 飛び起きたリュウがすぐさま留結晶に駆け寄ったが、赤い光は既に失われていて元の薄紫の水晶になっていた。


「スレンダンさん! 」


「無駄じゃよ。 留結晶は脆く、ヒビの入ったレンゼクリスタルはその効力を失う。 それはもはや鉄以下の鉱石と変わらん 」


「そんな! じゃあ中のスレンダンさんは…… 」


 フリューゲルは目を見開いた後、柔らかい笑顔をリュウに向ける。


「奴に会えたか…… 」


 満足気に笑みを浮かべる彼は、光の失ったクリスタルを手に取って見つめた。


「儂は奴との約束を果たせた。 お前さんらも、奴と何か約束したのじゃろう? ここにはもう用はない筈じゃ  」


「…… はい 」


 自らの体に戻れた事を喜ぶことなく、リュウは苦虫を噛み潰したような顔で俯く。


「邪魔したな 」


 エンデヴァルドはゴキゴキと首を鳴らしながら、あっさりとドアに向かう。 その無礼な行動に噛みついたのはリュウだった。


「それはないんじゃないですか! 」


 声を荒げるリュウに、彼は振り向かずに足を止める。


「スレンダンさんは命を掛けて僕達を元に戻して下さいました! フリューゲルさんだって…… 」


「わかってんだよ、そんなこと 」


 静かに振り向いたエンデヴァルドの表情に、リュウとヘレンは息を飲んだ。 彼の右目はセレスやマリアのように、金色に変化していたのだ。


「貴様…… その目…… 」


「あ? 目? ああ…… 」


 エンデヴァルドは壁に掛けてあった斧の刃を鏡代わりにして確認する。


「オレはエルフの末裔らしいからな。 片目ってことは半覚醒ってことなんだろうよ 」


「エルフだと!? 」


 驚きを隠せないヘレンに対して、リュウは至極冷静だった。 リュウは体を交換された当初から、何か押し込められているような違和感に気付いていたからだ。 だがリュウは、ドラゴニクスの柄に手を伸ばす。


「半覚醒、ですか。 その力、なんだか不吉な予感がします…… これからどうするつもりですか? 」


「決まっている。 本覚醒してこの国をぶち壊す 」


 キッとリュウの目が鋭くなった。 イメージグローブの感覚を覚えた体を、まだ制御できずに徐々に風が包んでいく。


「させませんよ。 国は…… 国民は守るものです 」


「うるせぇよヒヨっ子。 その前に力を制御しやがれ 」


 リュウとヘレンを一瞥し、エンデヴァルドはドアを開ける。


「マリアを頼む 」


 エンデヴァルドはそう言い残して工房を出ていった。 ヘレンはエンデヴァルドを追って工房を出て、リュウは眠っているマリアの様子を見に行く。


「マリアさん…… 」


「貧血で気を失っているだけじゃ。 心配ない 」


「知りませんでした。 留結晶の生成に、彼女の血が必要だったなんて…… そうならそうと、言ってくれれば良かったのに 」


 リュウはマリアの手を握って、包帯が巻かれた手首にそっと触れる。


「知っていたらお前さんは承知しなかっただろう? 」


「当然です。 大事な人の命を奪うくらいなら、別の方法を考えるべきです 」


「まあそれも、奴にまんまとハメられてしまったがの 」


「どういうことです? 」


 フリューゲルは『まあ座れ』とリュウに椅子を勧めた。


「儂を試したんじゃろう。 その娘の本気を見せれば、儂は留結晶を作るだろうというな。 その娘は躊躇なく手首を切りおった……  本来ならば留結晶は血を吸い続け、娘は死んでしまうんじゃがの。 それをも奴は見越して、自らが贄となって血の必要量を抑えたんじゃろう 」


「スレンダンさんは、僕達にシルヴェスタを頼むと仰いました。 ですがエンデヴァルドさんは…… 」


「奴が何を望もうと、これからのこの国を担うのは若い者じゃ。 奴の言葉を借りるなら、儂らの役目は終わったのじゃから、好きにすればいい。 ほれ、とっとと出て行け。 娘は容体が安定したら放り出してやる 」


 そう言ってフリューゲルはヒビの入ったクリスタルを手に、工房の窯の前に腰を下ろした。


「マリアさんをよろしくお願いします 」


 リュウは深く一礼して工房を飛び出した。 『やれやれ』とため息をついたフリューゲルは、クリスタルを平箸で掴んで窯に入れる。


「さて、儂の最後の仕事となるか…… のう、友よ 」


 窯の中で熱せられるクリスタルを見つめる彼は、もう既に『刀匠』と呼ばれた鍛治職人の顔に戻っていたのだった。



 

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